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幕間 ヴィンセント

「あんなにからかわれるとは」


 魔道具ギルドから宿屋までクレアを送り届けたヴィンセントは経過報告に冒険者ギルドへ一人で戻り、散々ギルド員達からからかわれぐったりしていた。


 ヴィンセントが髪型を変えたのは、クレアがヴィンセントを見て二度と会えない大事な人に似ていると泣いたからだ。少しでも印象が変われば、気が楽になるかと考えて前髪をかき上げた。


 それが原因で色気づいただの、今までに女の気配がなかったのは対象年齢のせいだったのかなど散々からかわれることになるとは思ってもみなかった。


 副ギルド長もクレアといるときにわざわざ「新しい髪型も似合ってるわ。応援するわね」なんて声をかけてくる始末だ。絶対勘違いしている。


 そんなに俺が未成年の女の子に好意を抱いているように見えるのか。


 ヴィンセントとしては、好意より仲間意識が近いと思っている。


 ヴィンセント自身、魔道具が好きでいつかは魔道具ギルドに所属しようと思っているが、若い間は冒険者としてダンジョンの魔道具狩りを生業としている。魔道具にも冒険者向けの物や生活向けの物、様々なジャンルがある。ダンジョンに潜り見識を広げている真っ最中だ。


 クレアと会って会話したとき、あの若さで料理の保存食に特化して知識を深めていることに尊敬した。ヴィンセントが15歳の頃は魔道具で一攫千金狙えないかなんて幼い考えしか持ち合わせていなかった。


 魔道具と料理、まったく異なる分野だが、その探究心に共感したのだ。瓶詰保存食を開発してまだ半年程度だというのに、もう新しい保存食作りに取りかかっている。


 ダンジョンの環境を知れば保存食作りの参考になると、未成年の女の子がまだ未踏破の最悪死に戻りするような危険なダンジョンに挑戦しようとする。


 本当に保存食について考えるのが好きなのだろう。魔道具欲しさにダンジョンへ入り浸るヴィンセントはクレアに仲間意識のようなものを感じていた。


 あの保存食で稼ごうと思えばもっと稼げるはずなのに、冒険者への販売価格を下げるためある条件のもと破格の情報提供料で契約したという話は副ギルド長から聞いていた。


 その条件も新たな保存食を開発するために風と氷の魔法が扱え、信用できる人に協力を依頼をしたいという。協力すれば冒険者の食事はさらに改善されると踏んで、副ギルド長は本来クレアでは指名依頼出来ないAランクのヴィンセントを派遣したのだ。


 全てはここの未踏破ダンジョンを踏破するために。


 地下迷宮とまで呼ばれているここのダンジョンはとにかく広く、滞在期間を延ばすためには食事がネックだった。いつも決まった乾燥したパンと干し肉を飽きるほど食べ、節約しながら進んでも途中で食料がつき、毒や痺れのある魔物や植物ばかりで食料も手に入らず帰還する。それがクレアの保存食のおかげで2ヶ月は食べやすい食事が維持できるようになった。


 重たいのが難点だが、踏破を目指すパーティーは長期間潜ることに備えて空間魔法で大量に物を運べる荷物運びを雇う。荷物運びに保存食を持たせておけば、あとは荷物運びを守りながら進んでいくだけだ。


 世の中には鮮度も保てる空間を所有する人もいるそうだが、そんな便利な魔法を持つ人は安全な商業の道へ進むので冒険者ギルドではまず見かけない。


 クレアの考案した瓶詰保存食は、ダンジョン内の食事に革命を起こした。踏破するためには大量の瓶詰保存食が必要だと踏破に一番近いと噂されるSランクパーティーがギルド長に伝え、冒険者ギルドから商業ギルドへの嘆願に繋がったのだ。


 出張から帰って副ギルド長から新しい指名依頼の経緯について聞き、ヴィンセントは瓶詰保存食を考案して稼ごうとせず、新しい保存食を開発しようとするクレアとはどんな聖女か、もしくは研究者なのかと思いつつ宿屋へ向かった。


 会ってみれば、普通の町娘だった。


 よほど疲れているのか、会った初日に寝込んでしまった。新しい保存食について話を聞けば、聞いたこともない食品の保存方法を話す。試しにコーヒーで言われた通りに魔法を使えば、本当にお湯で戻るコーヒーの粒が出来上がった。他の案も聞いて、魔道具の領域なら力になれると考えた。保存食のアイディアを聞くうちに、この依頼主には惜しみなく協力しようと思ったのだ。


 そして何故か急に泣かれた。

 私的利用を見逃して欲しいなんて口が過ぎたかと謝れば、ヴィンセントが二度と会えない大事な人に似ていると言う。元恋人か片想いの相手かわからないが、よほど好きだったのだろう。


 ハンカチなんて持ち合わせていなかったが、放っておけず指で涙をぬぐう。クレアは聖女でもなんでもなく、年相応に恋をする普通の女の子なのだと理解した。


 相手への想いを引きずっている辛い恋は思い出になるまで時間がかかる。せめて髪型を変えて、少しでも思い出さずに済めばいい。


 俺を見て悲しまれたくない。俺をヴィンセント個人として見て欲しかった。少し年は離れているけど、クレアとはきっといい友達になれるはずだ。


 クレアに対して芽生えた仲間意識のような感情は、少しだけ特別だった。


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