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商会ギルド

 宿屋の名物となった瓶詰保存食の魔物肉コンフィは大好評である。宿に宿泊のお客様優先販売のため宿は毎日予約で埋まり、宿の仕事と保存食作りの人手が足りないので何人か募集して雇うこととなった。


 魔物肉がダンジョンで手に入っても、自炊せず保存食に頼るには訳がある。

 手に入ったパーティーの人数分足りるかという問題や、野営中に柔らかくなるまで煮込む時間が無いため火が通っただけの筋の硬い肉を食べるはめになるので肉が手に入っても食べずにアイテムとして売られることが多い。


 そもそも食べ物が手に入らない可能性の方が高いので、食料はパーティーの人数×3日分、5日分とまとめ買いが多く供給が追いつかない。


 宿屋の収入と保存食のおかげで毎日黒字の大繁盛だが、そう簡単にうまく進むわけではなかった。瓶詰めの食品が売れると勘違いしたお店が、長期保存出来ない瓶詰め商品を販売するようになってしまい、流行りの保存食だと思い購入した冒険者とのトラブルが発生した。


 そこで、販売責任者である父と商品の発案者であるクレアは商業ギルドに呼び出されることとなった。応接室へ案内されふかふかのソファに腰掛けると、珈琲と柑橘ジュースが用意される。


 少し送れて部屋に入ってきた男が目の前に座る。


「いやー、遅れて申し訳ない。大繁盛している宿屋の主人にわざわざギルドまでご足労いただいておいてあるまじきことだなこれは。そして、ほーほっほー、これはこれは、こんなに若い女の子が発案だと?」


 額にじっとりと汗をかいて、フクロウのような声を出した丸々と肥えた男性が商業ギルドのギルド長だ。栗色のちょび髭が腹立つ。


「娘です」


「クレアです」


 ギルド長と父は面識があり、挨拶もそこそこに本題に入る。


「クレアさん、初めまして。私はここの商会ギルドでギルド長をさせていただいているアレックスです。店も忙しいだろうから、早速本題に入らせていただこう。若い女性とは聞いていたがまだ未成年かな」


「娘は14です」


「そうか。では今回のトラブルを受け、商業ギルドからの提案なんだが、クレアさんの父であるフレッドが後見人となりクレアさんが保存食専門店を持たないか?」


 親子は予期せぬ提案に目を丸くする。


「現状を整理すると、クレアさんの瓶詰め保存食はダンジョン探索の食事に革命を起こした。従来の保存食より値段は上がるが、食事の満足度が上がることで探索の士気も上がったと冒険者ギルド経由であの保存食をもっと製造して欲しいと嘆願が来ている。ダンジョンのアイテムを卸してもらっている商会ギルドとしても応じたい」


 もっと作って欲しいという要望は店でも聞いている。宿の営業もあるのでこれ以上は増やせず心苦しい状況だった。


「しかしだ、他の店でも瓶詰保存食を真似しようとしたがうまく行かずに冒険者と店のトラブルが起きた報告もあがっている。きっとクレアさん独自の長期保存のためのノウハウがあるんだろう。そこでクレアさんに保存食専門店をもってもらい、経営者となって欲しい。保存食の製造を他の宿屋や飲食店に業務委託してもらえれば生産数もあげられる。委託ではなく長期保存の秘密を情報提供するとなれば、他の店独自の保存食が開発され、他の店の収入も上がり、クレアさんは企業秘密を提供した情報料として売上の何%かもらえばいい。これなら毎月継続して収入も入る。クレアさんが成人となれば後見人は外れてクレアさんの店になる。どうだろうか」


 自分で店を持ち生産を他の店舗に任せるか、情報提供のみ行い売上の一部を受け取るか。ただ冒険者が探索中にお腹を下さないよう、店の名産品になればと軽い気持ちで販売した瓶詰保存食が、予期せぬ本格的な商売の話に頭がついていかない。


「いくら後見人がついたって、子供が店を持つなんてのは責任が重いのではないでしょうか」


 父もいきなり始まった商売の話に難色を示す。


「16歳の成人まであと1年と少しだ。後見人をつけて経営の練習をするつもりですればいいじゃないか。まだ経営が難しいなら実店舗を持たなくても、各店に情報提供のみ行い情報提供料として売上の何%か受けとる契約だけなら書類だけで済むから、宿の営業の負担にもならない」


 商業ギルドとしては冒険者ギルドからの要望に応えるため、なんとしてでも早急に瓶詰保存食の生産数をあげたい。これ以上は引かないというギルド長の意志が見えた。


「いきなりの話で、とてもすぐに返事は出せない。一度持ち帰らせてもらいます」


「そうだな、なら良い返事を待つとしよう。参考までに伝えておくが、情報提供は売上の10%までとして各店との交渉次第にするといいだろう。それと、クレアさんはこの件をのんでくれれば冒険者ギルドに大きな貸しが出来る。今後優先的に依頼を受けてもらえるようになるなどのメリットもあるから、ぜひ前向きに、はいという返事を待っているよ」


 週末までには前向きな返事をくれと湿った手で握手されながら念押しされる。

 クレアはほぼ喋っていないが、家に帰りどっと疲れた。父が今日は休んでよく考えなさいと休ませてくれて助かった。


 ただ食事が良くなるようにと考えた商品が、ギルド同士のやり取りに発展するほど大事になるとは予想もしていなかったのだ。どうしたものか。


 保存食専門店を経営したいかと聞かれれば答えはノーだ。瓶詰も今は目新しくて購入されているが、今までの保存食と比較すれば割高である。軽量化や味に飽きるなど、商品として改良の余地はいくらでもある。今後自分の商売として行うにはリスクが高い。ギルド長の提案通り製法を教えれば各店の味付けで瓶詰保存食を出せば飽きにくく冒険者も色んな味が楽しめて良い案だと思う。


 ただ、飲食業には火属性の魔法が扱える人が多いので製法を伝えるのは問題ないが、情報提供料を10%も受けとればそれだけ販売価格が高い商品となってしまう。ただでさえ割高な商品にさらに情報提供料を支払っても利益が出る値段設定となるとなると、60ゴールド前後となるだろう。材料を良い食材にすればもっと費用がかかる。冒険者達が食事にお金をかけられるかが問題だ。


 店の保存食売上は毎日100瓶用意し、1本50ゴールドで販売していて月15万ゴールド。大量に入荷しているので仕入れ値は安くしてもらっているが、保存する瓶代が高くつく。瓶は1本20ゴールドで回収して使い回しているが、重いからとダンジョン内に捨ててしまう人もいれば探索中にうっかり破損してしまうことも少なくない。瓶は使い勝手が悪いのだ。


 保存食として有名だが、魔法の適性がないクレアには挑戦できなかった保存食を思い出した。実現すれば瓶詰保存食より保存期間も延びる。冒険者ギルドに貸しが出来るなら、風魔法と氷魔法が使える人を雇えないだろうか。そうすれば重たい瓶よりはるかに使い勝手のいい保存食が作れる。その点が確認できれば、瓶詰保存食の情報提供料なんて1、2%で充分だ。感じが悪い交渉をしてきた店は3%にしよう。


 また、必ず設定する賞味期限より1ヶ月ほど長く品質を保つことを確認した上で販売することを規約に入れておこう。店の保存食も3ヶ月後持つことを確認し、賞味期限は2ヶ月に設定している。


 クレアは自分の店は持たずに瓶詰保存食の情報提供だけ行うことに決め、製法や注意事項を紙にまとめた。

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