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令嬢フレイヤ・アステリオは屈しない  作者: やまだのぼる@アルマーク4巻9/25発売!


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勇気と美

「その剣をどけろ、フレイヤ」

 ガラザドが口から唾を飛ばして叫んだ。

「邪魔が入った。この勝負は無効だ」

 だがフレイヤは彼の喉笛に突き付けた剣をぴくりとも動かさなかった。

「ガラザド様」

 ガラザドを見下ろすフレイヤの目は、その口調同様に冷たかった。

「あまり大きな声で叫ぶと、こちらにその気がなくとも勝手に剣が喉の深いところまで刺さってしまいます。どうぞ、お気を付けて」

 その言葉に、ガラザドは獣のように唸った。額には汗の粒が浮かんでいた。

「フレイヤ」

 それでもなお、ガラザドは低い声で言った。

「もう一度やり直そう。なあ、お前もこんな決着を望んではいなかろう」

 だがフレイヤはもう、まるで痴話げんかのようなガラザドの言葉を聞いてもいなかった。

「ロイス」

 フレイヤは唯一の味方である黒騎士の名を呼ぶ。

「私の代わりをいいかしら」

「はっ」

 いまだにその全身から殺気を漲らせたロイスが、血に塗れた自分の剣をガラザドの首に遠慮なく突き付ける。

「おい」

 ガラザドが険しい声を上げるが、ロイスは返事もしなかった。

 それを見届けてから、フレイヤはようやく自分の剣を引いた。

「動いたら、容赦なく刺しなさい」

 ロイスにそう命じ、フレイヤはウルグクに向き直った。

「それでは、ウルグク様。ご覧のとおりと相成りましたので、その御前の宝石、持ち帰らせていただきたく」

「ふん」

 ウルグクは酒を一息に飲み干すと、その杯を乱暴に置いた。

「勝負に勝ったとは言い難いな」

 ウルグクは不機嫌に言った。

「二人だけの勝負ではなくなってしまった。これでは、生きてここから帰してやる程度のことは認めてやってもいいが、“悍馬の瞳”はくれてやれんな。勝負の付け方が雑に過ぎる」

