ダンジョンの秘密
年が明けて1月、各店舗で保存食の発売を目前に控えたある日のことだった。不死鳥がダンジョンを踏破したという知らせが一瞬で町中へ広まった。
不死鳥のメンバーは衰弱しており、しばらく休養してから王都へ向かうと配られた号外に書いてあった。
夜営業が本格的に始まる前に家族で夕飯を食べていると弟のココが口を開く。
「なぁ姉ちゃんの彼氏2じゃねぇのこの人」
ココが号外の写真を見ながら言う。
「彼氏じゃないから。ていうか彼氏2ってなに?」
「彼氏1はヴィンセントさんだろ?んで彼氏2がこの人、彼氏3が蛇っぽいお茶しに来る奴」
「全員彼氏だったら3股じゃない!お姉ちゃんをどんな悪女だと思ってるの!」
ココを怒ると今度はクレアの母が聞いてきた。
「じゃあ誰が彼氏なの?」
あまりに深刻な表情で聞いてくるものだから、思わず顔をそむけてしまった。
「………言えない」
家族の団らんに静寂がおとずれる。両親が食事の手を止めてクレアを見ている。今は彼氏ではないが、1人は恋人になって一緒に旅に出ようと誘われ、2人からは結婚して欲しいと言われ、保存食発売後のクレアが成人となる誕生日に返事を決めようとしている状況であるなんて親の前では言えなかった。
「親に言えない人と付き合ってるの?」
母の言葉に父が不安そうにクレアを見る。捨てられた子犬みたいな悲壮感溢れる顔で見るのはやめていただきたい。
「いや、そういうわけじゃないよ。心配しないで、そのうち紹介するから」
どの人を紹介しても波乱が起きそうではある。この日はなんだかギクシャクした夕飯となった。
クレアが定期的にデートしていた男性が不死鳥の団長だと家族に知られてしまった2日後、新しい保存食であるフリーズドライとパック保存食の販売を開始した。
大通りの方でもお湯を入れるだけのスープをデモンストレーションしながら試食を配り、冒険者だけでなく一般のお客様にも宣伝する店舗もあった。おかげで町中がお祭りのように賑わっている。
クレアの宿屋にも保存食の開発者が販売する物が欲しいとお客様が殺到していた。今日からしばらく日中忙しくなるのはわかっていたので、宿屋の営業は止めている。
朝から並ぶお客様は予想より多く昼過ぎには用意していた数が完売となってしまった。クレアの両親の宿屋には明日の夕方魔法使いが回ってくる予定なので、食中毒予防のためにも今日は材料を切るだけにして加熱調理は魔法で加工する明日行うこととする。
その日、大量の野菜を刻む作業に疲れたクレアはいつもより早く7時過ぎにはお風呂に入る。お風呂上がりの保湿を終えると、玄関で話す父とシミリスの姿があった。
「シミリスさん!どうしたんですか?」
「すまない、非常識なのは承知のうえで、クレアさんとどうしても話したいことがある。時間をもらえないだろうか」
「お父さん、少し出掛けてくるね」
「もう時間も遅い。今度でいいだろう」
クレアの父は心配して声をかける。
「2時間後には必ずご自宅まで送ります。どうか、お話しする時間を頂けないでしょうか」
シミリスが頭を下げて頼み、たじろぐ。
「……2時間だな。貴方が凄い人なのは知ってるが、娘を危ない目に合わせないでくれよ」
「はい。ありがとうございます」
「クレア、髪は乾かしてから行きなさい。風邪引くぞ」
「うん。ありがと、お父さん」
クレアは急いで髪を乾かし、モコモコの上着を寝間着の上に羽織った。マフラーを巻いて、冬用のブーツを履いてシミリスと家を出る。
近所にはクレアの両親の宿屋以外にも何軒も宿屋があり、冒険者が呑みに行く居酒屋や屋台もあるため騒がしく治安もあまりよくない。
「寒いよな、少しの間だが店に入ろうか」
「大丈夫です。それより、大事な話なんですよね。遮断があっても人気はない方がいいと思います。あっちに静かな広場があるので、そこへ行きましょう」
「ありがとう、せめて温かい飲み物だけでも買って行こう」
お店で珈琲とミルクティーを購入し、公園へ向かう。宿屋の通りから路地を通って住宅街へ入り、広場についた。広場は真っ暗で誰もおらず、いつ子供が忘れたのか古びたボールが転がっていた。シミリスは魔道具らしき折り畳み式の灯りを用意して、ベンチに置いた。1つしかないベンチに並んで座る。
「すまない、遮断を使わせてもらう」
「はい」
「いま人に見つかったら私は逮捕されるかもしれないな」
「ふふ、大丈夫ですよ。あと1週間もすれば成人ですから、誤魔化せますよ」
「それもそうか。まずは保存食の発売おめでとう。あの食事は本当に助かった。クレアさんの保存食が無ければ一生踏破出来なかった」
「一生は言い過ぎですよ。こちらこそ、踏破おめでとうございます。衰弱してるって号外で読んで心配してたんです。もうお体は良くなりましたか?」
「ああ、あれはクレアさんの誕生日を過ぎるまで王都へは行かないと断るための嘘だ。治癒魔法があるからすぐに良くなる。体に傷もないだろう?」
ほら、と腕まくりしながらあっさり話すシミリスに、まさかその理由で王都行きを先延ばしにするなんてと驚いた。地下迷宮と呼ばれるダンジョン踏破となれば、歴史に名を残すのは決定されたようなものだ。王様から直接ダンジョンの謎を解き明かすのに貢献したと褒賞金を与えられる程の偉業を成し遂げたのだ。
「そんな嘘ついて不死鳥の他の皆さんはいいんですか?」
ジュリーは以前、褒賞金を元手に自分の店を持ちたいと話していた。延期していいのか不安になる。
「少し休んでいたいから丁度いいと言っていた。構わないだろう。実際、ダンジョンで知った内容の衝撃が大きくてみんな考え込んでいた。考えをまとめるのにしばらく時間がかかる。私も誕生日のときに聞こうかと思ったんだが、どうしてもすぐクレアさんに確認したくて、発売で忙しいのは分かっているが会いに来たんだ」
シミリスは透き通った綺麗な水晶玉を取り出した。
「これは、国から支給された記録する魔道具だ。私達が最下層でボスと戦うときに使用して踏破の証明をするためのものだ。ダンジョンの最下層にいたのは人間の言葉を話すドラゴンだった。今まで踏破されてきたダンジョンの中に、最後のボスが人間の言葉を理解し、話せるなんて聞いたことがない。これに映し出される映像を見て欲しい。確かめて欲しいことがあるんだ」
クレアは水晶玉を覗き込んだ。




