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初デート

 あのショッピングから3日後、不死鳥の団長がパステルカラーの花束を抱えて宿に来た。デートの誘いである。瓶詰保存食の製造日だったのでランチデートは翌日にしてもらい、翌朝からクレアは美容部員さんに教えてもらった通りに慣れない化粧をし、胸元に刺繍の入ったブラウスに花柄のスカート、オフホワイトのヒール、雫の揺れるイヤリングと華奢なネックレスをつける。最近は春らしい陽気になってきたので、上着は無くてもいいだろう。


「姉ちゃん、男が出来たのか………」


 呆然とクレアを見つめる弟のココ。


「そんなんじゃないよ。お世話になってる人と出掛けるの」


 宿屋まで迎えに来てくれたシミリスと一緒に出掛けていくクレアを見て、ココは両親に「姉ちゃんがお洒落して男とデートに行った!!」と報告しに行くのであった。


「迎えに来てもらって、すみません」


 クレアはシミリスに声をかける。シミリスは紺色のシャツに黒のパンツ姿で落ち着いた服装だ。


「今日の服装は、こないだジュリーさんに選んでもらったんです。シミリスさんからのプレゼントだと聞きました。たくさんありがとうございます。その、似合うでしょうか」


 クレアには少し背伸びした服装だ。化粧もして綺麗に見えるよう努力したが、自信はない。


「驚くほど綺麗だ。リリィ達から女性は準備があるから急に誘うなと注意されたが、私と出掛けるだけでこんなに綺麗にしてくれるのか。服をプレゼントして、一緒に過ごしてもらえるならいくらでも贈ろう」


「もう充分いただいてます!まだ何着もありますから!」


 シミリスは本当にプレゼントしてくれそうで、慌てて止める。


「そうか。それなら何度かデートをして、他の服を着た綺麗な姿を見せてもらう機会を私にくれるだろうか」


「…………はい」


 そんな聞き方をされると断れない。シミリスは返事を聞いて満足そうに笑う。


「それじゃあ、行こうか。何か食べたい物はある?」


 町の中心へ向かいながら話す。


「今は甘い保存食が出来ないか考え中なので、甘いものでしょうか。デザートが美味しいお店がいいです」


「わかった。参考になるかわからないが、甘いもののお店は調べてあるから案内できる」


「……調べてくれたんですか?私が何を食べたいって言うかわからないのに」


 シミリスはしまった!と言わんばかりの表情をする。


「あっ……!いや、その、女性が好きなお店がわからなくて。……こういうのに慣れてないんだ。今までダンジョンばかりの生活をしてたから」


 照れて恥ずかしそうに話すシミリス。つられてクレアも恥ずかしくなる。


「正直に言うと、結婚したいと思った女性はクレアさんが初めてなんだ。女性と2人で出掛けるのもパーティーの買い出し以外では初めてで、今日は拙いエスコートになると思う。だいぶ歳上なのに不甲斐ない」


 ダンジョン狂シミリス、まさかの人生初デートである。


「そんな、気にすることじゃないですよ。調べてくれて嬉しいです!」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 シミリスが案内してくれたお店は、やはりお高そうなお店である。リリィとジュリーが服装を気にしてくれて助かった。普段着で来たら場違いすぎて入店出来なかっただろう。ホテルのラウンジを彷彿とさせるゆったりとしたソファ席へ案内される。


「アフタヌーンティーがある……」


 サンドイッチやスコーン、ケーキを3段に分けて乗せたセットである。1人用が2段、2人で分けるなら3段と注釈があるあたり、分けて食べる人も多いのだろう。ドリンクメニューにはシャンパンもあった。メニューにはなぜか値段が書かれていないのも恐ろしい。


「このセットのこと?ケーキや焼き菓子が何種類もあるからそれにしようか。どれか参考になるものがあるかもしれない。ドリンクはどれにする?」


「えっと、温かい紅茶にします。銘柄はオススメのものを」


 シミリスがオーダーし、店員が恭しくメニューを下げる。


「シミリスさんは、甘い物はお好きですか?」


「いや、まったく。もらったら食べるくらいで、自分から選ぶことはない」


「そんな……。今頼んだの甘いものだらけですよ。スコーンにも干した白ブドウ入りって書いてましたよ」


「クレアさんが喜んでくれればそれでいいよ。足りなければ追加で頼むから」


「次はシミリスさんの好きなお店にしましょう」


「次のデートではそうするよ。けど、お酒の美味しいお店ならいくらでも知ってるけどクレアさんと行くような店じゃないからな。クレアさんの行きたいお店のほうがいいと思うが」


「お酒好きなんですね」


「ああ。それに、ダンジョンでは水を現地調達することがよくあるんだが、虫の階のように煮沸しても毒が怖くて飲めないとこもある。そんなときに麦酒を水の代わりに飲むこともあるんだ。水ばかりだと飽きるしな」


「じゃあアルコールが効いたお菓子でも冒険者の方は食べられる人が多いですか?」


「多いと思うよ。たまにアルコールを受け付けない体質の人もいるけど、大体はお酒好き」


 それならアルコールをたっぷり効かせたお菓子で保存期間を延ばせる。


「そうなんですね!ならお菓子の保存食も実現出来るかもしれません。あ、氷の階って荷物も凍りませんか?外の気温の影響ってどうなんでしょう」


「いや、空間魔法でしまっているものは常温で保たれる。取り出したら凍っていくから、氷の階で睡眠や食事は諦めてる。城まで行けばゆっくり出来るから、それまでは耐えるしかない」


