乙女の秘め事
フリーズドライ及び開発中のパックを使用した長期保存食の情報提供料は一律1%にしようと決めたが、契約自体は開発を終えてからという話になった。お店への加工方法の講習会も開発出来てからということで、開発期間の約2ヶ月はやることがない。
ヴィンセントも講習会のときまではお休みということで、久々にダンジョンに潜ってくるそうだ。
クレアは宿屋の仕事をしながらスポーツドリンクの配合割合はどうだったかな、など悩ましい日々を送っていた。
すると、どこから休みを聞き付けたのかチェックアウトも終わって人気のない安い宿屋の受付に、違和感しかないSランクパーティーのジュリーとリリィの姿があった。
「クレアさーん、しばらく手が空いてるって聞いてお茶のお誘いに来たよー」
「今日は宿屋のお仕事?今日が無理なら日を改めるから、遠慮なく言ってね」
「ジュリーさん、リリィさん!」
そういえば、開発が落ち着いたらお茶に行く約束だった。宿泊予約も少なかったので厨房で洗い物をしている母に声をかけ、外出することにする。お店用麻のワンピースとエプロンの格好から、外出用のワンピースに着替える。スカートの丈が膝下からくるぶしになったくらいで、あまり代わり映えはしない。
「お待たせしました。行きましょう」
「今日はね、どうしても一緒に行きたいお店があるの。クレアさんは、今までお家のお仕事に保存のお仕事で手一杯なのはわかるのよ。でもね、ただでさえ若い女は舐められやすい。だからこそ、お化粧を覚えましょうね。お姉さんが全部選んであげるわ」
「よーし!買い物へしゅっぱーつ!」
ニコニコしているジュリーを見るかぎり、最初から2人の間で決まっていたことなのだろう。
「お茶じゃなかったんですか?」
「あら、もちろんお茶もするわよ」
長い1日になりそうだ。
2人に連れられて、町の大通りへ向かった。ダンジョンのそばには宿屋と武器屋、雑貨屋などが並んでいるが、少し離れれば服屋や化粧品を扱うお店、喫茶店などが並ぶ。リリィは迷わず高めの化粧品を扱うお店に入った。
「クレアさんは、透明感のある白い肌をしているから淡い色味が似合いそうね。眉を整えてペンシルで形を綺麗に、淡いピンクブラウンのシャドウにラメ感を足して、青や紫も似合いそうね。日によって変えられるように買っておきましょう。アイラインはシャドウの濃いカラーでいいわ。マスカラは透明な下地のあと長さが出るタイプを。黒とブラウンの2色ね。ダマを取るためのコームも買っときましょうね。頬は淡いピンクでもコーラルピンクでもいけそうね。マットなものと、ゴールドラメが入ったものにするわ。ハイライトは額と鼻筋でT字を書くように。頬と鼻の先、顎にもふんわりのせて立体感を出すわ。唇は綺麗な色をしてるから、発色をよくするためにほんのり色つきのグロスだけで充分映えるわね。あぁでもこのリキッドルージュもいいわねぇ。赤とピンクと、ピンクベージュもね」
リリィお姉様のお喋りは止まらない。お化粧のアドバイスをしてくれる美容部員さんも、リリィの選んだ化粧品の在庫を用意するだけの存在になっている。
「まだ若いから下地はピンクベースの血色をよく見せるもので、ファンデーションはいらないわね。パウダーだけで充分だわ。クマやシミ、ソバカスが気になるようならコンシーラーも買うんだけど、今は必要なさそう」
これ全部顔に?と思うほど山盛りになっていく化粧品。そして似合うか確認、及び化粧の仕方を教えてもらうためにクレアは美容部員さんにテスターでお化粧してもらう。
「うん。完璧だわ!!品の良いご令嬢に見えるわね。あとお化粧をするうえで大切なのは、綺麗に落として肌を労ること。お化粧を落とさずに寝れば肌が1年老化すると思ってね。ダメージがヒドイから。クレンジングと洗顔が1つにまとまったオイルタイプのものと、そうそう、洗ったあとの保湿に化粧水とクリームがあるけど、しっとりとさっぱりどっちが好み?」
「さっぱりがいいです」
「じゃあこの青いボトルのにしましょう。クリームより乳液の方がいいわね」
