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インスタントコーヒー

 ヴィンセントが派遣されて5日が経過した。アイディアがまとまり、やっとヴィンセントに仕事を依頼する。商品開発するなら宿屋の仕事は休んでなさいと時間をもらえたこともあって、ヴィンセントさんとゆっくり話が出来ることになった。


 午前中のお客さんがチェックアウトして誰もいない静かな食堂で向かい合う。テーブルにはコーヒーと甘いカフェオレを用意した。


「念のため遮断のアイテムを使わせてもらいますね」


 そう言って親指にはめた指輪でテーブルをトントンと叩く。周りに会話が聞こえなくなる遮断のアイテム。冒険者さん達が交渉のときに使っているのを見たことはあるが、実際に使うのは初めてだった。


「これでうっかりお客さんが入ってきても大丈夫です」


 そう穏やかに言うヴィンセント。彼とは違う人なのだと数日でだいぶ落ち着いてきたが、まだ慣れない。


「ありがとうございます。それでは、早速新しい保存食についてご説明します」


 フリーズドライのこと、ウィンナー等加工肉の窒素充填のこと、包装素材のことを相談した。


「本当に、食べ物の保存について博識ですね」


 感心するように呟くヴィンセント。


「俺も冒険者としてもう数年は生活してますが、食べ物が腐敗する仕組みや、空気で肉が酸化して傷むなんてまったく気づきませんでした。物によって差はありますが時間がたてば腐る、そういうものだとしか思ってませんでした。どうやって調べたのか気になりますが、守秘義務があるので聞かないでおきましょう」


 前世の食品学という短大の講義で学んだんですなんて言えないので聞かないでくれて助かった。


「フリーズドライは可能です。氷魔法は水の派生で、温度をコントロール出来るようになれば扱える魔法なんです。真空状態で氷だけ温度を上昇させて昇華するのも、空間指定して行えば出来る」


 そう言って、ヴィンセントはコーヒーの入ったカップをひっくり返した。


 一瞬で凍ったコーヒーが宙に浮かぶ。そして、凍ったコーヒーから白いモヤが現れコーヒーを包み、白い球体となって浮かんでいる。


 ヴィンセントは白い球体の真下に空になったコーヒーカップを置いた。白い球体の形が崩れ、フリーズドライされたコーヒーが小さな粒となってパラパラとカップに落ちる。フリーズドライのインスタントコーヒーが出来上がった。


「こういうことですね。これがお湯を入れるだけでもとに戻ると」


 厨房からお湯を持ってきて、カップに注いで確かめる。

 1度話しただけで実現するなんて、ヴィンセントはすごい人なのではと驚きを隠せない。

 ヴィンセントもカップを見つめて何か考えている。


「…………。保存食だけでなく、フリーズドライのコーヒーや紅茶も作りませんか?ダンジョンで美味しいコーヒーが簡単に飲めるとありがたいのですが」


「そうですね。保存食よりそちらのほうが早く準備できるかもしれません。検討させていただきます」


「やった。言ってみるものですね」


 嬉しそうな笑顔が少し幼くて、笑顔は彼と違うんだなと思った自分にハッとした。彼と違う人なのに比べてはいけない。


「窒素充填も、空気中の成分のどれが窒素か感覚を掴むまでに時間をいただければ可能でしょう。最後の素材については、商業ギルドから魔道具ギルドに声をかけたほうがいい。窒素を充填するだけの袋ならすぐ見つかるかもしれませんが、熱で圧着出来る耐熱素材かつ何層か重ねて空気と光を遮断する包装素材となると、ただの素材ではなく魔道具の領域です。1から開発になるでしょうね」


 やはり魔道具になるのか。


「ちなみに、フリーズドライはヴィンセントさん以外の方でも可能でしょうか?量産するとなると、多くの方に魔法の工程を依頼したいのですが」


「出来ますよ。風魔法、氷魔法のそれぞれに募集を出せば量産出来るだけの人は集まるでしょう。冒険者を引退して家庭に入った女性や、魔法を扱えても危険な冒険者を生業としていない人も多くいる。瓶詰保存食のときと同じように、情報提供料についてギルド間で契約してから冒険者と商業の両ギルドで募集するといいでしょう」


