第1話その4
「魔法ではないです。超能力です。堕天使はみんなできますよ」
と平然と説明する英さん。
「いや、俺今まで堕天使に会ったことないですし」
確かに超能力を使える魔族がいるって聞いたことあるけど……
「ママはすごいの。色々動かせるの」
里桜名はマグカップから口を離して俺に話しかけた。
「色々って例えば?」
「このテーブルも動かせるよ」
「マジで?!」
「マジです」重要なことのようにしっかりと頷く里桜名。
「はは……このテーブルも一応動かせますけど、重いからさっきみたいにスムーズに動かすことはできませんよ」
英さんは苦笑する。
「でも物を動かせるってすごいですね」
便利だし楽だし。いいな、俺も超能力を使えるようになりたい!
「それで改めて自己紹介させていただきたいのですが良いでしょうか?」
英さんは改まった態度で話を切り出す。
『そうだった。まだ本題の話すらしていなかったな』
俺も姿勢を正して相手の目を見た。
「改めて初めまして。私は英芙美花と申します。オーナーから話を聞いていると思いますが、私はシングルマザーで一人で里桜名を育てています」
「英さんは魔族と人間のクウォーターなんですよね?」
「はい。父が堕天使と人間のハーフの堕天使で、母も堕天使です。父の父、つまり私にとって祖父が日本人だったので私の名前は日本人名なんです」
「そうなんですね。魔族の人は外国人名のような名前が多いのに英さんはそうじゃないので少し驚きました」
「初めて会った人に自己紹介すると相手はだいたいびっくりしますね」
ふふっと小さく笑って英さんは答える。
「……それで……父親なしで子どもを産んだのは本当なんですか?」
俺は聞きづらいことを意を決して聞いた。
「すみません、魔族の人に関してはあまり詳しくなくて。女性が一人で子どもを産めるなんて今まで聞いたことなかったから」
「君塚さんが知らなくて当然だと思います。『アメーバス』という名前を聞いたことありますか?」
「見た目がアメーバみたいな魔族の人のことですか?」
「そうです」
英さんは頷く。
「アメーバスは見た目がアメーバのような種族なんですけど、人間のような形に変身することも可能です。アメーバスは有性生殖で子どもを作ることも可能なんですが、単一生殖で子どもを作ることもできます」
「男でも女でも?」
「はい」
「へぇ〜すごいですね」
むしろ「すごいですね」としか言えないんですが……。
「私の母は色んな魔族の混血で祖先にアメーバスの人もいたみたいです。そのせいか私は堕天使なんですが一人で子ども作れるみたいで……」
「みたいでって、一人で子どもなんてできないと思っていたんですか?」
「はい。だって私はアメーバスじゃないし」
ですよね〜。
「でも家族が欲しいなって思ってたらできちゃったんです」
「え?家族が欲しいなって思っただけで?」
「はい。気が付いた時には妊娠4ヶ月だったんです」
マジで?
「マジで!?!?!?」
自分の口から予想以上に大きい声が出た。
「あ、すみません。大声を出して」
俺は頭を下げて謝る。
「大丈夫ですよ。顔をあげてください」
英さんに言われたので顔を上げた。彼女は話を続ける。
「魔族の女性は半年で妊娠・出産ができるので、気付いてから2ヶ月後にはこの子が産まれてました」
里桜名を見る英さん。里桜名はマグカップを上手く持って一人でお茶を飲んでいた。
「……それが英さんが22歳の時のことですか?」
「はい」
英さんは視線を俺の方に戻した。
「一人で子どもを産んだ経緯はわかりました。ではなんでこんなに働かなきゃいけいんですか?」
俺は事前に渡されていた契約書をカバンから取って差し出す。
「『試用期間は1ヶ月。その間、月曜日から金曜日の週5日、8時から17時までを勤務時間とする。使用期間が明け正式に採用された場合、勤務時間を月曜日から土曜日の12時間、7時から21時の間に自動的に変更する』
……と書かれてありますけど俺が勤務している間、英さんはずっと働いているんでしょ?いくら……」
俺は言い淀んだ。
「『いくら両親が植物人間だからっ』て?」
俺が言い淀んだことを彼女ははっきり言い切った。
「そうです! だっておかしいじゃないですか! 魔族の人は人間の分まで働かなきゃいけないけど、それでも一人分働けば良いはずじゃないですか。なんで一人で三人分働らかなきゃいけないんですか?」
オーナーから話を聞いた時、我が耳を疑った。いくら魔族だからって労働基準法違反すぎるだろ。
「私もそう考えていました。でも……」
英さんは言葉に詰まり、しばらくしてから話を続けた。
「『魔族は体力もあるし働こうと思えば働けるでしょ』って役所の人に言われたんです」
「はぁ?何それ?」
「あと……」
「あと?」
「『魔族なんだから税金納めろ』って、『人類に負けた種族が文句言うな』って……」
彼女は目を伏せた。
「区役所や市役所、県庁にも相談したんですけど、みんな似たようなこと話して。結局私が三人分働かなくてはいけなくなったんです」
明らかに落胆した声だった。
「でも今の私だと2人分しか働けていなくて税金を滞納している状態なんです……」
「何それ……」
そんなのどう考えても、
「超理不尽じゃん!!!!」
怒りのあまり、また大きな声を出してしまった。
「すみません。また大声を出して」
俺は再び謝罪して頭を下げる。
「いえいえ、大丈夫です。顔を上げてください」
俺が顔を上げると、英さんは少し嬉しそうにしていた。
「ここまで私のために怒ってくれた人は初めてで……嬉しい。ありがとうございます」
そう言って、深々と頭を下げた。
「いえいえ、そんなの全然! 顔を上げてください」
先程彼女が言った言葉と同じ言葉を口にする。……良かった、顔を上げてくれた。
「状況は分かりましたが、俺は引きこもりニート志望なので長期で働くことはできないんですけど……」
「もちろん、途中で辞めても大丈夫です!少しの間だけでも良いのでお願いできなしでしょうか?」
「ベビーシッター兼パパの代わりを?」
「はい!ベビーシッター兼パパの代わりを!」
そう言われて里桜名を見た。彼女もこっちを見てる。
じーっと見て……、
「がんばりな」
と言ってからまたお菓子を食べ始めた。
「なぜ上から目線〜〜??」
「里桜名!そんな言い方、君塚くんに失礼でしょう?謝りなさい!」
「ごめんなさい」
里桜名は俺の目を見て謝った。そして再び、
「がんばりな」
英さんはものすごく謝ってきたけど、「まぁ、子どものしたことですし」と許した。15の俺が3歳児相手に怒ったって虚しいだけだしね。