シミリスルート
クレア16歳の誕生日、シミリスとクレアは会う約束をしていた。以前行ったことのある湖畔のそばにある眺めのいいカフェに入る。
「誕生日おめでとう」
渡されたプレゼントを開けると、中には金色で植物の葉をモチーフにした華奢なデザインのブレスレットが入っていた。
「綺麗……。どこで選んでくれたんですか?」
「こないだのダンジョンの宝箱に入っていた。鑑定してみたらクレアさんにもしものことがあったときに身代わりになってくれる魔道具なんだ。こないだ生まれ変わる前に事故で亡くなったと話してたから、クレアさんにはつけていて欲しい」
そんな効果の魔道具はいくらの値段がつくのだろうか。持つのも恐ろしいが、クレアことを心配して用意してくれたプレゼントなので、ありがたく受け取り腕につけた。
シミリスが王都へ向かう日が近づいている。
「これから王都へ行くのが憂鬱だよ。褒美を受け取るのはいいが、滅びについての報告にギルド員の育成や踏破済みダンジョンの滅びの歴史の調査について進言と、やることは山積みだ」
「忙しいですよね、巻き込んでしまってごめんなさい」
「巻き込んだのは私のほうだろう?私が踏破してあの映像を見せなければ、クレアさんがドラゴンの話を聞くこともなかったし、苦しまなくてすんだ。それに、あのドラゴンの話し方だと記憶を持ったまま生まれ変わった人は意外と多いのかもしれない。生まれ変わりの記憶があるからといって、クレアさん1人が責任を感じる必要はないんだ」
シミリスは珈琲を1口飲んで、深く息を吐いた。そして、クレアの目を見て続ける。
「私はクレアさんがそばにいてくれるだけで、なんだって可能になる。ここが己の限界だと諦めかけていたダンジョン踏破の夢を叶えることも出来た。今後は私にもクレアさんを支えさせてくれないだろうか。私と結婚して欲しい」
真剣にクレアを見つめ、シミリスは約束通りプロポーズをしてくれた。
「はい。よろしくお願いします」
シミリスはガタッと立ち上がる。
「本当か!?結婚してくれるのか!」
「はい」
シミリスの大きな声に気づいた店員さんは「ご結婚おめでとうございます!」と声をかけてくれた。あちこちのテーブルから拍手され、注目を感じ恥ずかしくなる。
「ここを出たら指輪を見に行こう」
「そんなに急がなくても、王都から帰ってくるまで待ってますよ。ゆっくり選びましょう」
「結婚指輪は帰ってからでもいいが、恋人がいるとわかるように指輪だけはつけておいて欲しい。クレアさんは気づいたら他の奴らから好意を寄せられるから私の妻だとわかるようにしとかなければいけないんだ。私が不在の間にヴィンセントやセオドアが近づいてくるかもしれない」
シミリスからプロポーズをされたあとも、ヴィンセントやセオドアともお茶をして過ごしていたので罪悪感を感じる。
「今までは恋人でもないから抑えていたが、今後指輪をはめたクレアさんに近づこうものなら遠慮なく殴り飛ばしてくれる」
ハッハッハと笑いながら話すが、ドラゴンを倒せる人が殴り飛ばせば本当に遠くまで飛びそうである。
カフェを出たあと2人は指輪を選びに行った。クレアの左手の薬指にはピンクゴールドの指輪が輝いていた。
*********************
ーーー数年後。
「シミリスさん、ダメ。それ明日のおやつ」
「チミリチュ、メーよ?」
クレアと娘のアンジュが焼いたクッキーを食べようとして怒られる。アンジュはクレアも同じ髪の色と瞳の色をしていて、髪の毛は高い位置でツインテールにしていた。
「1枚だけ、ダメかな」
普段甘いものは食べないシミリスだが、娘の焼いたものとなると別だ。
「アンちゃんどうする?パパが1枚食べたいって」
「パパ食べゆの?」
「どーぞ、してあげる?」
「うん!パパどーじょ!」
ぷにぷにの手で持ったクッキーは割れて2枚になった。そのまま笑顔で受け取って食べる。
「ありがとう、美味しく出来たな」
「今日のクッキーはアンちゃんがコネコネしたんだよねー」
「ねー!アンちゃんクッキー食べう!」
「今日はもう食べたでしょ。バターは貴重なんだから残りは明日おやつの時間になってからね」
アンジュは泣き出し、家は一気に騒がしくなる。シミリスはクレアと共に王都へ拠点を移して生活をしている。子宝にも恵まれた。
クレアは貧困支援を始め、支援するための保存食開発を続けている。
シミリスは今、ギルド員の養成を行いながら星の滅びについて記録をまとめている。踏破済みダンジョンの特徴的な階層を水晶玉で記録し、戦争の残酷さを報告していた。
墓場のダンジョンと呼ばれた墓場は戦争で亡くなった方のものが、あまりにも多く積み上げられているのではないか。
湖のダンジョンでは浴びると皮膚が溶けていく湖があるが、汚染された水が酸性へ傾いた結果ではないか。
研究チームが組まれ、一つ一つ考古学を学ぶように考察されるが、銃もまだ普及していないこの世界ではどんな兵器でここまで汚染されたのかと見当もつかないものも多い。
そのため研究チームには生まれ変わる前の記憶を持つものが募集され、記憶はあるものの平凡な生活を望んで暮らしていた人が多く存在していたことがわかった。中には戦争で怯えて暮らし、最後は爆撃によって亡くなった記憶があるため平凡な今の暮らしがいいのだと語る者もいた。
記憶を持つ者達の知識を借り、この世界の文明は急速に発達していく。しかし、事前に魔法で誓うことによってその文明を悪用することはない。
生まれ変わりの記憶があるクレアと、ダンジョンを踏破しダンジョンの存在理由を広めたシミリスの夫婦は、争いのない星を目指して奔走する。
私がダンジョンに魅せられ、取り憑かれたように挑み続けた頃からは考えられない人生だった。
クレアにそばにいて欲しくて恋愛感情なのかよくわからないままプロポーズをし、何度もデートをして、大量の食料品でダンジョン踏破を助けてもらった。生まれ変わりの記憶があると知って、歳の差を感じなかったのはこのせいかと思った。
クレアがいなければダンジョン踏破は出来なかった。狂った不死鳥のまま朽ちていた。もしくは狂った鬼になっていたかもしれない。
昔はダンジョン踏破の夢を馬鹿にされて殴り合いに発展したが、今ではクレアに近づく男を見れば殴り飛ばしたくなる。嫉妬に狂った鬼にならないよう気をつけたい。
今では愛しい女性が2人に増えた。毎日忙しいが妻と娘と過ごせる幸福を噛みしめている。
クレアが世界中の人のために争いのない星を目指しているのは知っている。私が2人のためだけに争いのない世界を目指しているのは、内緒にしておこう。
ーーーシミリスルート 結婚エンド




