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縁談

 クレアは落ち込むこともあったが、目の前の仕事に取り組んだ。講習会では自信を持って説明出来るようにシミリスがプレゼントしてくれた服を着て化粧をし、ヒールを履き、着飾るようになった。化粧が上手くなってきた気がする。


 系列店を持つ大きな店舗向けに、保存食の製造のみならず衛生環境の徹底や異物混入予防についても説明した。


 講習会の帰りには各企業との挨拶もある。保存食のクレアと繋がりを持ち、新たな保存食開発のときにも教えてもらおうと自分の親くらいの年齢の人から丁寧に何度もお辞儀をされることには未だに慣れない。


 そして、参加した店舗の中で最も規模の大きく、国中に宿や飲食店を展開しているグリーンランド社の挨拶で終わりだと担当者を見た。若い男性と、40代前後に見える男性の二人組だ。若い男性が笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「グリーンランド社のセオドアです。こちらはジョージ。保存食のクレアさんが、こんなに美しい女性とは思いませんでした」


 明るい翠の髪に綺麗な白い肌、金色に輝く細い目は蛇のようだ。お世辞は言われ過ぎてお腹いっぱいだったので適当に相槌をうつ。


「クレアさんには是非とも良い関係を築きたいと思っております。そのためにわが社からご提案が2つあります。まず1つ目、縁談の場をもうけていただけないでしょうか。次期社長となる私の妻となってもらいたいのです」


 なんて?


「…………へ?」


 さぞかし間抜け面だろう。そばにいるヴィンセントも目を見開いてセオドアの顔を見る。


「2つ目は、わが社では宿や飲食店を中心に多くの店舗を構えています。クレアさんからは瓶詰に続きフリーズドライ、パック保存食と新しい食品の形を学ばせて頂きました。わが社に保存食部門を立ち上げたいと思っています。そこで、クレアさんにはわが社の保存食部門の責任者を勤めていただきたいのです」


 これはわかる。ヘッドハンティングということだ。責任者に興味がないので断ろう。


「クレアさんがご自身の店舗を持たない方なのは存じております。いきなり責任者は難しいかもしれませんが、いかがでしょう?縁談と責任者の件をご検討いただけますでしょうか」


 縁談がわからない。どうしてこうなったのだろう。妻としてずっと働けということだろうか。断固拒否する。


「あの、よくわかりませんがどちらもお断りします」


「何故でしょう?」


「私は両親の経営する宿の仕事をしながら保存食を考えることが好きです。それに、私が好きで縁談を申込んでくれているのではなくて私の保存食の知識が欲しいだけですよね。情報提供料は頂きますが、かなり安く設定してます。今後も開発したら他の宿や飲食店さんにも公開しますので、わざわざ愛してもいない私を妻にする理由にはならないと思います」


「結婚に愛が必要ですか?」


 浮かべていた笑みが消え、真顔で聞き返されると怖い。


「愛もないのに生涯共に過ごすパートナーにはなれません」


「そうですか、わかりました。お互い愛し合えるようになれば、この話を受けてくれるのですね?」


「セオドアさんと愛し合うことはないと思います」


「その言葉を撤回させてみせる。俺が諦めるより、俺に惚れるほうが早いさ」


 セオドアの態度が豹変した。口調はくだけ、声が少し低くなる。自信に溢れた笑みを浮かべる。その表情はまるで獲物を狙う蛇のようだった。


「さっそくこのまま食事でも行こうか。愛し合うために親交を深めようじゃないか」


「結構です」


 我ながら冷ややかな声で断った。

 セオドアは意外にも嬉しそうに笑う。



「ガードが厳しいな。ではデートに応じてもらえるまで毎日贈り物を届けるとしよう」


「いらないです。送り返しますから、着払いで」


 受けとり拒否ではなく、あえて着払いで送り返すことで料金を発生させる地味な嫌がらせである。


「やってみろ。倍にして贈ってやる」


 プレゼントを贈る話ではないのかと疑いたくなるほどお互い喧嘩腰で言い合う。


 ヴィンセントがセオドアに帰るよう促し、セオドアはヴィンセントを睨み付ける。なんとか帰らせたものの、いつもの講習会とは別の疲れがどっと押し寄せる。


 翌日から本当にプレゼントが自宅の宿屋に届けられるようになった。クレアはラッピングされたプレゼントを開けもせず、届けてくれた配達員に着払いで送り返す手続きをした。


 次の日、プレゼントが2個になった。

 さらに次の日、プレゼントが4個になった。しかもサイズが大きいものになった。


 このプレゼントのやり取りが何日も続くと、配達担当者がいつの間にかマッチョに代わり、マッチョが走って配達していたのがリアカーを引きながら配達するようになり、段々可哀相になってくる。


「いつもすみません。もう受け取り拒否するので、今後この人からの荷物は届けないで下さい」


「すみません……。発送されたお客様から受け取り拒否されても必ず1度は届けるよう伝えられてまして、届けないわけにはいかないんです」


 マッチョはセオドアに買収されていた。


「あああああもう!!直接文句言ってやる!!」


 セオドアの思うツボにハマるクレアであった。

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