星の記憶
「記録は始まったか」
水晶玉からシミリスの声がする。
「ええ、青く光ってる。言われた通りよ」
どうやらリリィが水晶玉を持っているようだ。覗き込む顔が映し出された。
「ついに最後だ。誰も死ぬな。行くぞ」
静寂の中、シミリスの落ち着いた低い声だけが響いた。古びた扉を開く。軋む音が反響していた。
『挑みに来たか。待ちわびたぞ、寄生生物ども』
水晶玉は床に落とされ、皆が臨戦体勢に入った。首が3つある黒いドラゴンが、金色の目でシミリス達を睨む。ドラゴンの声は地鳴りのように伝わってくる。
『我を倒し、踏破を望むか』
「ああ、そうさせてもらう」
『ならば来い。貴様等が勝てば世界の真理を教えてやろう』
ジュリーとアドルフォイが全員に支援魔法をかける。戦闘が始まった。リリィが竜巻を起こし、ドラゴンへ放つ。竜巻の後ろに姿を隠し、シミリスとビクトールはドラゴンへ近づく。跳躍し、シミリスはドラゴンの首へ剣を突き立てる。分厚い鱗の隙間を狙って刺すが、狭い隙間から剣は思うように入らず、硬い肉に浅い傷しか与えられない。そのまま首を蹴り、ドラゴンの眼を剣で斬りつけた。ビクトールは金槌で首を叩く。鱗が浮いて剥がれそうになるのを見て、鱗を削ぎ落とすように金槌を振るった。
「打撃で鱗を落とす!団長は肉を切れ!!」
ビクトールが怒鳴るように大声で伝えながら落ちていく。地上へ落ちていくときも、ドラゴンの首は2人を狙う。
「2人とも後ろへ飛んでっ!」
リリィの声がし、食らいつこうとするドラゴンの頭を蹴り左右へ弾けるように跳ぶ。リリィは炎が渦巻く巨大な竜巻を発生させ、ドラゴンへ放った。炎は増幅し、巨大な炎の竜巻となり直撃する。
アドルフォイは跳んだ2人に光る壁を張る。ドラゴンは灼熱に包まれ、炎は2人にも飛び火する。ドラゴンは炎から逃れるため飛び出した。そこへビクトールが打撃で鱗を剥ぎ、続けてジュリーが支援魔法をかけたシミリスが斬りつける。首から赤黒い血が噴き出した。
「攻撃が通った!!」
ダメージを負わせた手応えを掴んだ瞬間、右側の首は斬りつけられた箇所から2つに分かれ、4つ目の首が生える。
「細い!こっちから切り落とすぞ!!」
真ん中と左側の首が2人を狙わないよう、ジュリーは顔を目掛けて劇物を投げつける。直撃した眼から血を流し首がのけぞっている。液が垂れた首からは煙が出て鱗が溶けていく様子が見えた。
新しい首にビクトールは打撃を与え、シミリスが切り落とした。2回目は生えてこなかった。右を切り落とされ、左は眼を潰されたドラゴンは2人を尻尾でなぎ払う。シミリスはビクトールを蹴り跳ばして逃がす。そして直撃したシミリスは内蔵が破裂し口から血を吐きながら地面へ叩きつけられた。
アドルフォイが治癒魔法をかけ、ジュリーが水を渡す。水を含んで口の血を吐き出し、またドラゴンへ駆け出す。
お互いの命を削り合う戦闘は続いた。戦闘中、シミリスとビクトールは繰り返し血を吐き、リリィはお腹を貫かれ、ジュリーは毒をくらい顔と腕が焼けた。治癒を繰り返すアドルフォイは魔力の限界値を越え、鼻血を流し、食いしばった歯茎からも血を流し、うずくまり嘔吐しながらも這いつくばって皆を回復させていく。
死に物狂いの戦闘が映し出されていた。
クレアは顔を真っ青にしながら戦闘を見ていた。
「戦闘は無理して見なくていい」
シミリスは声をかけてくれたが、クレアは見ることを止めなかった。これがダンジョンに潜るということなのだと理解したかった。
