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常連の二輪免許

 「有泉(ありいずみさん、バイクで自損したって」


 出された樽生スパークリングに口をつけようとした瞬間、マスターの言葉に私は動きを止めた。


「……また? いい年して峠攻めるから……何歳だっけ? 有泉さん」


「一昨年退官したからまだ60歳にもなってないと思うけどね」


 有泉さんとは元自衛官で現在は自衛隊のなんちゃらシステムの関連会社に出向していた筈だ。


「2ストだっけ? 怪我は大丈夫なの?」


「NSRじゃなくグースで事故ったって言ってたかな。 怪我は鎖骨ポッキリ逝ってあとは全身打ち身の入院は無し」


 バイク狂いは複数台持っていることはざらである、らしい。私が聞いているだけでも4台はあったはず。


「軽傷だね、良かった良かった」


 そして有泉さんの場合は定期的に事故った話を聞くので鎖骨程度で入院もしていないのならこの店内限定で言えば軽傷扱いである。 私がことさら薄情な訳ではない、多分。


「グース、欲しいなぁ」


 ボソッとつぶやくマスターに私は呆れ顔で答える。


「ごついの持ってるじゃないの。カブだってそこに有るでしょ」


「ごつ過ぎるから出すの面倒なんだよね、シャドウは」


「新聞配達バイクも有るじゃない」


「カブは近場の買い物用だし」


 シャドウとはホンダのアメリカンスタイルの絶版車、カブはいわずもがな。


「カンカンだかリンリンだかも持ってなかった?」


「バンバンね。 あれは貸してる」


 マスターもなかなかのバイク狂いだろう。 そして車は軽自動車。


「バイクの維持費って大変じゃないの?」


「そうでもないよ。 ……多分。 スーさんも免許取れば?」


 普通自動車免許は持っているので原付は乗れるけど…スクーターしか乗ったことはない。


「やだよ、めんどい」


 マスターとツーリングが出来ると考えると私は翌日の朝、自動車学校に入校していた。




 自転車にもしばらく乗っていなかった私は苦戦した。 いきなり大型免許に挑戦したのもいけなかったのかもしれない。 車体が重い。 まっすぐ走らない。 クラッチの意味が解らない。


「先生! このバイク、不良品です!」


「は?」


「まっすぐ走りません!」


「……まっすぐ走ってください。 大丈夫、ちゃんと整備されてますから」


「先生! このバイク、不良品です! ちゃんと曲がれません!」


「ふざけてると落としますよ?」


 ごめんなさい、と謝りながらクラッチ操作だけは初回で身につける事が出来た。 意外と才能が有ったのかもしれない。


「バイクはスピードがのっている時のほうが安定します。 ちゃんと速度出すところでは出した方が楽ですよ」


「楽してたらより良い人生なんて歩めませんよ」


「ならその二本の足でどこへでも行けばいいじゃないですか」


「風になりたいのに?」


「そういうのいいのでさっさと後ろ付いてきてください」


 二日目ですっかり私の軽口は有名になっていたらしく、違う教官達ともすぐに気安いやり取りとなった。


「苦節10年、やっと合格!」


「1カ月半ですよね」


「私の中では卒検3回落ちた時点で10年分くらいの体感時間でした」


 3回とも一本橋で落ちたのが痛かった。一本橋は細い台の上を規定以上の時間をかけてゆっくりゆっくり走り抜ける部分で、落ちたら一発不合格という悪逆非道な課題だ。


 責任者出てこい!


 毎回失敗した記憶が甦りどうしても変な挙動をしてしまっていた。


 そして4回目で私は開き直った。減点覚悟で規定内の秒数をクリアせず微妙な速度で走り抜け、及第点で合格したのだ。


「おめでとうございます! 金づるが居なくなるのは残念です!」


「ありがとうございます! でも素直に祝ってよ!」


 今度一緒に呑みに行こう、と教官たちと約束し私は無事免許を手に入れたのであった。





「じゃじゃーん!」


 私は水戸黄門の助さん角さんの如く免許をマスターに掲げる。


「写真写り悪いね」


「そこじゃない! 余計なお世話だ!」


「え? ……大型二輪取ったんだ? どこの国で買ったの?」


「買う金なんか有るか。 ばーかばーかばーーーか!」


 貴様とツーリング行くために取ったんだよ、とは流石に言えない。


「おめでとう。 バイクはもう決めたの?」


「ありがと。 バイクはまだこれから。 てかあんまり驚かないのね?」


 もっと驚くかと思っていただけに拍子抜けである。


「実はたまに来る教習所の人がおもしろい奴がバイク免許取ろうとしてるって言ってたんだよ。 やり取りの内容聞いたら絶対にスーさんだと思って」


「ちっ 個人情報保護法とはなんぞや」


 驚かせたかったのに。 そしてその流れでバイクやウェアやヘルメットやらの買い物デートに誘いたかった。


「世間話だよ、世間話。 名前まで聞いてないし。 手、出して」


 私が手を出すと、マスターの手から革のシンプルなキーチェーンが落とされた。


「お祝い。 気に入らなかったら使わなくて良いからね」


 気に入るよ……そこら辺の小石でも喜んでしまうかもしれない。 このコマシが。


「……あんがと。 恰好いいじゃん。 あのさ、バイク選び手伝ってよ」


「良いよ」


 してやったり、という顔になりながら手を洗って調理を始めるマスター。


「ついでに買って」


 アホか、と私に水しぶきを弾いて笑ってきた。酷い奴だ。


「HiMa Dinerローンなら十一やで~」


 アホか、と私も笑っていた。 宝物が増えた。

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