幕間 シミリス
ダンジョン踏破を目指してもう10年近くなる。
未踏破ダンジョンを踏破してみせると夢を掲げて、様々なダンジョンを回った。
天空のダンジョン、洞窟のダンジョン、海のダンジョン、廃墟のダンジョンと有名な踏破済みのダンジョンを巡り、この地下迷宮ダンジョンと呼ばれる未踏破ダンジョンを攻略するために拠点を移した。
ダンジョン踏破を馬鹿にする奴とは殴り合いも辞さなかった。人の夢を馬鹿にするのは、羨望からなのだと理解するには時間がかかった。
パーティーメンバーを何度も入れ替え、踏破に一番近いパーティーだと呼ばれるようになった時には、シミリス自身ダンジョンに潜る冒険者の中でもう若いと言えない年齢となった。
引退が近づく今の年齢になってわかった。限界を知り夢を見れなくなった人間は、夢を見る人間が眩しくて羨ましくて、もう夢を見れなくなった自分が悔しくて劣等感で馬鹿にしてしまうのだ。
夢を見たって無駄なのだと、自分を納得させるために。
未踏破ダンジョンの終盤、ドラゴンが現れ終わりが見えてきた。
あと少し、あと少しのところで引き返す悔しさが、ここが限界なのだと認めたくない事実を突きつける。
1度でも経験すればトラウマを抱え挫折する人もいる死に戻りを何度経験しようと踏破を諦めなかった。ついてきてくれるメンバーを守るためにタンクの役割も負った。
それでも、何度も皆を見殺しにしてしまった。気なんてとっくに触れている。自分達のパーティーを狂った不死鳥だと揶揄する声も聞いた。いっそ自分は不死鳥だと名乗り、奮い立たせた。
いつしか鬼と呼ばれた。
いつまでも夢を見ている私は、仲間を何度見殺しにしても諦めない私は人間ではない。鬼なのだ。
ある日、新しい保存食の噂を聞いた。ダンジョン内でも柔らかい肉が食べられるとギルド員に大人気となった商品だ。
試しに譲ってもらった瓶詰保存食を食べて驚いた。ダンジョンでは食事なんて体を動かす最低限のもので充分だった。しかし、柔らかい肉が食べられると知ってしまうと、今まで食べていた硬いボソボソしたパンと干し肉が受け付けにくくなった。メンバーとも相談し、ギルドへ供給量を増やしてもらえるよう要求した。
しばらくして、開発者が瓶詰保存食の値段が上がらないよう破格の情報提供料で量産に応じてくれたと知った。そして、その開発者が新しい保存食を考えるためダンジョンに行きたいと依頼を出したことを知った。
直接お礼が言いたくて依頼を受けた。顔合わせに来たのは若く質素な服装の女性だった。ジュリーのように幼く見えるタイプだろうか。
ダンジョンで試作品の試食をして、ダンジョンの中の荒んだ環境だからこそ食事の大切さを痛感した。ダンジョンに入ると踏破しか見えなくなり感情を失っていたが、美味しいと思える感情があったのだと思い出させてくれた。こんな食事をいつも食べられたら、ここまで荒まなかった気がする。彼女に自分と一緒にいて欲しいと思った。単にこの食事をずっと用意して欲しいのだと思った。
多くの冒険者が潜る7階まで案内し、ギルドへ戻った報告をする。そして、クレアにパーティーに入って欲しいと伝えた。毎食作って欲しいと正直に言う。
公開プロポーズだと囃す声が聞こえた。そうか、私は彼女にプロポーズをしているのかと言われて理解した。
ダンジョンで彼女に一緒にいて欲しいと思った理由をやっと理解した。私は彼女に惚れ込んだのだ。好きだのなんだのはよくわからないが、ただ彼女と一緒にいたい。これが愛だと言うならそうなのだろう。
リリィとジュリーからあの場でプロポーズなんて何考えてるんだと言われ、アドルは叩かれていた。本気だと伝えれば順序を踏めと怒られる。2人はせめてデートを重ねてからだのなんだの恋愛談義をしている。2人が楽しそうな姿を見るのはいつぶりだろうか。
「そうか、デートか。食事にでも誘ってみるよ」
「クレアさんをどこに連れていく気?」
「町のほら、貴族達が行くような店ならハズレはないだろ」
「ダメだこりゃ。女心がわかってない。そんなとこにいきなり連れていかれて、庶民の女の子が楽しめると思う?それに女はデートする日に朝からお洒落する必要があるんだよ」
「クレアさんは食品開発してるから高級店でも喜ぶと思うわよ。ただ、ドレスコードが気になるわね。団長はサプライズで失敗するタイプだわ」
「確かにそうかも。お店は良くても、貴族の中で庶民1人なんて考えただけでゾワゾワする。これは、まずデート服を準備するところからだね。団長プレゼントしなよ。あたしが選ぶから」
「賛成!お茶のお約束はしたから、お買い物しましょ」
楽しそうにはしゃぐ2人を見て、いつも殺伐としていたパーティーメンバー内の雰囲気に温かいものが流れるのを感じた。
シミリス(CV:日野聡さん)
5月28日土曜日に完結予定なので、一気読みしたい読者様は28日の夜までお待ち下さい。
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