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そらにかえる

せかいがおわったそのあとも

作者: 須堂さくら

死ぬと透明になって消えてしまう世界に生きる人の物語。

終わりの近づいたその時に。

 目の前に手を翳す。手のひらを通して向こう側の景色が見えて、その美しさに息を呑んだ。白い肌の中に、赤い川が流れている。そのどれもが半透明で、外側のくっきりした世界を、模様のように彩っている。

 人生の終わりにこんなに綺麗な景色が見られるならば、死ぬも悪くない。なんて、口にしたらササメが泣くから、絶対に言わないけれど。



 私の体が透け始めていることが分かったのは、半年ほど前のことだ。

 定期的に受けている健康診断。私の体の中を映し出した映像は、見事に透けていた。らしい。私は実物を見ていないので、分からないのだけれど。

 何ということもない健診会場が俄に騒がしくなり、教師が呼ばれ、家族が呼ばれ、体に異常はなかったのかと問い質され。

「ツツメ」

 私の後ろに並んでいて、騒動に最初から最後まで巻き込まれてしまったササメが、終始泣きそうな顔で私の手を握り締めていたことを、よく覚えている。

 すぐに大きな病院に運ばれて、体を隅から隅まで調べつくされて、けれども結局、私に診断がつくことはなかった。

 世界的にも珍しいけれど、例のないことじゃない。そんな慰めにもならない言葉に押し出されたまだ十代の私は。この年齢で、寿命を迎えようとしていた。



 絶望を感じなかったかと言われたら、もちろん感じたに決まっている。

 家族に泣かれ。友人たちに泣かれ。訳の分からない衝動に駆られて部屋を荒らしたことなんか数え切れない。

 だけれど、そう、いよいよ死が近づいて、体の外側が透けるようになった頃には、随分落ち着いてしまった。寿命を迎える他の人間たちと同じに。恐怖も苛立ちも、他の何もかもも、強い感情たちは、軒並み透明になってしまったのだろうと思う。

 半透明の人たちが皆一様に穏やかな表情をしている理由が分かったと告げた時の、ササメの大泣きには少し困ってしまったけれど。



「ツツメ」

 私が死ぬと分かってから、ササメの声はいつも水気を含んでいる。

 今も振り返った私に笑いかけようとして、失敗して変な笑顔になっている。笑ってしまいそうだけれど、笑ったら泣いてしまうだろうから笑えない。

「ササメ、こっちに来たら」

 手を差し出して見せると、躊躇いながら伸ばされた手が、私の手を握り締める。温かいササメの手は、静かに凪いでいたはずの私の心に漣を立てた。


 半年かけて、色んなことを「終わったこと」や「仕方のないこと」に片づけてきた私の、唯一の心残りがササメだ。

 私はいつだって、ササメの手を引いてきた。

 泣き虫で、引っ込み思案で、優しいササメ。

 名前が似ているからと仲良くなって、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になった。

 私が死んだらササメはきっと泣く。今だって沢山泣いているけれど、今とは比較にならないくらいにいっぱい、泣いて泣いて、擦り切れて。どん底に沈んで。


 ――そして、いつか、浮上する。


 ササメが優しいから、ササメの周りには優しい人たちが集まる。

 そんな彼らは、悲しむササメを見捨てたりなんてしないだろう。

 ササメが浮かんでいくために、協力を惜しんだりしないだろう。

 そうして。

 そうして、いつか、ササメは。

 私のことを思い出の中に納めて、前に進んでいくだろう。


 ――やだなぁ。



「ツツメ?」

「なあに?」

「……ううん」


 ササメの手に、力が入る。

 温かさも力の強さもまだ分かるから。まだもう少し、時間はある。


「ツツメ」

「うん。なあに」

「最期まで、一緒にいさせてくれる?」

「もちろん。ササメが願ってくれるなら」

「ツツメは?」

「うん?」

「ツツメは一緒にいたいって、思ってくれる?」

「もちろん」



 いつか君の手が、私の手をすり抜けてしまうまで、君と手を握っていたいし。

 いつか君の姿が、透明にしか見えなくなってしまうまで、君の姿を見つめていたいし。

 いつか私の声が、君に届かなくなってしまうまで、君とおしゃべりをしていたいし。

 いつか君の声が聞こえなくなっても、きっとどこかを震わせてくれる君の声を、最後まで感じていたいって思っているよ。



 私が笑うと、ササメも泣きそうな顔で笑う。

 泣き虫で、引っ込み思案で、優しいササメ。

 手を引くのはいつだって私だったけれど、手を握るのも、手を離すのもササメだったから。

 本当は、君がずっと側にいてくれたんだって知っているから。



 もうすぐ、私の世界は終わってしまうけれど、君の世界はずっと続いていくから。

 私を思い出に変えるその時まで、どうか私を離さないでね。

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