やがて戦闘を終えたときには、もう回復する手段もなく、シミリスは片目を潰され血を流していた。
「終わった」
ダンジョンで倒された魔物が黒い霧となっていくのと同じように、ドラゴンの体から黒い霧が発生していた。
シミリスは膝から崩れ、ビクトールは倒れ込み、アドルフォイは起き上がれず、ジュリーとリリィは肩を寄せ合って座り込む。
『話す前に、回復してやろう』
あのドラゴンの声がした。もう身構える力もない。全身が光りに包まれ、傷が塞がっていく。
黒い煙の中から、首が3つの最初の姿のドラゴンが現れた。
「なぜ、回復したんだ」
『言っただろう、世界の真理を教えてやると。貴様等は我を倒したことで、他の寄生生物どもに真理を伝える義務がある。我がこれから話すことを、よく脳に刻み込め』
体は回復しても、立ち上がる気力はなかった。呆然と膝立ちしたままのシミリスを気にすることなくドラゴンは語りだす。
『我は言った。貴様等は寄生生物だと。この星にとって貴様等は人間は寄生生物に過ぎないからだ。生命が生まれた星はいくつもあった、だが、貴様等のように知性のある寄生生物が現れると、星は滅びる。大地を壊し、海を汚し、星の周りにはゴミが飛ぶ。貴様らに星は汚染され、そのまま朽ちていく』
クレアは映像を見て、星の周りのゴミとは人工衛星のことかと感づいた。食い入るように水晶を覗く。
『星にとって貴様等はどう足掻いても発生する病気だ。病巣がこの星全てに蔓延すれば、やがて寄生生物同士で争い、寄生生物が作り出した兵器で星は汚され、滅ぶ』
ドラゴンは憐れむようにポツポツと語る。
『星は生きている。何度も蝕まれ、滅びを繰り返し、やがて新たに生まれた星は自らを蝕む寄生生物が星を傷つけぬよう、ダンジョンを産み出した。このダンジョンは滅びた星の記憶で出来ている。溶岩の層は生まれたばかりの星の姿だ。そして氷に埋め尽くされ、やがて森が海のように広がり、虫が栄える。荒れ果てた城を見ただろう。化学兵器を使い星を滅ぼした国のものだ。廃墟を見ただろう。寄生生物同士で争った跡だ。貴様等寄生生物がこのまま増殖すれば、この星はこのダンジョンのような世界へなるだろう。ダンジョンとは星の滅びを防ぐために、寄生生物の貴様等に学ばせるために存在するのだ』
ドラゴンの声には憤りが孕んでいた。
『このダンジョンでは死んでも生きて帰れるのはおかしいと疑問に思ったことはないか。それは死ぬ恐怖を経験し、魔物と争うことで寄生生物同士の争いを発生させないためにある。死んだものが争いは恐ろしいことだと学習し、生きて帰らねば意味がないからだと星は言った。我はダンジョンで寄生生物をそのまま殺して減らしてしまえばいいと進言したがな。星は貴様等も星の子だと言うんだ』
ドラゴンの声はいつしか悲しみを含む。
『そして、この滅んだ星の記憶から出来たダンジョンのように、この星には滅んだ星で生きた記憶を持つ寄生生物がいる。争いを生み出さないために、寄生生物同士の争いの記憶を持ったままこの星に生まれ変わらせたのだ。貴様等の中にはいないようだが、おかしい奴がいるだろう。若く教育もろくに受けていないにもか関わらず不釣り合いな知識を持つ、規格外の奴がな』
クレアはハッとした。前世の他の国では戦争が起き、経済制裁が加えられても戦争は止まらなかった。そしてテレビでは毎日戦争のニュースが流れ、襲撃された病院や、爆撃された町の様子が連日報道されていた。祖父母の世代では、世界大戦の時代に生きた人もいる。
