根本的問題点
イリス=ナヴァル=ロドラ。俺たちを召喚した異世界の少女。長い金色の髪に青い瞳。透明感のある白い肌にスラリとした華奢な体つき。憂いがあるが気品のある顔立ちは、同年代の生徒達と比べても艶やかに大人びて見える。元の世界に居たならば地下からでも這い上がれるアイドルにでもなったのでは無いかという美貌を持っている。芸能界ちょっっっろとか言っていたかもしれない。男子たちが浮ついているのも仕方のないことだ。
彼女は図解使徒様大百科(聖教会出版)なる物を携帯し、使徒こと俺たち召喚者のファンであることを公言している。
性格はおっとりしていて何処かオタク気質。俺たちがいまいるサングリッドの領主代行の貴族。街にある巨大な城に住むお嬢様。立ち振る舞いも丁寧で品があり、さすが貴族、さすキゾと言ったところか。異世界の貴族なんて性悪しかいないというのが定番だけれど、俺たちは幸運なのかも知れない。衣食住の食住は完全に握られている訳だから。完全に無一文だからな。この世界に長居するつもりは無いけれど、生徒達のことも考えると彼女の機嫌を損ねる訳にもいかない。必要があれば足でも舐めてやろうか…。決して舐めたい訳では無い!しかし、佐藤先生の足であれば一考の余地はある。いやない。
そんなイリスには気になるところがある。
一番は、彼女の両親が未だに顔を出さないことだ。生徒達と年もそう変わらない少女が領主代行という地位にいるのは、百歩譲ってそういうもんかで片づけてもいい。しかし、街に魔物の大軍が押し寄せてきているような危機的状況で、全く顔も出さないというのはどういうことなのだろうか。
そして、イリスは魔法を使わない。いまも第一階層の魔法を継承され、騎士と生徒達が訓練を行っているが、イリスは日に三度の充電魔法を使う以外は魔法を使っているのを見たことが無い。充電魔法はその威力が低く、コモンマジックよりも消費魔力が少ないことはマルコに聞いている。「わしなら日に100回は行けますじゃ」とか言っていたが、嘘だと思う。ちなみにイリスが楽になるかと思い、充電魔法の継承を提案したが「これだけは絶対にダメです!」と力強く断られた。俺たちを縛るための魔法をやすやすと取られる訳にはいかないということらしい。顔に似合わずなかなかにしたたかだ。ちなみにマルコも使えないか確認したが使えないようだった。サインをネタにして聞いたので嘘ではないだろう。イリスにはなにか魔力を温存する理由でもあるのだろうか。
俺たちが異世界人であるから、この世界との常識のギャップがあるのかも知れない。でもなんとなく、言葉にできないような小さな違和感がところどころにあるような気がするのだ。完全に勘なのだけれど。
そういえば婚約者がどうとかって話もあったような。相手の男はこんな死地に婚約者を置いておいて平気なのだろうか?こればっかりは聞けないわな。YOUは何しにこの死地に?ってなっちゃうからな。
まあ、気になるところはいくつかあるけれど、それよりも目下の大きな課題が出てきてしまった。
第一階層の魔法がなかなかに曲者だった。
俺は騎士の方々と組んで魔法を撃ち合っている生徒達を眺める。
俺たちが継承された3つの第一階層の魔法。インパクト時に筋力を増強するパワー・ストライク。ファイアー・ボルトよりも攻撃的な炎の魔法フレイム・ナイフ。魔力の弾丸を飛ばすマジック・ミサイル。威力だけで言えばコモンマジックの倍はありそうな魔法ではある。実戦でも通用するのでは無いかというような威力ではあるのだが、それでも騎士の構えた木製の盾で弾いてしまえる程度の物だった。騎士が10人がかりで倒すと言う魔物に通用するとはとても思えない。波〇拳でドラゴンは倒せないのだ。
当然、イリスに第二階層、第三階層の魔法の威力について尋ねてみる。彼女いわく、第二階層くらいから本格的に実践向けの魔法となるらしく、威力は第一階層の数倍らしい。つまりは真空波〇拳くらいにはなると言うことだ。連発すればドラゴンにダメージを与えられそうだ。
