魔道具ギルド
次の日、ヴィンセントと護衛依頼を出しに冒険者ギルドへ向かうことになった。
食堂に降りてきたヴィンセントは、今まで無造作だった前髪をかき上げてかっこ良さが上がっている。大人のお兄さんという雰囲気だ。
2人で冒険者ギルドへ入ると、ギルド員がざわついた。
「あのヴィンセントが女連れだと」
「しかも髪型を気にしてやがる」
「ヴィンセントが色気づいてるぞ!」
「犯罪の臭いがする」
散々な言われようである。ヴィンセントはギルドでどう思われているのか。今まで女性の影が無かったことは察しがつく。
「お前らあとで殺す」
いつもより低めの声でギルド員へ向けて言うと、そのまま入口すぐの受付へ向かう。
「クレアさん、ここが依頼を出す人の窓口です。どうぞ座って下さい。シャーリーさん、俺が今受けてる指名依頼の依頼主クレアさんです。新しく護衛依頼を出しに来ました」
「保存食のクレア様ですね、承知いたしました。ご依頼内容についてクレア様にご確認させていただきます。どちらへの護衛を依頼されますか?」
宿屋のクレアから、今では保存食のクレアで通じるようになっている。
「あっ、ダンジョンです。ダンジョン内の環境が分かれば保存食の参考になると思いまして、行けるところまででいいので」
「保存食の参考にダンジョン内へ行かれるのですね。少々お待ち下さい」
シャーリーは席を外し、数分後にヒルデを連れて帰ってきた。
「お久しぶりですね、クレアさん」
今日も艶やかなヒルデさん。オレンジの口紅が褐色の肌によく似合う。その胸元のはだけ方はポロリが心配である。
「ヒルデさん、お久しぶりです。先日はヴィンセントさんをご紹介いただきありがとうございます」
「いえいえ、彼はお役に立てているでしょうか?」
「はい。新しい保存食の相談をすると、技術の相談だけでなく飲み物にも応用出来るのではとアドバイスまでいただいて助かってます」
「そう。それは良かった。今日もダンジョンの護衛依頼のようだけど、保存食の参考にするということなので、依頼料はギルドのほうで持ちますね」
「いえいえ、そんな。ちゃんと支払います」
「万が一、クレアさんが傷つくようなことがあってはギルド員の食事への影響が大きいのです。貴女は冒険者ギルドにとって大切な方ですから。Aランク以上のパーティーに護衛させていただきます」
なんたるVIP待遇。Aランク以上となると貴族の護衛レベルである。クレアにはとても支払えない。
「すみません、ではお言葉に甘えて……」
「ええ。ご用意できましたらヴィンセントから伝えさせていただきますね。日時の希望はありますか?」
「店も落ち着いてますのでいつでも、ギルド員の方のご都合に合わせてください」
「わかりました。そのように手配しますね。ヴィンセントも、しっかり頑張るのよ」
ヒルデはヴィンセントの肩に手を置いて、耳元で何か囁いたが、クレアには聞こえなかった。
「俺をなんだと思ってるんですか」
ヴィンセントの様子からして、あまり嬉しくないことのようだ。
「用事も済んだし、帰りましょうか。それともこのまま魔道具ギルドへ相談に行きますか?」
「そうですね、一応商会のギルド長へ挨拶してから魔道具ギルドへ行ってみたいです」
「わかりました。ご案内します」
冒険者ギルドから商会ギルドへは歩いて数分の距離にある。ギルド長は不在だったので、ヴィンセントに案内してもらい魔道具ギルドへ行った。
代理店で魔道具をアイテムとして購入することはあっても、魔道具ギルドへ行くのは初めてだった。
魔道具ギルドは町の外れにあり、洞穴を利用した建物だった。中からガンガンと大きな音が響いてくる。
「魔道具ギルドのなかでも開発が好きな偏屈な人に依頼しようと思います。なかなか癖が強い人ですが、腕は確かなので。人選は任せてもらえますか?」
「お願いします」
魔道具ギルドの中はゴチャゴチャしていて高価そうな光る石や何かのパーツが散乱していた。ヴィンセントは受付なのか怪しいほど色々積み上がった壁の穴を覗く。
「バギさんいます?」
「いるよ。奥の工房の三番を使ってる」
「ありがとう」
鉄屑だらけの廊下を慣れた様子で歩くヴィンセントの後ろを転けないように恐る恐る歩くクレア。三番と書かれたプレートが歪んだ部屋のドアをヴィンセントは何の躊躇いもなく開く。
「バギさーん。お客さんですよ」
瓦礫の山からヘルメットを被った汚れた作業着姿の人が現れた。髪も髭もいつから伸ばしているのか、ゴーグルをつけた目元以外毛で覆われている。毛玉の妖怪と紹介されても納得できる。
「なんじゃヴィンセントか。お前は客に入らん」
「お客さんは俺の依頼主だ。欲しいものが魔道具の領域で、1から開発することになるからバギさんが適任だと思って連れてきた」
