心の準備
お礼のパーティー準備をするため、町へ買い出しへ出る。招待状を買うだけなのに、ヴィンセントはついてくると言う。少し買い物に行くだけでそんなに過保護にされなくてもいいと思うが、1人で行動するのは危ないからと言われると断れない。ヴィンセントにはもうパーティーのことはバレているので諦めて一緒に買いに行くことにした。
宿屋へ迎えに来てくれたヴィンセントと町へ向かう。雑談しながら思ったが、ヴィンセントの笑顔が増えた気がする。以前は笑っても穏やかに微笑むくらいだったが、今は笑顔だとはっきりわかる。きっと以前より仲良くなれたんだろう。
「招待状の便箋は押し花のものと葉っぱの模様もどちらがいいでしょうか」
落ち着いた雰囲気の雑貨屋で、可愛らしい柄より少し落ち着いた便箋にしたくて悩む。
「押し花のほうが綺麗な気がします。でもどちらでも大丈夫ですよ。パーティーに誘われただけで受け取った側は嬉しいでしょう」
「喜んでもらえるといいのですが。招待した皆が来てくれるとは限りませんし」
押し花の便箋を買い物カゴに入れながら話す。
「またそうやって後ろ向きに考える。クレアさんの悪い癖ですよ」
ヴィンセントに言われてハッとする。またやってしまった。
「そうでした。すぐ不安になってヴィンセントさんに励ましてもらってばかりで、すみません」
「俺はいいんです」
むしろもっと甘えて欲しいと思うヴィンセントである。
雑貨屋の便箋コーナーには、便箋だけでなく香りづけ用の紙と香水のセットや、小さなポプリなどが並んでいた。
「招待状に何か添えたほうがいいでしょうか」
「貴族の方がよく香水を使用するので、それが庶民にも広まったんでしょう。つけてもつけてなくても気にしません」
「香水より紅茶のパックが入っていたほうが嬉しくありません?いい香りがするうえに飲めるんですよ」
「クレアさんはそうでしょうね。ほら、あそこの花びらのジャムなんて好きそうですよ」
「そんなのあるんですか!?」
ヴィンセントがあそこにと指をさす先には、朝焼けの空のような綺麗な色のジャムが並んでいた。
「自分用にします」
いそいそカゴに入れる。ついでに横の花びら入りの紅茶も買う。明日の朝食が楽しみである。
「朝食バイキングに綺麗なジャムを置いたら、女性のお客様が増えるでしょうか」
宿泊料が安いため必然的に男性客が多い。クレアとしてはもう少し女性客を増やしたい。
「ダンジョンに潜る女性は結構男勝りな性格の人が多いですから、綺麗なジャムを好むかどうか。それより綺麗な大浴場がある宿屋によくいる印象がありますね」
「お風呂かぁ。親にお風呂の改修も勧めてはいるんですが、あまり乗り気でないんですよね」
宿の共同浴場はだいぶガタがきているが、今の客層的に体を洗うだけで済ませる人が多く浴槽は重視されないのである。クレア達家族はお客様が入ったあとのお風呂に入るので、個人的に綺麗に改修して欲しいが却下されている。
「お風呂好きの女性は多いですよね」
「私もお風呂は好きなんですけど、どうしても営業後になるのでさっさと入って寝ちゃうので、販売が始まって落ち着いたら家族で温泉旅行とか行きたいです」
雑貨屋の買い物を終えて、用事も済んだのでお茶してから帰ろうとハーブティーの種類が豊富なお店に入った。
珈琲とレモングラスのハーブティーを頼むと、お茶菓子にとサービスでドライフルーツがついていた。甘味が凝縮されたベリーと淹れたての少し薄いハーブティーがちょうどよかった。ハーブティーはポットで2、3杯分あるが、飲むタイミングがよくわからない。レモングラスの香りは大好きだが、ハーブティーを嗜むのは少し背伸びし過ぎたようだ。
「ハーブティー、もう少し待てば良かったです」
「ハーブティーの良さは俺にはわからないので、どの濃さが正解なのかわかりませんね。俺は珈琲が好きでよく飲みますが、豆の産地を説明されても違いがわからない男ですから」
ふふんと自信を持って話すヴィンセントの姿が可笑しい。
「そうだ、パーティーのときにヴィンセントさんだけ複数渡すのもどうかと思って、一足先にヴィンセントさんにプレゼントです。本命のプレゼントは当日渡しますね」
そう言いながら2つのプレゼントを渡す。
「ありがとうございます。開けていいですか?」
「はい、ぜひ」
ヴィンセントは1つ1つ丁寧に包装を開き、プレゼントを開けた。
「バギさんから聞いたんです。ヴィンセントさんは氷魔法を使えるけど実は寒がりだって。なので繰り返し使える体を暖める魔道具と、ダンジョンで珈琲を飲むとき用に落としても割れないマグカップです」
繰り返し使えるカイロのような魔道具だ。属性問わず、魔力だけ流せば使えるらしい。魔道具には便利な物が色々ある。マグカップは黒色で太めの持ち手がついたシンプルな見た目だが、落としても割れないうえに冷たいものは冷たさが持続し、熱いものを入れてもマグカップは熱くならず持ちやすい物を選んだ。
「ありがとう、大事にします」
ヴィンセントは自分が寒がりなことを知ってプレゼントを選んでくれたことや、ダンジョンで珈琲を飲みたいという話を覚えてくれていたことが嬉しかった。
「少しの間、遮断のアイテムを使わせてもらいますね」
不思議そうにしているクレアを見て、ヴィンセントは指輪で机を軽く叩き遮断してから続ける。
「今から、大事な話をしようと思って」
「大事な話ですか?」
「はい。俺は今の保存食が販売されたら、また他のダンジョンに行こうと思ってます。ここを離れるので、2月からの護衛は別の人が担当になります」
ついにこの時が来てしまった。もともと色んなダンジョンに潜って魔道具集めが好きなヴィンセントだ。もう新しいアイディアの出ないクレアにいつまでも付き合ってくれるわけではない。
「そう、ですか。そうですよね、ヴィンセントさんもやりたいことがありますよね」
話しながら鼻声に変わっていく。目尻に涙が溜まっていく。
「……すみません、ほんとは笑顔で見送ったほうがいいのはわかってるんですが、ヴィンセントさんがいなければ今の保存食も全部出来てなかったと思います。ずっと支えてもらって、励ましてもらってばっかりで、もうすぐいなくなるなんてっ……」
言葉を詰まらせる。目尻から涙が頬を伝う。自分の手で目を擦ろうとすると、ヴィンセントにハンカチで涙を拭われる。新品のように綺麗なハンカチだった。
「出会ったばかりの頃、泣いてるクレアさんの涙を拭うハンカチが無くて、俺が指で拭ったの覚えてますか?あれから持ち歩くようになったんです。俺のために泣いてくれている涙を拭うとは思いませんでしたが」
ヴィンセントは穏やかな笑顔を浮かべて、懐かしそうに話す。そして、表情が硬くなった。
「俺は貴女のことが好きです」
真っ直ぐ、真剣な目で見つめられる。
「他の人みたいに結婚を前提にとは言いませんが……、俺の恋人になってもらえませんか。保存食のことが落ち着いたら家族で温泉旅行もいいですが、俺とあちこち巡る旅に出るのはどうでしょうか」
頬を染めて告白するヴィンセントの眼差しは真剣で、決意した硬い表情のまま、クレアを見つめる。
泣き顔から一転して顔を真っ赤に火照らせたクレアとは対照的に、窓の外では雪がふわふわと舞っていた。