美容部員さんにお会計を頼み、金額を聞く前にリリィさんはニコニコしながら不死鳥にツケてギルドに請求してね、と伝え商品を受け取った。金額が謎である。そしてパーティーにツケていいのかも謎である。
「次は服を選ぶわね」
そう言って連れていかれたのは、またもやお高そうな洋服屋である。
「クレアさんは今後人前に出る機会が増えるでしょう?お化粧で仮面を被って、洋服で武装して、従いたくなる良い女になるのよ。生意気な奴はヒールで踏んじゃいなさい」
「服とアクセサリーのアドバイスはジュリーにお任せあーれ。体格似てるしね」
ジュリーさん無双が始まった。
「今から言うものをこの子が試着して、体格に合えば購入で。そこのパンツスタイルのベージュとグレーの上下と、ブラウスは胸元がふんわりしてボリュームあるやつね。隣の刺繍が入ってるのも。それからシワ感がないきっちり見えるシャツの紺と水色、ピンク、オフホワイト。スカートはそっちの膝丈のもので深紅、紺、刺繍が入ってるかすみ色のも。くるぶし丈のは赤とオレンジの花柄のと、水色のレース、裾が膝下から開いてフリルになってる黒とダークブラウン」
次々指定される服の試着が間に合わない。着たらリリィとジュリーが確認して、すぐ次に着替える。着せ替え人形でもここまで早く着替えないだろう。
「あー、ピンクはこれよりもっと薄いピンク色に変更出来ますか?」
試着した姿を見て店員さんと話すジュリー。
「サイズは良さそうだね。シャツは襟なしに変更してもう1回試着で」
あれこれ試着して、服が落ち着いたと思えば次はアクセサリーが始まる。
「ピアスの穴開いてる?」
「開いてないです」
「じゃあイヤリングで、白い大粒パールと揺れる雫のと、フープのも。そこの葉っぱが紫色の石のまわりにあるデザインのと、シンプルな赤い石のも。ネックレスは華奢なデザインがいいかな。シルバーも良いけど、ピンクゴールドのも綺麗だね」
店員さんが手袋をして取ってくれるあたり、ここのアクセサリーはお高そうである。
「イヤリングとネックレスがセットになるように5パターン選んどいたから。次は靴屋さんへしゅっぱーつ!」
ここのお会計もツケ払いである。クレアには一切金額が知らされない。靴屋さんでも、ジュリーが店員さんと話す。
「ヒールは慣れてないから太めで安定するもの。5センチと7センチのものを中心にね。歩きやすいようアンクルにストラップがあるものとかがいいかも」
黒、ベージュ、ブラウン、グレー、蛇模様と先が尖っているものや丸いもの、スクエアのもの、靴だけでもこんなに種類があるのかと驚く。
スクエアの黒とオフホワイト、丸いブラウンの3足購入し、化粧品と服と靴で3人の両手がふさがる。若い女性やカップルが多い喫茶店に移動し、お茶することになった。
「これだけプレゼントすれば団長も喜ぶでしょ」
チョコレートフラッペを片手にお茶菓子のマカロンを頬張る甘党のジュリー。リリィはハーブティーとチーズケーキ、クレアはミックスジュースとフランボワーズの生チョコを頼んだ。
「団長さんからなんですか?」
「言ってなかったっけ?服や靴は団長からのプレゼントだよ。今日買ったものでお洒落して今度一緒にランチでも行ったげて。あいつクレアさんを食事に誘おうとするのは良いんだけどさぁ、貴族が行くような店にいきなり連れてかれても困るじゃん?」
「それは、………はい」
男性がサプライズで、彼女に内緒で高級店なんかに連れていくものがあるが、あれは賛否両論だろう。彼女からすれば、せっかくのフルコースならもっとお洒落したかったり自分が浮いているのが気になってしまったりして素直に喜べない。クレアはそのタイプだ。
「クレアさんが団長とご飯行くために綺麗な服をわざわざ買うのも、ドレスコードが気になってせっかくの食事が楽しめなくなるのはもったいないから、綺麗な格好出来るように今日のは全部団長からのプレゼントだよ。お化粧品は私達から保存食開発のお礼ってことで、受け取って」
「そんな気遣っていただいて、ありがとうございます」
「いいのよ。団長はダンジョン以外お金を使うことがないから、しっかり貯めこんでるわよ」
「クレアさん的にはうちの団長ってどうなの?」
ついに来た。