「前言を翻すのですか」

 フレイヤは笑顔のまま目を細める。

「ゴルルパの大族長ウルグク様ともあろうお方が」

「つまらぬ、と言っているのだ」

 悪びれる様子もなく、ウルグクは言った。

「せっかく盛り上がってきたところを、こんな取ってつけたような結末では」

 ウルグクの手が、傍らの大族長の剣に伸びていた。

 身体の中に流れるリズムを取るかのように、鞘の上を指で叩く。

 やはり俺が相手をする、とでも言い出しそうな剣呑な雰囲気だった。

「分かりました」

 緊張がそれ以上高まる前に、フレイヤははぐらかすように踵を返した。

 地面に投げ出されたままの、自分の荷物に歩み寄る。

「それではウルグク様、少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか」

 そう言いながらフレイヤが荷物を拾い上げると、ウルグクは笑った。

「どうした。その中に新しい武器でも隠しているのか」

 フレイヤは笑顔で首を振ると、荷物を持ったまま静かにテントの幕の向こうへと消えた。

「おい、シェナイの姫君。どこへ行く」

 ウルグクの問いかけにも返答はなかった。

 フレイヤの去った後の幕の中には、白けた空気が漂った。

 ロウグバの下敷きになったガラザドと、その首に剣を突き付けるロイス。不機嫌そうに酒を呷るウルグク。

 ロイスを追ってきたゴルルパ兵たちは、その状況に手出しできずに遠巻きに見守っている。

「逃げたな」

 ウルグクがロイスに皮肉交じりの声をかけた。

「お前を捨て駒にして、お姫様は逃げたのだな」

「おそれながら」

 ロイスはガラザドから目を逸らすことなく、答えた。

「我らがシェナイの姫君は、目的を果たすまでは決して前進をやめぬお方です」

「なに」

「ですから、姫様が動いたのであれば、それは逃げたのではなく、前へと進んだのです」

「ふん。くだらん屁理屈を」

 ウルグクは自分の前に置かれた箱を乱暴に手で叩いた。

「お前らの目的のものは、ここにある」

 ロイスの剣先がぴくりと揺れた。

「これを持ち去らずして、何が前進だ。シェナイ人は真の勇気を示すよりも、そうやって己の振る舞いを糊塗することに熱心だ」

 その時、幕がばさりと翻った。

「お……」

 ウルグクが目を見張る。

 憎々し気にロイスを睨みつけていたガラザドも、そちらに目をやって呆けたように口を開けた。

 鮮やかな赤。

 居並ぶゴルルパ兵たちも息を吞む。

 現れたフレイヤの姿は、先ほどまでとは一変していた。

 深紅のドレス。

 限られた荷物の中に、フレイヤはそれを詰めてきていた。

 深紅のドレスと、露わになった白い肩と背中。

 唇には、ドレス同様に真っ赤な紅。右手に小さな薄青色の扇を持っていた。

 シャーバードの王都の麗しき貴婦人が、ゴルルパの本拠地に突如現れたのだ。

 先ほどまで白刃を振るっていた女丈夫は、今やぞっとするほどの妖艶さを漂わせていた。

 フレイヤはウルグクに向かって艶やかに微笑むと、ドレスの裾をつまんで膝を折った。

「シャーバードの舞をご覧に入れます」

 フレイヤはそう言うと、静かに両腕を広げた。

 それだけで、場の雰囲気を支配した。

 美。

 先ほどフレイヤは、勇を尊ぶゴルルパの大族長の前で、堂々と己の勇気を示してみせた。

 父ヴォイドから引き継ぎ、兄カークに羨まれたそれは、フレイヤに生来備わっていたものだ。

 ウルグクは、フレイヤの勇気を認めた。だが、それだけでは満足しなかった。

 それならば、次はフレイヤが己の努力で後天的に身に付けたものを示してみせよう。

 勇気と違い、ゴルルパにはないもの。

 洗練された美を。

 王都での苦闘の成果。自分の激情を押し殺して身に付けた、優雅なステップ。

 フレイヤが踊り始める。

 ゴルルパの舞とはまるで違う、洗練された足さばきだった。

 音楽もないのに、フレイヤの舞を見ていると、それがどこからか聞こえてくるかのようだった。

 ウルグクもガラザドも、ゴルルパ兵たちも、皆が魅入られたようにフレイヤを見ていた。

 優雅なステップ。フレイヤが動くたび、赤いドレスが花弁のように、時には燃える炎のように、形を変えた。

 フレイヤは扇を開いた。

 薄青の扇から顔を覗かせるフレイヤの色気たるや。これがさっきまで剣を手に大立ち回りを演じていた女か。

 扇の隙間からフレイヤの送ってきた流し目に、ガラザドは握りしめていた剣を取り落とす。

 ウルグクも、言葉を忘れたようにフレイヤのダンスを見つめていた。

 フレイヤは自分の中から聞こえてくる音楽に耳を澄まし、この数年間必死に身体に刻み込んできた美しく正確なステップを踏む。

 一見優雅なようでいて、その実、すさまじい研鑽の積み上げられた正確無比なダンス。舞いながら、フレイヤは徐々にウルグクに近付いた。

「こんな舞があるのか」

 感嘆したように、ウルグクが呟いた。

「王都まで攻め上がれば、こんな女が手に入るのか」

 フレイヤは答えなかった。

 にこり、とウルグクに微笑みかけると、歌を口ずさんだ。


   誇りを踏みにじられた絶望が

   たとえ幾夜続こうとも

   友よ うつむくなかれ


 フレイヤはウルグクの前で、くるりと回る。

 ドレスがまるで赤い翼のようにはためいた。


   奪われた誇りは取り戻す

   幾千の屍を踏み越えて

   いつの日か必ずこの手で


 その歌詞の意味に気づいたウルグクが、目が覚めたような顔をした。

 王都まで攻め入る?

 フレイヤの目が、そう語っていた。

 それならば、シェナイを踏み越えていこうというのですね。

 幾千の犠牲を払おうとも決して折れぬ誇りを持つ、我らアステリオ家の治める土地を。


   友よ 空を見上げれば

   幾千の光が見えるだろう


 フレイヤは背を反らし、夜空に向けて腕を真っ直ぐに伸ばした。

 その頭上には歌詞同様の美しい星空が広がっていた。


   遥かソレータルの空に輝く星の光が


 歌い終えると、フレイヤは空を見上げたまま、下ろした手を胸に当てて動きを止めた。

 ウルグクも、目の前のフレイヤを見つめたまま微動だにしなかった。

 フレイヤは静かに膝を折った。

 そして、地面に置かれた“ソレータルの夜空”の箱を掴む。

「我らの誇り、返していただきます、ウルグク様」

 次の瞬間、フレイヤは地を蹴って身を翻した。

 ドレスがまくれ上がり、白い脚が篝火に照らし出された。

「ロイス!」

「はっ」

 剣を引いたロイスが、直ちにフレイヤの後に続く。

 とっさのことに、ゴルルパ兵たちは誰も反応できない。

 二人が幕をくぐって闇夜に消えると、最初に我に返ったのはガラザドだった。

「父上!」

 ガラザドは叫んだ。

「フレイヤが! “悍馬の瞳”が!」

「おう」

 ウルグクは落ち着き払っていた。

 それを見たガラザドは怒りの声とともに、ロウグバの巨体を投げ捨てた。

 ずしん、という地響きとともに巨体が地面に転がる。

「何を落ち着いておるのです!」

 立ち上がったガラザドは、両腕を振り上げた。

「このまま行かせるおつもりですか!」

「聞け、ガラザド」

 ウルグクは静かに言うと、酒を呷った。

「奪われたのではない。くれてやったのだ、最初の約束通りにな」

「約束など」

 ガラザドは苛立ったように歯噛みする。

「あんないい女、ほかにおりませんぞ」

「珍しい舞を見せてくれた礼のようなものよ」

 ウルグクは薄く笑い、二人の消えた方向に顎をしゃくった。

「だが、くれてやった後でまた奪い返さぬとは約束しておらぬ」

 その言葉に、ガラザドの顔が輝いた。

「それでは」

「追え」

 ウルグクは大音声で命じた。

「追って、“悍馬の瞳”を奪い返せ。あの女もだ。部下の男は必ず殺せ」

「おお!」

 ガラザドを先頭に、ゴルルパ兵たちが一斉に動いた。





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― 新着の感想 ―
[一言] お兄ちゃんかキルドラ、良いところを見せて欲しい…。
2023/06/09 18:37 退会済み
管理
[一言] 姫様かっこいいー。 しかしドレスでどうやって逃げるのか。という気になるところで待て次号とな。 お互いひかない争いなので、無事帰れてもどうなるのかなあ…。
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