表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/36

食事の事情

 梅雨がなくカラッとした気持ちのいい暑さの初夏、気落ちした冒険者が宿屋に帰ってきた。


「せっかくこれからゴールドゴーレムに挑んでお宝ゲットってときにお腹下しちゃって……」


 気落ちした冒険者が宿屋に帰ってきた。

 ゴーレムはたいてい何か守っており、レアアイテムが手に入ることもあるので中堅冒険者に人気の魔物である。レンガ、鉄、ゴールド、プラチナ、オリハルコンと色違いも存在し、落とすアイテムのレア度も上がっていく。ダンジョンマスターとして虹色に輝くゴーレムの逸話も残っている。


 死ぬリスクを考えれば賢い選択だと思うが、お宝は高く売れるため腹痛で断念なんて悔しいだろう。死んで生き返れば瀕死の状態からスタートだ。ゲームのような世界のくせに都合よく全回復は出来ない。腹痛も治癒魔法で直せるが、治癒魔法を使える人がパーティーにいなければ自然回復を待つしかない。


「どんな食事をしてたんですか?」


 腹痛のため宿屋に留守番している冒険者にお腹に優しいパン粥とポタージュのセットを運んで声をかけた。


「普段通りだよ。あんまお金ないから硬いパンと干し肉、ドライフルーツを少しずつ食べてるんだ」


「干し肉はちぎって食べました?」


「いや、硬いから肉入りのパン粥を時間あるときに作っといて、様子見て食べた」


 おそらくスプーンなどで直接食べて、食べかけをそのまま常温で置いといたのだろう。肉入りのパン粥に菌が入り、繁殖して食中毒になったというところだ。倍、さらに倍と増えていく菌の増殖スピードを舐めてはいけない。


「直接食べた食べ物を、今の時期にしばらく常温でほっといたの食べたらお腹壊しますよ」


「うっそだー。みんな同じようにしてたけど、お腹壊したの俺だけだよ?」


「体調による差や、体の強さには個人差がありますからね。睡眠不足とか他の要因もあるかもしれません」


「あっ!そういや俺だけ見張り番して、もうすぐゴーレムだって興奮して寝付けなくてそのまま徹夜した!!」


「気を付けてくださいね」


「次からそうするよ。けどさ、冒険者用のご飯なんて保存食ばっかで硬いの多くて食べにくくってさ。保存優先で美味しくもないし、ダンジョン内でもここのご飯みたいに美味しいご飯が食べられたらいいのにな」


「そっか、確かにそうですよね」


 この世界では文明は発達していないため缶詰はない。防災食としてよく売られているアルファ化米のような水を入れるだけで食べられる食事もない。保存食となると水分を減らした干したもの、硬いものになる。


 確か、元の世界ではナポレオンが缶詰のもととなる瓶詰食品に関わったはずだ。戦争中に長期の遠征が多く、軍の食糧事情はひどいものだった。それを解決するために案を公募し、調理済み食品を瓶に詰めて加熱殺菌することで長期保存を可能にして軍の食事を劇的に改善したという歴史が残っている。


 この世界に金属を使用して缶詰に加工できるほどの文明がなくても、瓶は存在する。ダンジョンに潜る冒険者の人に瓶詰保存食を売れば儲かるのでは?宿屋のお土産品として看板メニューになるかもしれない。


 やわらかい保存食は硬いパン、干し肉、酢漬けや塩漬けばかりの食事に衝撃が走るはずだ。そう確信して厨房で魔法を使って片手で炎を操りながら鍋をふるう父に大声で話しかける。


「おとーさーん!お金ちょーだーい!!」


「ああ?何に使うんだ?」


「瓶買うのー!宿屋の名産品作ろうと思ってー!!」


「はいはい。100ゴールドな!」


「ありがとー!!」


 さっそく受付の金庫から100ゴールド取り出す。日本円だと1000円の価値だ。


 雑貨屋のおじさんに水も空気も通さないフタつきの耐熱瓶が欲しいと伝えた。やわらかいスライムで加工されたフタのついた薬草保存用の瓶が良さそうだったので30ゴールドの空き瓶を3つ購入し、空いた時間に厨房を借りる。


 作るのは魔物肉コンフィの瓶詰である。腐る要因である水と空気を取り除く真空にして菌の増殖を防ぐには油が手っ取り早い。缶詰の定番、シーチキンもオイルサーディンも油漬けだ。水煮のシーチキンも売られているが、素人の手作り瓶詰に水は怖い。


 死んだらアイテムとして持ち出せる便利で安価なイノシシのような魔物の肉を一口大に切る。臭み抜きのハーブ、ニンニク、塩を加えた油で柔らかく仕上がるよう低めの温度からじっくり加熱する。


 煮沸消毒済みの瓶に熱いままギリギリまで詰めて、栓をする。オイルが少し溢れてしまったのはふき取った。そして温度のコントロールはお手のものである火の魔法使いのお父さんに頼んで加熱殺菌を行う。


 中心温度75度で1分加熱が集団調理の基本だが、長期保存を目的としている瓶詰め食品は安全のために100度以上で加熱殺菌が必要となる。レトルト食品は加圧加熱殺菌を120度で4分、またはそれと同等の効果があるものだったはずだ。


 100度で6分、110度で5分、120度で4分と加熱温度と時間を分け、わかるようにラベルを貼って、あとは何分で保存したものが何か月持つのか確認するだけだ。未開のダンジョンは1週間以内に帰ってくる冒険者が多い。長くても1か月程なので、店頭販売期間も考え2、3か月持てば良い。


 そして3か月後、瓶詰は全て腐敗することなく日持ちした。レトルト食品の加圧加熱殺菌の条件である120度で4分は、魔法による加熱で温度はクリアしても容器が耐えるか心配だったが、加熱後、3ヶ月後も無事に持ってくれたので安全性を考え120度で4分間を採用した。


 ハーブを入れたまま瓶詰めすると色が悪くえぐ味があったため、取り除いて製造することとした。試作品を父と母に味見してもらう。


「これが前言ってた名産品か。見たところ肉の油漬けだな」


 母は一口食べると食感に驚いた。


「あら、柔らかいのね。とろっとして角煮みたい。スプーンで食べられるお肉だわ」


「柔らかいでしょ。この状態で3ヶ月後は持つから、冒険者さん向けに柔らかいお肉の瓶詰保存食として売れないかな」


「3ヶ月も持つのか。値段にもよるが、売れるだろうな。冒険者の保存食なんてひどいものが多い」


「瓶がかさばって邪魔になるんじゃない?」


「そこだよね。軽量化は今後の課題とします」


 ブリキやアルミを加工する技術のないこの世界で、缶詰を再現出来ればもっと持ち運びしやすくなるのはクレアもわかっていたが方法が見つからないのだ。


「柔らかい保存食ってだけでも売ってみる価値はある。やってみよう」


 宿の経営者である父の許可も取り、まもの肉のコンフィは柔らかく食べやすい保存食として冒険者の間に一大ブームを巻き起こす。

栄養士って食品の加工についても学ぶのです。

工場製品の細菌数の検査とか、そういう求人もあるのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