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腑抜け

 セオドアに直接送るなと伝えた日の翌日、プレゼントは送られてこず一安心していた。しかし翌々日、クレアの家の宿屋に腑抜けた顔のセオドアがやって来た。服装も白いシャツにベージュパンツとずいぶんシンプルである。


「客として来た」


 すごく追い返したい。しかし客として来たと言う人間を追い返すわけにもいかなかった。


「……チェックインは午後5時からです」


「食堂で待たせてもらってもいいか?」


「ええ、構いません。お部屋の準備が出来次第ご案内します。1泊2食付き400ゴールド、朝食付き330ゴールド、素泊まり300ゴールドですがいかがなさいますか?」


「安……。1泊2食付きで。食事は食堂でとりたい」


「食堂でのお食事をご希望でしたら、宿泊は朝食付きにして夕飯は食堂メニューからご自分で選ばれるのがよろしいかと存じます。定食からピクルスや野菜スープなどの単品メニューもありますから、体調がすぐれないようですので夕飯の量の調整もしやすいかと」


「よくわかったな」


「それだけ腑抜けた顔してたら誰だってわかります」


「腑抜けた顔か……。今日あの番犬は?」


 セオドアはお店の中を見渡してヴィンセントを捜す。


「今日はいません。彼も忙しいので」


「ふーん。恋人じゃないよな?」


「違います」


「恋人はいる?」


「いません」


「好きな人は?」


「答える義理がありません」


「不死鳥の団長は?」


 どこまで知ってるんだろう。勝手に調べられるのは気味が悪い。


「お部屋の準備をして参りますので、どうぞ食堂でお待ちください」


「まだ行くな、俺が悪かった。結婚相手としてクレアのことを勝手に調べたのは確かだが、俺が知ってるのは悪い噂がないことや家族構成、団長に好意を寄せられてるってことぐらいだ。俺との縁談を愛し合える人と結婚したいってすぐ断ったから、もう両想いなのかと思って聞いた。調べられていい気はしないよな、すまない」


 すぐに謝る姿からはあの自信に満ち溢れた蛇のような男の姿は見る影もない。あの傲慢で不遜な態度の男がこんなに変わるなんて、中身が誰かと入れ替わったんじゃないだろうか。


「……もういいです。本当に具合が悪そうだから、部屋で休んでください。すぐ用意します」


 掃除の最終チェックと備品やアメニティを補充して、食堂へ戻った。


「お部屋までご案内します」


 体調の急変などに対応しやすいよう、食堂近くの部屋へ案内することにした。


「わかった」


「お夕飯はいつでも部屋に変更出来るようにしておきますから、体調が悪化したらすぐ教えてください」


「態度は強気なのに根は優しいんだな」


「強気なのはセオドアさんみたいに失礼な人だけです」


「俺が失礼か。そんなに失礼な人間か?」


「ええ。失礼で、傲慢で、自信に満ち溢れてる人ですね」


「クレアからはそう見えるのか」


 客室の扉を開けて、部屋の説明をする。ベッドとサイドテーブル、小さなロッカー、トイレしかない簡素な部屋だ。お風呂は共用なので11時までに済ませるよう伝える。


 セオドアはベッドに腰掛け、話しかけてくる。


「一昨日のクレアは保存食のクレアで、今の素朴なクレアは宿屋のクレアなんだろうな。一昨日会社のためではなく、ただの俺としてなら見るとクレアに言われてからずっと考えてるんだが、ずっと会社の後継者として育てられて、グリーンランド社のため以外に物事を考えられないんだ。俺の中には次期社長の俺しかいない。俺自身がどうしたいかなんて考えもない。ただの俺は空っぽな人間だった」


 会社を定年退職して仕事が無くなり鬱になる男性の典型のようだ。腑抜け状態が続くと精神状態も悪化するのではないか。鬱手前の人の話を遮ることも出来ず、黙って聞いた。


「今の俺には中身が無いんだ。それこそ文字通りの腑抜けだろう。次期社長として会社を成長させたい。次期社長だから、妻は事業に関してプラスになる女が良い。次期社長が舐められることがあってはならない。常に自信があり、部下が安心してついていける存在でならなくてはならない。いつも次期社長の俺として考えていた」


「次期社長になりたかったんですか?」


「………わからない。これは産まれたときからの決定だったから」


「私は宿屋のクレアとして産まれました。ある日お腹を下してダンジョンを引き返した冒険者のお客様に会い、長期保存出来る食品を販売すれば宿屋の名物になるかなぁと軽い気持ちで、父に100ゴールドもらい瓶詰保存食を作りました。今では保存食のクレアと名乗れるほど広まりました。セオドアさんは次期社長として始めたことの中に、何か新しい自分の一面はありませんか?」


「どうだろう……。次期社長として保存食のクレアと結婚したいと思ったが、今はただのセオドアについて考える理由になったクレア自身と話したくてここに来たくらいだな。クレアは俺を失礼で傲慢で自信家だと言ったが、今の俺は腑抜けなんだろう。なぁ、俺がどんな人間か、クレアが見て教えてくれないか」


「自分探しの旅にでも出たらいかがですか?」


「その旅についてきてくれ」


「仕事があるので無理です。私のことを調べたなら知ってるでしょう」


「団長とデートする余裕はあるじゃないか」


「シミリスさんは、私と本気で結婚したいと言ってくれたから」


「俺も本気でクレアと結婚したいと思って言った。何が違うんだ」


「シミリスさんは、私のことが好きなんだと伝わるからちゃんと向き合いたいの。セオドアさんは社長の妻という駒としか見てないから向き合うつもりもありません。今のセオドアさんは、私と結婚したいなんて思ってないでしょう」


「………今の俺は、クレアに俺と一緒にいて欲しい。そばにいて俺を見て欲しい。これはクレアのことが好きだということにならないか?」


 返答に一瞬詰まる。


「……私じゃなくても、他にもっと良い縁談がありますよ」


「他の女は俺のことを次期社長としか見てない。ただのセオドアとしてなら見ると言ったのはクレアだけだ。俺はクレアが良い」


 セオドアは立ち上がりクレアの腕を掴む。クレアは腕を引っ張られ、よろける。ワンテンポ遅れてセオドアに抱き締められたと気付く。


「どうすればクレアが好きだと伝わる?なにをすれば会ってくれる?」


 息苦しくなる程キツく抱き締められる。セオドアの胸の鼓動は速く、緊張が伝わってくる。


 ずっと次期社長として育てられ、愛される実感も少なかったのか、人を愛することも愛しかたもわからないまま大人になったセオドアが苦しんでいることが伝わってきた。


「……おふぃごとの合間に、たまにお茶ふるくらいなら」


 口もとが苦しくてモゴモゴ変な話し方になる。


「ありがとう」


 セオドアが震えた声でお礼を言い、やっと腕を弛めて息苦しさから解放される。セオドアの今にも泣きだしそうな笑顔は、見ているだけで胸が締め付けられる表情だった。

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