第三階層ともなれば、なかなかに強力な魔法となるらしく、また扱える者もごく少数になってくる。スクリューパイルド〇イバーくらいにはなるのかも知れん。
しかし、そこに大きな問題が予め通達されている。
それは、俺たちに高位階層の魔法は教えて貰えないということだ。
マルコが自身の第三階層の魔法を見せようとしないのと同様に、魔法使いにとって最大階層の魔法は秘匿される奥の手であり、やすやすと他者に見せるのは勿論、継承で他者に渡すなんてのはもっての外というのが常識らしい。貴族に至っては更に強い制限が掛かっている。それはこの国というよりも世界の常識のようになっている話で、高位の階層の魔法を使える者がより認められ、魔法を扱う能力が低い者は侮蔑されるような風潮すらあるようだ。強く、高位の魔法を使える者が出世し、武功を立て、貴族になっていく。それがこの世界の基本的なあり方だそうだ。そんな中で、貴族たちは自分たちの切り札の魔法を秘匿し、絶対に外部に漏れないようにしているらしい。
俺たちには圧倒的に手札が足りてない。どれを使おうか悩むようなコモンマジックとは大違いだ。
第三階層はもちろん、第二階層もなんとか一つ、それも「マジック・ウェポン」という武器に魔法付与を掛けるというファンタジックな魔法だけになるらしい。いや、遠距離攻撃をくれ遠距離攻撃を。こっちは一撃貰ったら終わりかも知れないのに、飛び道具も無しに突貫は出来んのですよ。現状集められる魔法はなんとしても集めなければならない。こっちは巻き込まれた上に命まで掛かってるのだ。マルコの第三階層の魔法は絶対に継承させよう。メシュメシュちゃんとかいう娘にも協力して貰うしかない。使徒のファンらしいし、サイン付きのチェキでも撮ってあげたら協力してくれるかも知れない。チェキなんか持ってないけど。
そして、一番の難題が階層が上がるごとに増量マシマシになっていく魔法の詠唱の問題だ。
例えば、第一階層の魔法「フレイム・ナイフ」の詠唱。
イーグニス・トルボ・グスイーア
アグニ・トルボ・グスイーア
フー・トルボ・スラーフェ
ススーボーライヘデイパート
紅蓮の炎よ
我が手に宿る赤き短剣よ
古の術式を謳い上げ
遥かな闇の彼方から呼び寄せた魔力を
この剣に宿らせよう
使命を示すこの名を聞け
炎の精霊たちよ
我が呼び声に応えて現れよ
鋭利に研ぎ澄まされた刃よ
疾風の如く躍動し
我が敵を焼き尽くし灰と化せ
フレイム・ナイフ
長いわ!とセルフつっこみが入るような長さだ。変身シーンを待ってくれる戦闘員じゃなかったら普通に近づいて殴られるわ!戦闘中に30秒くらい掛けてこんな詠唱となえて居られる余裕があるとは思えない。
さらに、最大の問題とも言える課題がある。
俺の視線の先にいる二人の生徒。橘と田中を例にとって見てみよう。
「はるかかな…」
「遥かな!」
「呼び寄せたまりきを!」
「魔力な!」
「疾風の如くちょうやくし!」
「躍動な!」
「我が敵を焼き尽くし灰と化せ!フレイム・ナイフ!」
「全然言えてねーじゃねぇか!」
「あれ?魔法出ないんだけど」
「出る訳ねーだろバカかー」
「あー!お前の方がバカだろうぉがよぉ!」
といったやり取りをしている。つまりは魔法の詠唱が覚えられない&言い間違えるのだ。見渡してみると、橘だけで無く何人かの生徒は第一階層の魔法の詠唱に苦戦しているようだ。魔法の詠唱は言葉が少しでも違うと発動しない。この時の声量やスピード、イントネーションは関係無く、言葉さえ正しく発することが出来れば発動出来る。いくらか練習すれば平時であれば使うことが出来るようになるだろう。しかし、俺たちは魔物達と戦わなければならない。自分も周りも混乱している有事の中で、適切な魔法を選び、30秒もの長い詠唱を間違えずに行うが、威力はそこそこ。
これは死んだかもしれん。
俺でさえ出来るかどうかわからない荒業だ。しかも連発できることが最大のメリットになるはずが、一発撃つのにも手間取ることになるとは…。
