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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

明日、花の夢を見る

作者: toe

──ここが、この世の地獄とならば。


視界を埋め尽くす赤と黒。血に塗れた鉄錆の霧。刀身を真っ赤に染め上げた刀がそこかしこに広がって、切り落とされた首に残る眼窩はぽっかりと底無しの闇を映している。


戦だった。都を襲う悪鬼の祭りのようだった。敵の首を断ち、腕を断ち、足を断った。そうして今己自身も矢に膝を撃ち抜かれ、腹を刀で貫かれ死を待つのみである。

ごふ、と胃から血がせり上がって口から溢れ吐き出す。痛みはもう熱と化したまま麻痺してしまってわからない。腹を貫く刀が呼吸するたびに震えるのを感じるばかりである。ごぶ、がぶ、と血が吐き出て指先が冷えていった。喉がヒリヒリと塩辛く、視界はどんどん昏くなる。


もう何も分からない。頭も回らない。硬直した体では倒れ込むことももう叶わない。生がじわじわと吸い出されていくのを感じながら、彼はただ祈った。


──どうか、もし来世なんてものがあるのなら。


──どうか、どうか──


───


─ ─



── ─ ─



──暗転。


ぶはっと詰めていた呼吸を吐き出して彼は飛び起きた。全身大汗をかいていて、じっとりとパジャマも枕も、なんなら寝具まで濡れている。目元に手をやれば泣いていたらしい、涙がいく筋も流れて髪を濡らしていた。起き上がった拍子に涙と混ざってはねた洟水が、ぱたりぱたりと服に落ちる。それに汚いとか、着替えないととか、そんなことを思う余裕がなかった。視界が歪む。ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。


ここは戦さ場ではないし、なんの変哲もない唯の現代日本だ。視界に映る部屋は自分のもので、まだ暗い外は今が深夜であることを示している。それでも涙は止まらない。だからこそ涙は止まらない。気づいてしまったから。


泰平の未来。血の匂いのしない明日。いつか求めていた遠いゆめ。

即ち、あの凄惨な過去は己の前世なのだと、彼は確信してしまったから。



「だから寝不足で顔色が悪いの?」


「見んな」


「顔も浮腫んでるし目も腫れてる。真っ赤でウサギみたい」


「だから見んなって」


顔を覗き込んでくる幼馴染の薫子(かおるこ)を邪険にあしらいながら、紘和(ひろかず)は桜並木を歩いていく。あれから一睡も出来ずに夜を明かしたかつてのもののふは、今はただの高校生だった。

故に眠れぬまま鼻をかみ続け、泣きながら学校へ行く支度をし、真っ赤に腫れた目を家族に心配されながら朝食を食べ、待ち合わせをしていた幼馴染と共に学校へ向かっている。


桜の甘い香りが、春の陽気に混ざって柔らかく季節を彩っている。ひらり、落ちた花弁が制服につくのを払いながら興味津々で顔を覗き込む薫子から顔を背け続けて今に至る。


なぜ話したかは分からない。気づけば口をついて夢を見たんだ、と呟いていた。丸い瞳がこちらを向いて、首を傾げるのを見てまた、夢を見たんだと口を開く。そうして話し終えた反応があれである。

話さなければ良かったと数ミリほど後悔した。けれど、きっと話した理由は単純だった──結局今も泣きそうで、零れ落ちそうで、受け皿を求めていて。彼女なら受け止めていてくれるのだと信じていたから。実際、揶揄うような態度の中には薫子の気遣いが垣間見える。


「そんな顔で学校行って大丈夫?本当に酷いよ?」


「夢で大泣きして休みますじゃ通らないだろ」


「でも本当に、ほんっっとうに酷いよ。いつも紘和じゃないみたい。眉間の皺もすごいし」


割とオーバーリアクション気味の薫子ではあるが彼女がここまでいうのであればやはり相当なのだろう。級友たちにもここまで詰められる可能性をふと考えて、少し……だいぶ面倒だなと歩く足がほんの少し鈍る。やはり聡いのか、それとも最初からそのつもりだったのか。柔く笑んだ薫子が紘和の手を取った。


「じゃあ、今日はお花見に行こう」


その手は指先まで温かくて、真っ白な花のようだった。



──花が見たいと君が言った。


庭から見れる花で十分だろうと言えば、そうでは無いのだと首を振る。曰く、どこどこの花が見頃らしいとかどこどこの山が満開だったとかそう言う話だ。良いものは見に行きたい、生半可なものでは満足できぬと言うのが君の主張だった。

狭く広い鳥籠の中で生きづらそうに項垂れていた君が、花を見るときだけは顔を上げて、その目元を柔らかく細めていた。それを見ているのが好きだった。


だから、約束した。花を見に行こうと。

日に日に迫る戦禍の足音が、遠く大地を踏み鳴らしていたとある日に。その命が続くことを祈る、願いのような約束だった。


それは、結局叶うことはなかったのだけれど。



「満開だねぇ!」


「そうだな」


手を繋いで、登校中の他の生徒や子供、通勤中の大人から隠れるように住宅街を駆け抜ける。驚くほどに体は軽くて、前を走る薫子の髪が楽しげに跳ねていた。

蹴った地面でふわりと花弁が舞い上がる。視界を桜色が染めていく。桜を纏う春の香り。平らかになった世の優しい匂い。

緩みがちな涙腺がまたぽろぽろと涙をこぼすものだから、知らずぐ、と紘和は奥歯を噛み締める。繋いだ手にも力が篭って、それを握り返す温度を感じた。


そうして行き着いた先。桜が咲き乱れる公園で不意に手を離して薫子は振り返る。紘和の涙を温かい指で拭うと、両手を広げて幸せそうにただ笑う。そうして、


「やっと花を見にこれたね。ずっと見たいって言ってたもんね」


……なぁんて笑うから。また目から涙が落ちるのだ。

随分待たせたとか、帰れなくてごめんとか、そんな言葉がふつふつと溢れて喉に詰まって、顔を覆いながらその場に思わず膝をつく。そっと肩に触れる手を縋るように握りしめる。

すまない、と口が動いた。優しく薫子は抱きしめ続けている。


「いいよ。もう、いいの」


聞こえる声は薫子のもの。そこに知らない声がユニゾンする。いいの、と抱きしめて背中を撫でる手。寄り添う体。背後で泣きじゃくる男の気配がした。

戦装束のもののふの、泣き虫で花が好きな男の気配。膝を割られ、腹を貫かれて、それでも共に花を見たいと望んだ──


──どうか、どうか、もし来世なんてものがあるのなら。


今度こそ、君と一緒に花が見たい。


蛇足。

紘和→前世の名前は泰之(やすゆき)。泣き虫で花を愛した当時そこそこ、だいぶ苦しい思いをしていた男。雪路とは相思相愛の恋仲だった。戦で死亡。今回紘和が悪夢を見たことで泰之がようやく雪路に追いついた。

薫子→前世の名前は雪路(ゆきじ)。どちらかというとかなりお転婆でぐいぐいいくタイプの姫だった。泰之の柔らかさを全肯定して愛していた強い人。紘和=泰之は最初から気づいており追いつくのを待っていた。


時代は平安あたりをふんわり意識していますがそこまで明確に考えてはいないです。

あなたに優しい春のお話が届きますように。


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