「そうですか、良かった。これでかなりの軽量化が出来そうです。包装材は時間がかかりそうですが、出来れば各お店の味をそのままダンジョンへ持っていけてかなり長期保存が可能になるので、実現させたいですね」


「ダンジョンだけでなく、もっと多くの人に売れそうですよ。俺みたいな自炊しない独り身の人間には大助かりです」


 一人暮らしにはレトルト食品は強い味方だろう。商品について確認したいことは出来たので、思いつきでこんな提案をした。


「そうだ、ヴィンセントさんとダンジョンに1度探索へ行くことって出来ますか?ダンジョンの中の環境を知れば、もっといい物を思いつくかもしれません」


「あー、俺はソロで活動してるので、俺が護衛任務を引き受けるのはまずいと思います」


「何故ですか?」


 ソロでダンジョンに入れるなんてかなりの実力者だ。何がまずいのか理解できなかった。


「ダンジョンは入り組んでて、悪さしようと思えば出来ます。だから危険なんです。クレアさん、失礼ですがご年齢は?」


「先日15になりました」


「15歳の未成年の女性に、ソロで活動してる怪しい20歳の男が一緒に2人きりでダンジョンに入ろうものなら入口で止められます。俺が未成年の女性を誑かした犯罪者になってしまうでしょう。かといって、ずっとソロでやってきた俺が即席でパーティー組んで護衛するより、最初から女性がいるパーティーの冒険者達に護衛を頼んだほうが良いです。ダンジョンではなく、魔道具ギルドなら案内出来るので、そちらならついて行きますよ」


 ダンジョンの秩序を守るため、なかなか厳しいようだった。


「そうなんですね。ダンジョンは他の方にお願いしてみます。魔道具ギルドの案内はお言葉に甘えていいでしょうか」


「ええ、もちろん。俺はダンジョンの魔道具狩りがメイン活動なので、魔道具の店や工房には顔が広いんです」


 ヴィンセントは自信のある笑みを浮かべた。


「必ず良い店と交渉してみせます。条件と言ってはなんですが、情報は漏らしませんので俺が個人的にこのフリーズドライコーヒーを作ってダンジョンで楽しむのを見逃してくれませんか?」


 へへへと困り眉で申し訳なさそうに笑うヴィンセントの表情が彼そのものだった。


「ああ、困らせるつもりはなかったんですよ。すみません、やめますから、泣かないで」


 ヴィンセントと困った顔の彼が目の前でダブった。どうやら泣いてしまったようだ。


「ごめんなさい、ヴィンセントさんの提案が嫌で泣いたんじゃないんです。二度と会えない彼を思い出してしまって、すみません」


 指で涙をぬぐわれ、驚いてヴィンセントさんを見つめる。


「その彼と俺は似てますか?」


 間近で見ると違う。ヴィンセントは彼よりまつ毛が長い。頬もこんなに綺麗じゃない。ニキビ跡を気にしてた彼と一緒にスキンケアを選んだのだ。


 涙をぬぐった指も、彼は看護師の仕事柄手洗いと消毒でいつも手荒れしているのを気にしていた。ヴィンセントの指は男性らしく骨張っているが手荒れはしていない。


 彼とそっくりだなんて勘違いだ。よく見れば違う人なのに。前世の彼への想いを引きずって、似ているヴィンセントに重ね合わせてしまったのだ。


「大事な人だったんでしょう。無理する必要はありません。思い出になるまで時間がかかる」


「すみません。違う人なのはわかっているのですが、自分で思うより引きずってるみたいです」


「いいんですよ。貴女の大事な人についても守秘義務は守ります。泣いたって遮断の効果で周りには何も聞こえませんから、安心して」


 穏やかに話すヴィンセントを、もう彼と比べることはなかった。


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