「過酷ですね……。終盤のお城の階まで大体何日ぐらいかかりますか?」


「途中負傷するかどうかによるが、早ければ2週間。1ヶ月以内に行けなければ引き返すようにしている。まだ城のマッピングが出来ていないから、来週からまた潜ってマッピング作業の予定だ」


 ダンジョンの話で盛り上がっていると、ティーセットが運ばれてきた。1段目にはベリーのムース、ガトーショコラ、フレジェ、ピスタチオのタルト、レアチーズケーキが食べやすいサイズで並んでいる。2段目にはスコーンが、プレーンと干し葡萄入りのもの。3段目にはサンドイッチと、バケットに野菜とサラミのスライスをのせたもの。スコーン用のホイップとジャムが別皿で置かれる。


「綺麗!凄いですよ!こんなにたくさん!」


 クレアは紙ナプキンで唇のグロスを落とした。


「唇の綺麗なのにとるの?」


「はい。食べ物についたら味や食感の邪魔になるので。今はこれを大事に味わって、あとで直します」


 女性は大変だなと思いながらシミリスは相槌を打つ。


「ほらほら食べましょう」


 アフタヌーンティーは一番下から食べるのがマナーだが、甘いのが得意ではないシミリスにサンドイッチを全て渡すことにして、クレアのお皿にはスコーンを取る。


 バターの香りがするスコーン。ダンジョンのそばなら魔物の肉がよく売られるが、どこにでも肉が手に入るダンジョンがあるわけではない。この世界でも畜産や酪農はあるのだ。生産数が少ないためバターを使った料理やお菓子を提供するお店は高級店かごく一部の飲食店である。


「幸せな味がしますね」


 スコーンに今世初のホイップをたっぷりのせて頬張るクレアの姿を見てシミリスは笑う。


「調べておいて良かったよ」


「こんなお店が町にあるなんて知りませんでした。調べてくれてありがとうございます」


「こうして甘い物を食べているときは年相応に見える。私が年齢のことを勘違いしていたのが悪いんだが、パーティーに入って欲しいのも、結婚して欲しい想いも変わらない。それに、クレアさんは不思議と11も歳が離れているように思えないんだ。いきなり結婚の話をして戸惑ったと思うが、今は私のことをよく知らないから返事がし難いと思う。私のことを知ってから判断して欲しい」


 歳が離れているように感じないのは前世の27歳の記憶があるからだろう。婚活していた友達から結婚を前提に3ヶ月付き合ってそのまま結婚したという話を聞いたので、いきなり結婚して欲しいと言われても結婚適齢期の早いこの世界の年齢的には適齢期を過ぎかけている人の告白はそういうものなのかなと思うので戸惑ってはいない。真剣に向き合わなければと思っている。


「そういえば、誕生日はいつ?」


「1月17日です」


「覚えとく。それまで会える限りはこうして一緒に過ごして欲しい」


「はい。結婚を前提にという話なので、私もちゃんと考えたいと思います」


「ありがとう」


 嬉しそうに笑うシミリスの表情は、ダンジョンでは怖かったのに笑うと少し可愛さがあり、キュンとしたのは内緒だ。


 アフタヌーンティーを分けあって、ダンジョンの話を聞く。食べ終わる頃には怖かった印象は気にならなくなり、すっかり緊張もほぐれた。話題は次回のデートについてに変わる。


「今度は観劇でも見に行こうか」


「いいですね。舞台は悲恋ものが多いから、泣いたとき用のハンカチ用意しておきます」


「悲恋ものか、縁起が悪い気がする」


「あはは、それとこれは別ですよ」


 そろそろお店を出ようと席を立ち、いつの間にか会計は終えられていたのでご馳走になる。家の宿屋へ向かう途中、慣れないヒールで靴擦れが出来てしまい痛みで変な歩き方になってしまった。


「足、どうかしたのか?」


 シミリスはすぐ気づく。


「ただの靴擦れです。普段ヒールを履かないので」


「そうか。今日はカゴがないから、このまま失礼する」


 そういってお姫様抱っこする。


「わわっ…!歩けますから!降ろして下さい!」


「家の近くになったら降ろすよ」


「恥ずかしいです!」


「私の方を向いておけば周りから顔も見れないから大丈夫」


「いっぱい食べたから重いですよ!」


「クレアさんなら背負って走れる」


 そうだった。背負って走ってもらったんだった。


「せめておんぶに……」


「スカートで足を開く体勢は止めておきなさい」


「……はい」


 諦めてシミリスにくっつく。抱きつくのは恥ずかしすぎるので控えめに。ちょうど左胸に頭を寄せるかたちとなった。シミリスの鼓動が早くなっているのに気付く。本当に私のことを好きになってくれたのだと気付いて顔が熱くなる。頬を染めてしまったことに、どうか気付かれませんように。


 その後、ダンジョンのそばまでクレアをお姫様抱っこで運ぶシミリスの姿がギルド員に目撃され、プロポーズしたばかりのシミリスが美女とデートしていたと噂が流れたのは言うまでもない。

(シミリスの)初デート回。

クレアはヴィンセントと2人で何度か出掛けているので、初デートと言えるかは謎。


ケーキが日本と同じなのはすでにどこかの転生令嬢が無双したんですよきっと。

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