第0章
『もう 生きていく意味も 死ぬ意味も そんなの探すなよ 』
眩しくて見えない彼の横顔。その言葉一つ一つが 彼女の心を溶かしていく。それはまるで夢のようで、でも紛れもない現実で。
『そばにいてやるから、な?』
優しい言葉を最後に、彼が身に纏う衣服がボロボロになっている事に気づく。返り血を浴びている血痕は後を絶えず、白がベースの制服のボタンは 全てちぎれている。
『いつまで泣いてんだよ。ばぁか』
彼がそんな状況だというのに、安堵極まる彼女の目からは涙が止まらない。
『bloom』
もう一度 能力を解放した彼は しゃがんでいた重たい腰を上げ、彼女に背を向ける。
『お前らに協力するつもりはねぇが、今だけは――』
水色の瞳に宿る淡い光が この場にいる者全てを掌握する。
これは 少し先の未来が見えてしまう女の子と、罪を犯してしまった男の子の 青春の物語だ。
第0章『プロローグ』
「急いで はぁくん!遅刻しちゃう!」
急いでローファーを履いている女の子は舞洲 雪。ピンク色のボブヘアーに前髪の片方はもみあげを垂らしている。学園の白い制服を身に纏う彼女のリボンや右腕に括る紐は水色。程よい胸に締まった体は 可愛らしい顔とのギャップがある。身長156センチ程の 紫色の瞳をしている彼女は 白の幼馴染だ。
「んー 」
と、眠そうに適当な返事をする彼は天条 白。白色の髪と水色の瞳が特徴的な彼も制服に身を包む。身長は178センチ。水色のネクタイと紐を付け、玄関で靴を履こうと座り込む。が急いでいる様子は全くない。
ノロノロと靴を履いてる白を見ていた雪は、側にカバンが無い事に気づく。
「はぁくん、カバンは?」
「始業式なんだし 授業ねぇからいらねーだろ 」
「で、でも転入初日なんだし プリントとかもあるから 」
「 … … 」
ローファーを履き終えた白は 通り過ぎていく雪に言葉を返す事なく、無言で外に出る。何かを諦めた様子で落ち込む雪も 後に続いた。
桜が舞い散る晴天の下で、少し距離を保って歩く二人。山のふもとに位置するこの道の横は街の一部を見渡せる程で、桜と緑と青空を背景に学園へ向かう二人はとても絵になっていた。
小走りで白の隣に追いつく雪はカバンを前に両手で持ち、チラッと隣を確認する。
「時間間に合うかな?」
「間に合わなけりゃ 帰る」
「私はサボりたくないよぉ!」
「なら一緒に帰ればいいだろ」
「それはダメ 」
適当な角を左に曲がって先へ進んで行くと 人の多い大通りに出る。車や電車が朝の通勤で賑わう いつもの光景だ。
「はぁくんって 緊張するの?」
「あ?何だよ突然 」
「転入ともなると さすがに緊張したりするのかなぁと 」
「そう見えんの?」
「全く 」
始業式と同時に 雪と同じ学園へ転入する事になったのだが、緊張の様子は皆無。そんな心配は杞憂だった。
車や他人の話し声でかき消されそうになる雪達の会話だが、白が距離を詰めることによってその問題は解消される。
「ッ … !」
顔が近くなって 思わず心臓が跳ねてしまう雪は頬を赤らめてしまう。動揺を隠そうと話を続ける雪の様子に目をやる事がない白は 目の前の光景に眉をひそめた。
「 能力者? 」
そう口ずさんだ白の視線を辿る雪も同じ光景を目にする。数名の黒い制服を身につける生徒達が辺りにチラホラ見受けられる。聞き込みをしている者とガラの悪い連中の相手をしている者。警備しているかのように周りを見渡している者。
「何かあったのかな?」
「気にすんな 行くぞ」
「そうだね 」
気になりつつも歩みを止めない雪と、目を合わせまいと適当な方へ視線を切る白。風で靡く二人の水色の紐とブレザーは一瞬イデアの目に止まったが 瞬時に他の方へと目をやった。
「なんでここでイデアが出てくんだよ!さっさと失せろ!!」
ガラの悪い連中の一番前にいる奴が叫ぶ度に ビクつく街の人達。逃げもせず 隠れもせず、通勤のためにその場を後にするか 興味本位で見るかの二択。だがそんな中で黒い制服を身に纏う生徒のうち一人が歩みながら口を開く。
「俺達を嫌う者は大半 反逆者だ 」
細メガネをした風格ある彼は、メガネの位置を指で正しながら連中を見下す。『アイツがリーダーか』と 声だけでそれを悟った白は、気になった彼の姿を横目でチラッと確認する。
「くそッ!こんな所で捕まってたまるか!プランCでいくぞ!」
そう叫ぶガイアを合図に、連中は近くにある青い車に乗り込む。残った連中は他のイデアの相手をして逃走を邪魔する作戦らしい。能無し共と思っていたら 意外にも統率はとれるようだ。
「外道がッ 」
向かってくる残りの連中を相手にする彼は、まるで暇潰しでもしているかのように次々となぎ倒して行く。すました表情は崩れる事なく、歩み続ける足は止まる事なく、逃走しようとしている車に歩いていく。
「あのイデアやべぇぞ!」
「かまわねぇ!拳銃パナして引き殺せば済む話だ!」
そう怒号を飛ばした後、アクセルが全力で踏み込まれた車は イデアの元へ急加速していく。窓から顔を出す連中は拳銃をイデアに向かって発砲しまくる。
『bloom』
――パチンッ!!