「ほー。金にならん依頼なら受けんぞ。金持ちの道楽には付き合ってられん」
ヴィンセントの後ろにいるクレアを見て言った。金持ちの娘のわがままに付き合わされていると思ったのかもしれない。
「断言しよう。開発出来たら瓶詰保存食の瓶を越える売上になる」
「よし乗った。あの瓶のスライム加工にはもう飽き飽きだ。話を聞こうじゃねぇか、嬢ちゃん」
ゴーグルとヘルメットを外した素顔はラクダのようなフサフサまつ毛の目元に、前からくるタイプの綺麗なハゲ頭でした。キャラが濃い。
「なんか飲むか?嬢ちゃんはジュースでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
「会議室借りるぞー」
おー、と何処からか返事が聞こえる。
案内された会議室は物置の間違いでは?と聞きたくなる部屋だった。積み上げられた書類、鉄屑、謎の石や置物が埃を被っている。
「嬢ちゃんのジュースな。ヴィンセントはコーヒー」
衛生状態が非常に気になるところだが、ありがたくいただくことにした。
「女性がいるのに、もうちょっとましな部屋はないのか」
ヴィンセントが嫌そうな顔をしている。
「ここが一番ましな部屋なんだよ」
気にせずコーヒーをすするバギ。舌打ちして遮断のアイテムを使用するヴィンセント。
「魔道具の領域ってことは、なんかややこしいもんなんだろ。嬢ちゃんは何を作りてぇんだ?」
「保存食を入れる包装です。透明で窒素充填後に密閉出来る袋と、何層か重ねて光と空気を遮断して120度の熱に耐えられ、かつ熱圧着出来る素材の袋です」
「あんた、もしかして保存食の嬢ちゃんか」
「自己紹介が遅れまして、保存食のクレアです」
「なるほどなぁ。そら、ヴィンセントも金になるって断言出来るわな。あー、加工なんかもうちの工房で請負ってんだが、スライム密閉瓶が飛ぶように売れて儲けさせてもらってるよ」
まさか瓶の加工がこんな近くで行われていたとは。クレアも驚いた。
「保存食の袋だが、透明で密閉する袋ってんならすぐ出来る。充填する窒素ってのはなんだ?」
「空気中の成分です。空気の8割近くを占めます」
「空気の一部ってことなら特殊加工はいらねぇな。もう1つの方だが、こっちは開発に時間をくれ。食品を保存する内側の素材、空気と光を遮断する色のついた素材の二層は必要だ。そして熱で圧着出来るが120度の耐熱ってことは、熱操作をミスっても良いように150度くらいまでは耐えたほうがいいな。食品を入れて圧着するときはまぁ火属性の奴に頼ればいい」
バギは腕を組んで考え込んだ。
「いくつかの素材を組み合わせる必要がある。材料費と作業費含めて、開発費は前金で10万ゴールドだな」
あと数ヶ月後ならなんとかなるが、今のクレアには支払えない。依頼するのは数ヶ月後にしようと諦めかけた、そのとき。
「1万の間違いだろう?」
ヴィンセントが値切りを開始した。
「ふざけんな。こっちだって生活がある。それに材料費ケチってたら良いものも出来ねぇ」
「瓶で儲けたんだろう?クレアさんが保存食を販売したおかげでな。しかも今では毎日何百と売れてるはずだ」
「色んな工房で分担して作ってんだよ。儲けてんのは俺んとこだけじゃねぇ」
「よく考えろよ。瓶より袋の方がはるかに使い勝手が良い。瓶詰保存食より売れるだろう。なんなら販売されれば瓶の方は廃れて今の売上は無くなる。今のうちに開発者になればお前に袋の作り方の技術提供料がずっと入ってくる。最初の金をケチって安定収入が入る機会を逃すのか?」
「よし、将来性を鑑みて5万だ」
「2万。今ならこないだの魔道具つけるよ」
「言ったな。3万と魔道具。俺の人件費を除いた金額だ。これ以上下げられねぇ」
それでも最初の1/3以下の金額だ。バギの生活は大丈夫なんだろうか。それにヴィンセントの魔道具をつけて交渉してもらっていいのだろうか。
「クレアさん、こいつなら色んな素材を組み合わせて良いものを作ってくれます。いまなら開発費3万ですが、いかがでしょう」
「よ、よろしくお願いします。3万ゴールドが用意出来次第正式に依頼します」
ヴィンセントが自分のものをつけてまで交渉してくれたのだから、きっと腕が良いのだろう。他にツテもないので依頼することにした。
「ギルドの貸付もありますが、いや、まだ未成年だから借金はやめときましょう。バギ、分かってると思うけど、守秘義務は守れよ」
「おう。お前も法律は守れよ。嬢ちゃんに手を出さねぇようにな。犯罪だぞ」
「出さねぇよ」
不機嫌そうに言い返すヴィンセント。朝からからかわれっぱなしの彼に、思わず笑ってしまった。
おかしい。なぜ読み返してから予約投稿してるのに誤字が無くならないんだ。
誤字脱字報告ありがとうございます!