これは抜本的な解決策が必要になってくる。そして、それは俺の異世界物の知識の中にある物だ。
俺はイリスを探して声を掛ける。イリスは男子達に汗を拭くためのタオルを配って歩いて、鼻の下の伸びきった男子達を女子が冷めた目で見ている場面だった。
「黒羽様、どうされました?」
「いや、魔法の詠唱についてなんだけれど、なんかこう、もっと短くならない?そう、例えば無詠唱とか?」
これが俺の異世界物の知識!無詠唱だ。異世界の転移者が魔法を使うという事は無詠唱で使うという事だと言っても過言では無い。そして敵から「なに!無詠唱使いだと!」と驚かれるまでがワンセットだ。
「あ、たったいま北山様からも聞かれました。詠唱を行わずに魔法を発動させることですよね?」
北山お前もか…。
「お、ということは?」
「残念ですが、魔法は詠唱をしないと発動することはありませんよ?」
この人なに言ってるんだろうといった疑問顔でみつめてくる。この世界の魔法は詠唱をしないといけないらしい。
「例えば、詠唱破棄とかは?」
「えっと…。それはどう違うのでしょうか?」
「無詠唱だったら全く詠唱をしないけど、詠唱破棄だと一部を省略する…みたいな?」
「ああ、それなら詠唱短縮という技術があります」
「おおお、それそれそれそれ、そういうのが欲しかった」
なんだあるじゃないか。そういうのを待ってたんだよ。これでうまくいけばグッと戦力を底上げできる。
「ですが、詠唱短縮で発動した魔法は威力は変わらないのに魔力の消費が倍になるとされていて、余り実用的ではないんです」
「大丈夫大丈夫、使徒は魔力が多いらしいから問題ない…はず」
「それと、詠唱短縮とは言いますが、実際のところ継承として別の魔法の扱いになりますので、私どもでは継承することが出来ないんです」
「それって完全に別の魔法ってことでは?」
「いえ、なんというか私も説明がうまく出来ないのですが…。同じ魔法には違いないのですが、詠唱を組み替えるために継承を行わなければならないそうなんです。ごめんなさい、わかりづらいですね」
「よくわからないが、俺たちには必要な物なんだ。なんとかならないか?」
詠唱短縮で魔法を連発させる人間砲台作戦が今のところの頼みの綱だ。なんとしても手に入れたい。
「一般的な魔法使いはあまり詠唱短縮を使わないので、冒険者の方だったらもしかすると使っているかもしれません」
冒険者であれば探索中に魔物と遭遇し、突発的に魔法を使うことも多いだろう。なるほど、合点のいく話だ。
「もうすぐ斥候に行ってくれているお世話になっている冒険者パーティーが戻ってきますので、私から聞いてみますね」
今日の訓練も一段落付き、日が傾き始めたころ、イリスの言っていた冒険者パーティーが中庭に現れた。8人の冒険者達はその佇まいから歴戦の勇士であることが見て取れる。
そして、そのパーティーの中には耳の尖った美形の女性が三人と樽のような体型の髭を蓄えた男性がいた。
エルフとドワーフだ!
俺はもちろん生徒達もワー、キャーと歓声を上げ、アイドルを取り巻くファンのように取り囲んだ。城の中庭にスマホカメラのシャッター音が鳴り響く。冒険者達は「え、なんだなんだ」「使徒様!?」と困惑したままされるがままとなっている。
「おい、お前ら冒険者さん達が困ってるだろ。そろそろ離れなさい」
「てっちゃん、スマホ向けたまま言っても説得力ないんだが?」
「確かに!」
木村につっこまれて我に返る。おっと、俺としたことが我を忘れていたようだ。
冒険者の面々は俺たちに自己紹介してくれた。人間でリーダーのノーラン、そのサポートのライラ。ハーフリングのパエラ。ドワーフのオグニルに、エルフのカレナリエル、ノルネリス、ナエヴイス。彼らもまた俺たちのことを「使徒様」と呼び、尊敬を持った扱いをしてくれている。
「黒羽様。ノーランから報告がありますので、ご一緒して頂いてよろしいでしょうか?」
彼らは魔物の軍勢の斥候で街を離れていた。その報告があるということだ。
俺は断る理由も無く、彼らについていくことにした。