指でスナップを鳴らした彼は 淡い輝きに包まれる。体から紫色の粒子が溢れ出し、辺りに落ちてる石やゴミなどの無機物が コロコロと微弱に動き出す。
『SC・delete』
その台詞を最後に、瞳に紫色の光が宿る彼は右足を地面に思いっきり踏み込む。全長三メートル程の長方形に角切られた道路の一部が 念力によって抉り出され、壁となって彼の前に立ちはだかる。
「 … … は?」
発砲された銃弾全てがその壁にめり込み、ポロポロと落ちていく。虚しく音を弾かせる弾は ガイア達の心を折る音でもあった。
「アイツは … 」
「A+は余裕でありそうだね 」
彼の実力を見て驚く白と雪は その光景に釘付け。だが事はそう簡単には収まらず、ブレーキのかかる事が無い車は 彼が出した壁に向かっていく。
「このままじゃ … 」
人混みに紛れたガイアの一人が焦りを見せる。途端その視線は近くにいる幼い子供に目をつけ、何かを思いついたかのようにダッシュする。偶然にもその光景を見ていた白は 一目散に嫌な予感を察知し 走り出す。
「雪! セットだ!!」
「ぇ … ?」
「早くよこせ!!!」
「わ、わかった!」
咄嗟の事で虚をつかれた雪は訳も分からず 白の言う通りにある物を取り出す。白いブレザーの内ポケットから取り出すそれは 白へ目掛けて 思いっきりぶん投げられる。
『bloom』
白く輝く六角のダイヤを視界に捉える白は 速度そのままに大きくジャンプして、それをキャッチする。
パリィンッ!!とダイヤを握り潰した途端、白色の輝きが右足だけに溢れ出し、瞳からも同様の光が零れる。
『Fragment・Desire』
着地した右足に全ての力を収縮させ、放出する。標的になった子供の元へ時速二百キロで走り出す彼の姿は もう誰の視界にも捉えられない。しかし 瞳から漏れ出す白い線の光が、彼の行動を美しく描き続ける。
「オラァ!」
車道に近い子供の背中を前蹴りで押し出すガイア。それは当然 爆走している車の前へと転げ倒れ、周りにいる人達は叫び声をあげる。突然の事で意表を突かれるイデアも車が目の前まで来てるのを認知してか 思考が纏まらず身動きがとれない。
ギャラリーの視界に、淡く光る白い線が一瞬目の前を通った。
――ズガァンッ!!!!
「ッ … 」
右足の前蹴りだけで車の速度をゼロにしてしまう白。二つの衝突が生み出す衝撃波は この場にいる全員の肌と脳を刺激した。
左足で踏ん張る踵はアスファルトを抉り、車のボンネットは完全に凹んで破損していた。
「弁償しろよ このローファー」
今の一瞬で靴底が擦り切れた革靴。車にいる連中を見下す白は 心底疲れたといった表情だ。背後で座り込む子供も恐怖で犯された様子から一転、驚きで涙が引っ込み 鳩が豆鉄砲でも喰らったかの表情。
次第に状況を理解し始めるギャラリーはざわめき出し、イデアの彼も白に注目していた。