第1話その2
中学時代の友人の小田川とビデオ通話することになった。小田川と話すのは中学校を卒業してから3週間ぶり。久しぶりの友人と話せることが楽しみ過ぎて、昼の2時開始なのに7時に起床した。
『最近はお昼ごろに起きるのになぁ』
中学生時代は朝の7時には起きていたけれど今はその時間に起きる必要はない。夜更かしして10時間寝て昼頃に起きる生活。元々朝早く起きるのが苦手だったので今の生活が最高過ぎて涙が出る。嘘、1ミリも涙を流してません。まぁ、それぐらい今の生活が好き過ぎて引きニートライフ万歳の毎日を送っている。
『ニートって最高だな』
大昔はニートって世間から冷たい目で見られていたみたいだけど、今はそういったことはない。ニートになりたい人はニートになり、ニートになりたくない人は勉学に励んだり労働に勤しんだりする。色んな人が色んな選択をできる。なんてすばらしい世界なんだ。
『良い時代に生まれて良かったな』
人類全員が無理しないで生きていけるこの環境。幸せ以外の何物でもない。
……そんなことを自分の机の前の椅子に座ってぼーっとしながら考えていたが、目の前にあるパソコンから小田川の声が聞こえた。
「久しぶり、君塚」
三週間ぶりに見る小田川は前と変わっていなかった。それもそうか、数週間で性格が変わってたらさすがに怖い。小田川はクールで見た目が整っていて、そして背が高い。小田川はクラスの一軍に属していてモテる人間の部類に入っている。なのに、可もなく不可もないフツメンの俺となぜか仲良くしていた。
「小田川、久しぶり!元気にしてた?」
「まぁまぁ。そっちは?」
「こっちもまぁまぁ」
「だよなー。元々元気あふれているわけじゃないもんね、俺ら」
「だよね。いつも省エネで生きているよ。必要以上に動きたくないし、家出たくないし、実際家の外に出てないし」
と、俺は笑いながら言うと小田川も笑いながら言った。
「いやそこはもう少し頑張って動けよ。退化するぞ」
「退化しても生きていけるんだな、これが」
「まぁ、確かにそうなんだけど足腰弱ってジジィみたくなりたい訳じゃないだろ?」
「そうだけどさぁ~『引きニート』が夢だったんだよ」
「お前、『ニート』じゃなくて『引きニート』にこだわるよな」
「だって、引きニートって勝ち組の象徴じゃん」
「そうか?俺は全然そう思わないよ?」
呆れたように小田川は言った。
「俺はそう思うの」
呆れた顔をしたままの小田川の前で俺は力説する。
「家の中にこもって外であくせく働いている人を嘲笑っていたいわけ。そのために引きこもってニートしたいんだよ」
「お前、相変わらずひねくれてるよなぁ」
小田川はさらに呆れたように言う。
「でもそんなお前のひねくれた所、俺は嫌いじゃないよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
二人して笑った。『こんな感じで笑って話すのって久しぶりだな』と 心の中で思った。
「小田川、入学式っていつなの?そろそろじゃない?」
「4月7日。あと10日」
「あと10日かぁ~。緊張する?」
「少し。でも楽しみな気持ちの方が強い」
「いいね~」
「あと焦りもある」
「なんで?」
「課題が終わっていない」
「あぁ、課題出てるって言ってたもんね」
小田川が行く高校は進学校だからか、入学する前に課題が出されていた。
「春休みなんだから遊ばせてくれよって感じだよ、ほんとに。課題の量そこそこ多いし、死んだ」
「生きて」
「代わりに課題やって」
「それは無理」
「えー」
心の底から残念そうに言う小田川。
「あとどのくらい残っているの?」
「半分」
「全然終わってないね。というか何でそんなに残っているの?」
「バイトしてた」
投げやりのように答えた小田川の発言に俺は驚く。
「喫茶店でバイトしてる」
「へぇ~」
『あの小田川がバイトか』と素直にすごいなと思ったし、すごく意外に感じた。なぜなら小田川は基本めんどくさがりで必要以上のことはしない主義だったからだ。しかも、15歳でバイト。未成年で大人と同じようにバイト。すごすぎるだろう。
「喫茶店で何やってるの?」
「ウェイター」
「どのくらい入ってるの?」
「週5日、一日7時間」
「5日!?7時間!?かなり入ってるじゃん!!」
「世の中の社会人は週5日働いているだろ?」
「いやそうだけど、そんなに無理して働く必要なくない?俺は絶対嫌だな」
俺がそんなに働いたら死ぬというよりバイト5日目ぐらいで倒れそう。
「慣れるとそこまでしんどくないよ」
「えぇ~そう?でも俺なら嫌だな」
「君塚はバイト初日で泡吹いて倒れそうだな」
「……は?」
バイト初日で倒れる?俺が?
「いやいや、さすがの俺も5日は持つよ」
「いいや、バイト初日で倒れるか、音を上げると思う」
「何でそう思うのさ」
「お前、仕事ができないタイプの人間だと思うから」
……ハァ??????
「お前仕事できなさそうだから、引きニートになったのは正解だなって個人的に思ってたんだよな」
ニヤニヤと笑いながら小田川は言う。
「いや、俺は多分仕事できるから」
「そう?俺の直感では仕事できないと思う」
「はぁ!?なんでそんなに強く言いきれるわけ!?俺はやろうと思えばできるし優秀な部類に入ると思う!学校の成績も良かったし!」
「勉強はできても仕事ができない奴もいるからな~」
「いや、俺は仕事できるね!バリバリできる!」
「ほんとかぁ?じゃあ、実際に働いてみせてよ」
「え?……いや、それは……」
口ごもる俺に畳み掛けるように小田川は言った。
「今、面白い求人があるからさぁ」
「面白い求人?」
「そう」
そう言って彼は姿勢を少し正してから楽しそうに答えた。
「期間限定で『パパ』やってみない?」