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約束

 クレアは大量に用意した試作品を渡そうと冒険者ギルド経由で不死鳥のシミリスへ伝言を残した。クレアから会いたいという連絡は始めてだったので、不死鳥のメンバー内では脈アリではないか?とざわついた。


 シミリスは伝言を聞いてからすぐクレアへ会いに行き、もう数回目となるデートの約束をした。約束の日に現れたクレアは、いつもと雰囲気が違う。


「今日は可愛い服装だな」


「ふふふ。わかりますか。今日はシミリスさんからのプレゼントじゃなくて、自分で選んだワンピースなんです」


 秋から冬にかけて、少し肌寒い日だった。

 膝丈の落ち着いた赤色のニットワンピに大判のストールを羽織ったクレアは、ジュリーが選んだ綺麗めの服装とは異なり可愛い服装だった。ワンピースの裾が花びらのように何枚か重なっているのが可愛らしい。


「アクセサリーと靴はプレゼントにいただいたのを合わせてます」


 パールのイヤリングとネックレス、茶色の靴を合わせていた。


「プレゼントした服がもう無くなったなら、買い物にでも行こうか」


「自分で買えますから、大丈夫です!」


 あの時とは違い、パックの権利販売でかなり懐に余裕があった。情報提供料は家に入れようとしたら親から断られたので、貯まっていくばかりである。


「じゃあ今日はどこへ行こうか。お昼は過ぎたし、また舞台を見に行ってもいいが今は何の劇だったかな」


「シミリスさんはいつも何処へお出かけするんですか?」


「私が普段行くところと言ったら、冒険者ギルドと武器や防具の手入れと、買い出しぐらいかな。あとたまに町の外へ走りに行くことがある。依頼の関係でダンジョンに潜れないときの体力作りに」


「町の外なら、釣りをしに行く人がいますよね」


「釣りも好きなのか?」


「やったことないです。でも、楽しそうじゃないですか。焚火で焼いたら美味しいですよ」


「釣りより食べる方がいいんじゃないか」


 ケラケラ笑うシミリス。数回のデートを重ねることで、随分打ち解けたように思う。とりあえず町の大通りの方へ向かい、劇の演目を調べた。


「今は冒険物みたいですね。ダンジョンの秘宝を追い求めるみたいですよ」


「冒険物は現実で充分だ……」


「それもそうですね」


 ダンジョン踏破を目指してドラゴンと戦ってる人に作り物のドラゴンや魔物は冷めるかもしれない。


「今日は大通りでイベントの予定もないし、たまには適当に歩いてみます?」


「そうするか。歩き回って足が痛くなったら言ってくれ」


「もう履き慣れたから靴擦れしないんで大丈夫ですよ」


「なんだ、残念だな。いつでも前みたいに抱えて歩くのに」


「町中でお姫様抱っこなんて絶対嫌です」


 冗談を言えるくらい気楽に会話する。大通りを歩くと男性向けの服屋さんが並んでいた。


「そうだ!シミリスさんの服買いに行きましょう」


「………間に合ってる」


 意外にもシミリスは嫌そうである。


「なんでですか?」


「いや、服は着れればいいから」


「着れればいいなら私が選んでもいいじゃないですか」


「遠慮しよう。クレアさんの服選びならいくらでも付き合うが、私の服なんて選んで何が楽しいんだ」


 納得いかないが本当に嫌なら仕方ない。


「じゃあシミリスさんは何処ならいいんですか?」


「よし、大食いチャレンジ行くか」


「嘘でしょ!?」


 シミリスは大笑いしている。


「冗談だよ。町外れの湖畔に行こうか。釣りは出来ないが、ボートがあった気がする」


「ボート良いですね。靴だけ履き替えますか?」


「湖畔までは乗り合い馬車があるし、湖畔の周辺も道が整備されてるから大丈夫だろう」


 町外れの湖畔に向かうと、周りはカップルだらけだった。有名なデートスポットのようだ。ボートはすべて湖の上をゆらゆらしている。ボートは諦め、風が冷たいので温かい飲み物を購入して散策する。


