アイディア
起きたときはヴィンセントに案内したはずの客室だった。たっぷり眠ったのだろう。頭はスッキリしているのに瞼と体が重い。
ヴィンセントが前世の婚約者にそっくりで動揺し、彼との記憶を思い出して気を失うように眠ってしまった。お客様になんたる粗相をしてしまったのだろう。今なら死因、恥ずか死である。
服だけは親が着替えさせてくれたのか、ゆったりした、部屋着のワンピースになっていた。部屋をそろーりと出ていくと、母が客室掃除に回っている最中だった。
「クレア、起きたの」
雑巾片手にクレアに気づいた母が声をかけてきた。
「夕べは熱も出てたみたいだし、疲れが出たんじゃない?今日も休んでなさい。ヴィンセントさんにお礼は言ったけど、元気になったら挨拶しときなさいね」
「うん。ありがとう。ごめんなさい」
「謝らなくていいのよ。ほんとならクレアの年齢の女の子なんてまだまだ遊びたいお年頃よ。なのにお店の仕事だけじゃなくて、お店の名産品まで考えて店を持つ話にまで発展して、子供に無理をさせた親の私達に責任があるわ。お店も落ち着いてきてしばらく休めるから、ゆっくりしなさい。厨房に卵入りの野菜スープ用意してあるから、お腹空いたら飲みなさいね」
母が優しく頬を撫でる。
胸がじんわり温かくなった。
「ありがとう、お母さん」
母が用意してくれた野菜スープを飲みに厨房へ降りると、食堂にヴィンセントの姿があった。
「あぁ、顔色良くなりましたね」
「昨日は申し訳ありません。お客様の前で倒れてしまって」
「気にしないで下さい。それに俺にとってはクレアさんが指名依頼してくれたお客様ですから」
クレアにとっては宿屋の客であり、ヴィンセントにとっては指名依頼の客である。なんだかややこしい関係だ。
「ご依頼の詳しい話はまた体調が戻ってからということで、今日は冒険者ギルドの方に顔出してきます」
「わかりました。またこちらから声をお掛けしますね」
「ええ、待ってます」
それでは、と荷物を持ってヴィンセントは宿屋を出た。
「格好いいなぁ」
思わずぽつりと呟いた。でも、彼とは別人なんだと自分に言い聞かせる。
野菜スープを飲んだあと、自室に戻ってからフリーズドライについて紙に書き起こす。
凍結した食品を真空状態で輻射熱を当てることで、食品中の水分は氷から液体に戻らずそのまま昇華して蒸発、乾燥する。この現象を利用して水分のみ失わせることで、風味の良い食品の長期保存が可能となる。かさばる瓶が不要でお湯をかけるだけでスープやおかずが出来上がるとなれば冒険者は助かるだろう。
卵や薄切りの肉ならフリーズドライ可能だ。卵スープや肉野菜スープをフリーズドライにすれば、お湯で戻して乾パンを浸すだけで簡単にお腹に優しい食事が出来る。ここでは卵は高級品なので、肉野菜スープのフリーズドライから試したい。
ヴィンセントに頼みたいのは凍結と真空状態にすることだ。可能であれば真空状態のまま凍った水分の温度を上げて昇華させて欲しい。果たして魔法でそんなことが出来るのか。出来たとしても量産がネックだが、試しておいて損はないだろう。
長期保存のウィンナーは、市販されているウィンナーで長期保存が可能かどうか試すだけで良いだろう。塩漬けした牛肉であるコンビーフのようにほぐれる肉の保存食もいいかもしれない。加工肉作り自体は加工が得意な肉屋に相談した方がいい。
それから、販売するときの包装だ。個包装するより、5食分などまとまった数で包装して窒素を充填したい。プラスチックのように薄くて軽い包装が出来ないか、素材についてもヴィンセントに相談してみよう。湿気を吸収出来るシリカゲルのような乾燥剤も出来れば尚良い。
本当はレトルト食品によくあるパックを用意したい。120度以上の耐熱で光や空気を通さず密閉できる素材。たしか前世のパックは三層か四層構造で作られていた気がする。宇宙食のために開発されたものだ。
この世界でも光を遮断する素材、空気の遮断が出来る素材、食材を密閉する素材と薄く何層か重ねることで可能にならないだろうか。これもヴィンセントさんに聞いてみようか。それよりギルド長に聞いた方が早いかもしれない。魔道具のギルドも商業ギルドに連なっていたはずだ。
瓶詰保存食は手に入るもので作った。しかし、今の保存食作りに革命を起こした実績のあるクレアなら、商業ギルドや冒険者ギルドとも繋がりがある。保存食に適した素材や作る方法について助言を得られるかもしれない。
浮かんでくるアイディアを次々と書いていると、様子を見に来てくれた母に見つかり、おとなしく寝てなさいと怒られるのであった。
ヴィンセント(CV:石田彰様)
フリーズドライの製法などは調べたうえで書いてますが、誤った箇所があればご指摘ください。