ココア
団長と荷物運び係の方が宿屋に保存食を受け取りに来た。踏破を目指してダンジョンへ潜る不死鳥の皆をダンジョンの入口まで見送ったクレアは宿屋へ帰る。
シミリスのプロポーズへの返事はどうしようかと悩んでいた。デートは楽しく過ごせて冗談も言い合えるほど親しくなれた。歳の差も気にならない。クレアのことを愛してくれているのも伝わる。「はい」と答えれば、きっと大切にしてくれる。
私はシミリスさんが好きなんだろうか。
そこで思考が止まってしまう。誕生日までの期間でちゃんと考えようと思いながら、つい宿屋の仕事へ現実逃避してしまう。
「おう、クレア。お茶しに来た」
だいぶ不遜な態度に戻りつつあるセオドアである。うちは喫茶店ではない。
「私忙しいから」
塩対応すれば、勝手に食堂のカウンターに腰かける。セオドアに対してはお客様扱いせず、口調もくだけている。
「本でも読みながら待ってる」
本なんて読むのかとタイトルをこっそり見てみると、シミリスと舞台で見た悲恋ものの原作だった。
「それ、借りるの半年待ちのやつ!」
「知ってるのか?人気らしいから買ってみた」
「少し前まで舞台でやってたの。最後らへんは目が開かないくらい号泣して、貸本屋で原作借りようとしたら予約がいっぱいで諦めた」
この世界の本は高く、貸本屋で借りるのが庶民の楽しみである。
「読み終わったらやるよ」
「ありがとう。もらうのは悪いから、読み終わったら返すね。今なら買取り価格も高いから、いらないなら売れば?」
セオドアはポカンとした顔をする。
「ほんと庶民なんだな。保存食で儲けてるんじゃないのか」
「産まれてからずっと庶民だからね。この感覚は抜けないんだよ。ベットメイクしたらお茶用意するね」
「いつもは俺がお茶くれっていうまで用意しないくせに、現金な奴だ」
各部屋のベッドにシーツを敷いてクッションをセットする。30分程で終わらせて食堂へ戻った。
「読み終わった?」
セオドアは本を閉じてクレアへ渡す。
「先に読んでいいよ。試しに恋愛ものも読んでみようと思ったが、俺の好みじゃない」
「おー、自分の好きなものがわかってきましたか。良い兆候ですね」
以前のセオドアはあまりにも腑抜けていたので、趣味を見つけるといいのではないかと思い好きなものを探すことを勧めたのはクレアだ。
「恋愛よりは冒険物の方が好きだ。読書はいいな。色んな価値観の人間がいて」
「読書いいよね、公園で日向ぼっこしながら読むのも気持ちいいよ」
「今度してみるよ」
クレアは温かいココアを用意してセオドアに渡す。セオドアには普通のココアを、クレアにはココアに焼きマシュマロを浮かべている。
「俺にもマシュマロよこせ」
じとーっとした目でクレアを見る。
「一杯50ゴールドです」
「お前なぁ、ここの朝食30ゴールドでついてくるのにドリンク一杯50ゴールドっておかしいだろ」
「おかしくないよ。朝食は泊まってくれたお客さんへのサービスだもん。冒険者は体が大事なんだから、朝はちゃんと食べないと元気でないもんね」
「未来の旦那へもサービスしてくれ」
「しません」
「未来の旦那は否定しないのか?」
「言われすぎて否定するのもめんどくさい。結婚するなら自分と価値観の合う人のほうがいいよ。庶民の私と金銭感覚合わないじゃん。本は借りるもので、私には買うなんて発想がないもん」
「クレアが俺に合わせれば良いだろ」
周りが自分に合わせて当然だと疑わないセオドアが、ムッとした様子で答える。
「その俺様な性格は、次期社長とか関係なしに生まれつきなんじゃない?」
「俺様な性格?」
「俺様に合わせて当然って感じの性格。いくら次期社長だって言っても、そんなに自信に溢れた俺様のままでいられるのは本人の資質だよ」
「じゃあ俺の性格は、クレアから見てただの俺のものってことか」
嬉しそうに笑う。クレアが「ただのセオドアとしてなら」と言ったのがそんなに影響を与えるとか思っていなかった。少しは元気になっただろうか。
「うん。私なんて保存食のクレアで通じるようになったけど、いまだに自信なくて夢なんじゃないかって不安になる」
「自信無さすぎだろ」
バカにしたように笑うセオドアを見て、言わなきゃよかったと後悔した。
「泊まりに来てくれる冒険者さん達を支援するつもりだったのに、いつの間にか国中に広まって、庶民にとっては大金が毎月支払われて、私のお父さんくらいの年齢の人にペコペコされてさぁ。何店舗も経営してるグリーンランド社は保存食部門作るんでしょ?現実味がないんだよ。セオドアさんの自信を分けて欲しいくらい」
「俺からすれば、それだけ周りを動かす影響力があるのに自信がない方が変だ。新しいことをしようとしても、周りの信頼がなければ助けてもらえない。クレアは保存食をすべて1人で開発したのか?多くの人に協力してもらって作ったはずだ。それはクレアの力になりたくて動いた人間が多くいるってことだろう。関わる人間が増えれば増えるほど、それだけクレアは多くの人間に慕われ、協力したいと思われてるんだ。何故自信が持てない」
思い返してみれば、冒険者ギルドは依頼料がギルド負担にも関わらずAランクのヴィンセントを派遣してくれた。ヴィンセントはダンジョン見学の依頼の出し方を教えてくれて、魔道具ギルドでは私物の魔道具を担保に値切ってくれた。ヴィンセントさんが魔道具ギルドを紹介してくれなければ、パックを開発してくれたバギさんとは出会っていない。
ダンジョンではダンジョン踏破に1番近いとされる不死鳥のメンバーが保存食のお礼を伝えたかったからと依頼を受けてくれた。過酷な食事事情を知って、パック開発の必要性を理解したのも不死鳥の皆がダンジョンへ連れていってくれたからだ。
保存食を作らなければ、あんなにスゴい人達は一生関わることがなかっただろう。
「支えてくれた人がどんな人間かよく考えてみろ。人は自然と同じレベルの人が集まるようになる。今クレアの周りにいる人間はどんな人だ。クズか?普通か?良い奴か?」
「……すごい人ばかり」
「それはつまり、クレア自身もすごい人ってことだろう。自分に自信がなかろうと、スゴい連中に助けてもらえる自分はスゴいんだって胸を張れ。誇りに思え。助けてくれた連中だって、力を貸した相手が自信なくて不安そうにされたら嫌だろ」
「まさかセオドアさんが励ましてくれるなんて思ってなかった。しかも納得しちゃったのが悔しい」
「悔しいとはなんだ」
セオドアはムスっとした表情になる。
「俺と出会えたことを誇りに思ってくれていいんだぞ」
「そうだね。誇りではないけど、自信のつけ方は見習うよ」
「ほんと可愛くねぇ」
眉間にシワを寄せ、悪態ついてココアを飲む。一息ついてから真顔になる。
「今からでも、頼ってくれていいからな」
「うん。ありがと」
その後2人は無言でも、まるで昔から友達だったかのような、気遣うことのない時間を過ごした。