「いやー、カップルだらけですね」


「ここまでとは思わなかったな」


「お出かけしやすい季節になりましたもんね」


「そうだなぁ。ああ、そういえば今日はクレアさんが何か用事があったんじゃないのか?冒険者ギルドに伝言を残してくれたのは初めてだろう」


「用事ってわけじゃないですよ。次のダンジョンへ潜るときに持っていけるように、前試食してもらった保存食を沢山用意したので、次回潜る前に荷物運びの方を連れて宿に来て欲しくて。それを伝えたかったんです」


「もう販売するのか?」


「販売は来年の1月頃になる予定です。前みたいにパニックが起きないように、色んなお店で一斉販売できるよう調整中なんです。不死鳥の皆さんは特別に販売前に用意したので、他の人には内緒ですよ」


 人差し指を立てて「しーっ」と言う。


「ありがとう、助かるよ。マッピングも出来て、次回が最後になるかもしれないんだ。今まで以上に長期になるんだが、どれくらいある?」


「不死鳥の皆さんと荷物運びの方の6人で2ヶ月分くらいです。瓶詰に代わるパック保存食も出来たので、油漬けメインの瓶詰保存食より種類も増えました。瓶じゃなくなったので持ち運びしやすく軽くなりましたが、数箱分なので手渡しは出来そうになくて」


「………ん?」


 思わず聞き返す。


「一覧表がこちらです。あと同じだと飽きるのでアレンジレシピも」


 渡された一覧表にはパック保存食のパスタソースやリゾット、ビーフシチューなど煮込み料理やフリーズドライのスープ、コーヒー、野菜など。冷凍のパウンドケーキや汗をかいた時用のドリンクというのもある。


「パウンドケーキっていうのは?」


「ジュリーさんが甘いもの好きなので入れました。魔道具屋さんで冷凍ケースがあったので、1切れずつ包装して冷凍してます。食べたくなったら解凍して食べてください」


 クレアが唯一失敗せずに作れるお菓子、パウンドケーキだ。小麦粉、バター、砂糖、卵をすべて同じ量で混ぜて焼けば失敗しない。バターは手に入りにくいので、講習会で知り合ったお店の人からコネで手に入れた。保存期間を延ばすためにお酒の効いたシロップをたっぷり染み込ませている。


「汗をかいた時用のドリンクは?」


「ダンジョンへ連れていってもらったときに皆さん全速力で走って汗だくだったので、水分が体に吸収されやすいドリンクの素をコーヒーと同じパックに入れてます。1本につき水500mlで希釈して下さい。以前溶岩の階もあるって言ってたので、暑さで倒れないように」


 パックの中に砂糖と塩、フリーズドライの柑橘を入れたスポーツドリンクもどきの素だ。


「私達のために、そこまで考えてくれたのか」


「お菓子も汗をかいた時用のドリンクも、ダンジョンに見学へ行ったときに考えたものなんです。少しでも不死鳥の皆さんがダンジョン踏破する手助けになればいいんですが」


「充分過ぎる。ダンジョンでは食べられないときもあるから、これだけあれば2ヶ月分以上ある。ダンジョン踏破まで持つだろう」


「ダンジョン踏破、応援してます」


「ああ、踏破してみせる。クレアさんの誕生日までには必ず戻ろう。少しでいい、会えないだろうか」


 シミリスは真っ直ぐクレアの目を見つめた。


「誕生日にもう一度改めてプロポーズをする。そのとき、返事を聞かせて欲しい」


 シミリスの真剣な様子から、きっと今日が最後のデートなんだと感じた。


「……はい」


 シミリスはそっとクレアを抱き締める。壊れるものに触れるように優しく。


「ギルドでのプロポーズのとき、パーティーに入ってくれと言っていたが、あれは無かったことにして欲しい。仲間達を危険にさらして、自分勝手なのはわかってる。だが、大切な人をダンジョンなんて危険な場所に連れていけない。目の前で死なれたら私は再起不能になるだろう」


 シミリスは自己嫌悪で苦しんでいた。自分からパーティーへ誘ったにも関わらず、死の危険があるダンジョンにクレアを連れていきたくない。何度も仲間を見殺しにした自責の念と、仲間は何度も死なせたくせにクレアの死ぬ姿だけは見たくないと願うエゴが苦しめる。


「それぐらい、私にとって愛しい人なんだ」


 抱き締める腕の力が強くなり、シミリスの呟くような声が聞こえた。湖畔に沈んでいく夕陽が2人を照らしていた。

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