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常連の結界

軽く読めるように書いていきたいと思います。

宜しくお願いします。 m(_ _)m



「野口さん、ちょっと臭うよね」


「やめなさいよ」


 本日の天気は晴れ。 昼間は晴天に恵まれたものの真夏日よりにうんざりしていた私は先ほどまで居た常連客の事を口に出した。


 即座にマスターに窘められたがそのマスター自身の顔に苦悶の表情が浮かんでいた。


 マスターにそんな顔させているのは常連客の野口氏、40代前半のサラリーマンである。


「言ってあげるのも優しさじゃない?」


 このHiMa Dinerはアメリカ料理を中心にメニューが組まれているがマスターが美味しいと思えばなんでも出される。今はメキシコ料理の期間で


『アメリカ料理の看板下ろしたら。 思いっきりメキシカンじゃないの』


『テクス・メクス。アメリカ料理だよ。 そういうなら日本酒オーダーすんなよ』


 というくだりを終えたばかり。


 美味しければいい、というメニュー構成は通う上では飽きが来ないので歓迎だ。 そもそも料理の腕は一級品で常連客も多い。


「友達でもないのに店主がお客さんに言える訳ないじゃん。 会社でも4人に囲まれ臭いって罵倒されたらしいけど」


 マスターの友達枠に入るのはそこまでハードルが高くない。 基本的に体調が悪くても明るく元気に接客するマスターは人気者で人付き合いも非常に上手い。 だから私みたいな偏屈ものでも居心地が良い訳だが。


「……相当臭いとは思うけど、社会人でそんな状況って有り得ないでしょ」


 もはやイジメではなかろうか、と私は口元を無意識に引き攣らせた。 確かにあの体臭に毎日襲われたら怒りたくもなるだろうが普通は陰でこっそり注意するものではなかろうか。


「嫌われてるんだろうね」


「どうやったら会社で嫌われるのか」


「スーさんも嫌いじゃん」


「私は……プライベートで同じ店に来てるだけだし。 基本的にガン無視だから」


 しかし野口氏の体臭はもはやテロのレベルである。 私が仲が良ければ少し諫言も出来ただろうが、そういう間柄でもない。


「しかし、あれは営業妨害レベルじゃない?」


「だから困ってる。 カウンターでも隣に人を座らせられない」


「隣どころか2mはATフィールド展開してるでしょ」


「来なくて良いんだけどなぁ……」


 野口氏には他にも色々と常連客としての問題を抱えている。 しかし他の常連も基本的には大人のため大人の対応をしてしまうのだ。 だから調子に乗り続ける。


 ただ、私と野口氏の場合は酔った勢いか少々口論になった経緯が過去にあったため、私が一方的に無視を決め込んでいた。

 幼稚だと思われようとプライベートでお金を払って席に座っている以上は常識の範囲内で好きにさせて貰っている。


「私が来るとすぐ帰っちゃうけど私、嫌われてるのかな」


 落ち込んだ声を絞り出す。


「全然気にしてないくせに」


「胸が張り裂けそうだよ」


 マスターも私の対応を黙認しているのでそのまま。


 むしろ「警報警報!」と野口氏が来襲すると私にすぐに来いと暗に要請してくる。


 そして私が来るとすぐに出ていき、私が来ないと数時間居座る。


 ここまで嫌われていると哀れになってくるものではある。


 私の場合は嫌いというよりも関わりたくない、という気持ちの方が強いのだが、実際に野口氏の体臭はきつい。

 毎回顔面を殴られたような気分になるので実害もある中でそう思うのだから私は慈悲深い人間なのかもしれない。 知らないけど。


「愚痴多いというか、 9割愚痴で残り1割も面白くない蘊蓄や外国育ちとかの過去の自慢話はちょっときついね。 しかも他の客同士の会話に割り込んで落ちも無い愚痴や蘊蓄に無理やり話を繋げる姿には芸術性さえ覚えるよ」


「好き勝手喋ってるだけだよ。 さすがに数時間愚痴を言われたら気力吸い取られるし店としてはコスパ悪いわ」


 マスターは他の客には絶対に客に対しての文句は言わない。私とマスターの間だけ、だと思う。


 しかし、現実問題として性格の部分は正直なところどうしようもない。


「そうだ。 彼と仲良しの速水君にお願いしたらどうだろう?」


 私がそう提案する。 速水君は介護系のバイトを掛け持ちしている30代後半のフリーターだ。

 旅行が大好きでお金が貯まるとフラリと海外に飛んでいく自由人だ。

 食べっぷりもよく、基本的には明るく話し好きで野口氏とも海外の話で盛り上がっていることはある。


 ただ、速水君の場合は独特過ぎる性格と知識の引き出しの多さ、そして独自の見解も交えたトークが可能なため誰と話をしても盛り上がるので、特別に野口氏に対して速水君はどうこう思っていないと思われる。


「何をお願いするのさ」


「性格は仕方ないからせめて」


 私は一計を案じた。






 後日、私は敗北を味わっていた。


「ハハハ」


「笑いごとじゃないよ。 速水君に悪いことしたわ」


 結局、速水君にお願いし偶然の体を装って野口氏にぶつかって貰ったのだ。


「速水君、デオドラントまでプレゼントしたのに全く理解してないよ、あの人」


 俺もワキガだからさぁ、これおすすめだから使ってみて、とプレゼントしたらしい。 速水君自身が依頼を受けて自分で用意したのに全く理解されなかったらしい。


「俺臭くないのに? って真顔で言って店にいた人全員の時を止めたわ」


 ファーストの悪魔かスタープ〇チナかよ、と私はツッコミが頭を過ったが笑いは堪えた。 同僚に罵倒された事については野口氏にとっては嫌がらせでしかなかったらしい。 どんな図太い性格でどんな社会生活を送っているのかと私も啞然とした。


「とりあえず速水君が次来た時に私から一杯御馳走しておいて」


「ボトル入れてもらうわ」


 私はしかめっ面を作りながら5千円札と、せめてもの抵抗にありったけの小銭をカウンターに置いた。





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