ドラゴンは滅んだ星の記憶を持つ人が生まれ変わったと言った。クレアが死んでどれくらい後かはわからないが、前世の地球は戦争の末に滅びたのだと知った。
『忌々しい星の子よ、この星を滅ぼすな。生きて帰りすべての者へ伝えよ、同じ種族で争うなと。争いの末の滅びを伝えよ。他にもダンジョンはいくつもある。全て滅びた星の記憶である。全てのダンジョンを巡り星がなぜ滅びたのか学習しろ。貴様等には知性があるのだろう』
そこでドラゴンは光に包まれ消えていき、ドラゴンのいた場所には大きな宝箱が現れる。
宝箱から煌びやかな宝や剣が入っていることを確認した後、映像は終わった。
水晶玉が何も映し出さなくなっても、シミリスは顔面蒼白で震えるクレアが落ち着くまで待ち続けた。
「………シミリスさんが聞きたいのは、ドラゴンの話していた生まれ変わりのことですね?」
小声で確認する。
「ああ。あのドラゴンの言うことが本当か確かめたい。生まれ変わりで思い当たるのがクレアさんだけだった。言いたくなければ、無理しなくていい。家に帰って今日は休もう」
クレアを心配そうに見つめるシミリス。
「いえ、私は生まれ変わりです。前世では核と呼ばれる化学兵器が落とされた敗戦国で育ちました。世代を経て戦争の傷が癒えてきたころ、また新たに遠くの国で戦争が起きました。戦争の映像が毎日流れていました。私はその頃に事故で死んでしまいましたが、その後どれくらい時が経った後かわかりませんけど、私の育った国も、星も滅びたのでしょう」
遠くを見つめながら話すクレアは、両目に涙を溜めていく。
「私はいま、保存食のクレアとして名乗らせてもらってますが、保存食の知識は前世のものです。私は食事と健康に関わる仕事をしていて、仕事に携わるために必要な知識として食品の加工についても学んでいたので、この世界でもやってみました。最初はただ宿屋に泊まりにきてくれる冒険者さんを支援するためでした。軽い気持ちで作りました。でも、瓶詰保存食は前世でも戦争のために開発された食品です。長期の侵攻を可能にするためのものでした。私は、私はっ、争いで滅んだ星の記憶を持っていながらっ、なんてことをっ…………!!この世界に持ち出してはいけない知識を使ってしまったなんて……!!」
後悔から泣きじゃくるクレアをシミリスは抱きしめる。
「クレアさんがいなければ、保存食を開発してくれなければ私達はダンジョンを踏破できなかった。真理について知ることもなかった。だから、思い詰めないでくれ。クレアさんを苦しめたくて伝えたんじゃないんだ。あのドラゴンの話が本当か確かめたくて見てもらいたかっただけなんだ」
「あのドラゴンの話は本当です。星の周りに浮くゴミも、前世では問題として取り上げられるほど沢山ありました。私がバカなせいで、保存食を広めたせいでこの星で戦争が起きれば長期化するでしょう。より長く人々が苦しむでしょう……。私が、思い出さなければ……私がいなければよかったのに……」
消え入るような声で吐露した感情は、産まれてきたことを後悔する程押し寄せる負の感情だ。
「そんなことを言うのはやめてくれ……」
短剣があれば今にも命を断ちそうなクレアを、ただ抱きしめることしか出来なかった。しばらくして、シミリスは決心したように話す。
「クレアさんの保存食が利用される前に私が争いを止めよう。私と、ギルド員達で全てのダンジョンを踏破し、滅んだ星について広めよう。私が生きている限りこの世界で戦争は起こさない。だから……。いなければいいなんて言わないでくれ」
クレアはシミリスの腕の中で、コクンと頷いた。




