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試食会

 冒険者ギルドから保存食の包装材開発費を出資してもらうための、フリーズドライ食品の試食会の日、いつもの応接室に集まる。


 冒険者ギルドのギルド長、副ギルド長のヒルデ、魔道具ギルドとの仲介役であるヴィンセント、技術者としての意見をもらうため魔道具ギルドのバギ、クレアの5人だ。人数が少ないのはクレアの保存食の技術を漏洩させないためである。


 冒険者ギルドのギルド長は今日初めて会ったが、やはり荒くれ者をまとめるギルド長だけあって顔が怖い。組長と呼びたい。


「なかなか会う機会がなかったが瓶詰保存食の件、感謝している。ギルド長のエクエスだ」


「保存食のクレアです。本日は試食会の機会をいただきありがとうございます」


「あの革命を起こした瓶詰保存食を凌駕する新たな保存食の出資について検討する、という話だったな。」


「はい。保存食はこちらです」


 テーブルの上に箱と2本の瓶を出した。箱には四角い塊がいくつも並んでいる。瓶にはフリーズドライのコーヒーとキャベツや人参の野菜ミックスがそれぞれ入っている。


「まず箱から1つ手に取り、こちらのコップに移して軽さをご確認ください」


 ギルドで借りたコップに移してもらう。ギルド長とヒルデは言われた通りにする。


「こちらの保存食はコップにお湯を注ぐだけでスープになります」


 事前に用意してもらっていたお湯を注ぐと、乾燥した四角い塊がスープへと変わっていく。


「ほぉ。あれがスープになるのか」


「お選びいただいたものはエクエスさんが卵スープ、ヒルデさんが豆乳スープです。フリーズドライという保存技術で加工しました。冒険者の皆さんがダンジョンに持ち込む保存用の硬いパンを浸せば食べやすくなります。お湯だけ用意すればいいので、パスタを茹でて絡めれば、地上と遜色ない立派な食事となるでしょう。どうぞお召し上がりください」


 2人は温かいスープを口に運ぶ。


「味も良い。ダンジョンによく潜るギルド員達は喜ぶだろう。長期で潜る奴らならなおさらだ」


「用意するのはお湯だけっていうのがいいわね。男性はもちろん、ダンジョンに入ろうとする女性も男勝りな子が多いから」


 肯定的な評価をもらいひと安心する。次に新しいコップにコーヒーの粒を入れてお湯を注ぐ。室内にコーヒーの良い香りが漂う。


「次はヴィンセントさんにアドバイスをいただいて、保存技術を飲み物に応用したコーヒーです。こちらもお湯だけでコーヒーが飲めるようになります」


 2人はコーヒーを口に含み、味わう。


「コーヒーも豆を引いて入れたものと変わらないな。シミリスがクレアさんを料理の魔法使いと言ったも頷ける」


 あの公開プロポーズはギルド長の耳にも入っていたのかと気まずいやら恥ずかしいやら。


「氷と風の魔法を使用して食品の水分を極限まで減らすことで、この軽さと長期保存を可能にしてます。半年から1年は保存を見込める食品です。問題点は水分を減らしているため湿気に弱いこと。そのため、魔道具ギルドに密閉するための包装材の開発を依頼したいと思ってます。また、依頼するのはこの包装だけでなく、瓶詰に代わるパックの保存食を生産するための特殊な包装材も開発もあわせて依頼したいと思ってます」


「この食品の包装材だけの開発ではないのか?もう1つの方は今は瓶詰があるのだから、あとで開発してもいいと思うが」


 ギルド長の指摘はもっともだ。しかし、魔道具ギルドのバギが反論する。


「技術者として発言させてもらうがな、嬢ちゃんの話を聞く限りもう1つの包装材は食品を密閉する層と光を遮断する層といった具合に何層か重ねて作るパックの開発だ。パック開発の副産物としてフリーズドライの包装も出来るから、まぁまとめた方が依頼料は得だな。それに、パックが販売されれば瓶の重さやダンジョンでの扱いにくさが無くなる。瓶詰保存食のスライム密閉瓶以上に売れるのは明白じゃろうて。魔道具ギルドのパック生産量確保のためにも、フリーズドライの包装とパックを別々で開発してあとで統一するために仕様変更をかけるより、最初からわかってた方がうちとしても動きやすい。どうせとんでもねぇ数の発注になるんだろ?」


 カッカッカッと笑いながら、今後の生産のことを考えた技術者の意見を話す。


「なるほどな。生産する魔道具ギルドとしての意見も理解できる。現時点で開発料はいくらの予定だ?」


「前金10万だな。素材代と開発期間を2ヶ月とみてその間の設備費、人件費だ。開発中に予算を越えるようなら開発を終えてから請求させてもらう。今の時点でだいたい素材の見当はついているから、まぁ越えるこたぁねぇだろうがな」


「10万か……」


 日本円にして約100万だ。これをどうとらえるか。思案するギルド長にヴィンセントが声をかける。


「フリーズドライは風と氷の魔法使い、パックの保存食は火の魔法使いが必要になります。魔法使いをクレアさん1人で確保するのは難しい。瓶詰保存食のように各お店で保存食販売となればお店同士で魔法使いの奪い合いが起こるでしょう。それを避けるためにもギルドが魔法使いを斡旋するのがいいのではないかと俺は思います。冒険者ギルドには結婚して冒険者を引退した人や、ダンジョンでトラウマを抱えて冒険者を諦めた人、危険な仕事を避けたい有能な魔法使いは多いでしょう。パックを開発して製造が開始されれば、ギルドは有能な魔法使いに安全な保存食加工の仕事を継続的に斡旋出来るチャンスですよ」


 冒険者ギルドに所属するギルド員の仕事は、何もダンジョンに限った話ではない。クレアが依頼した護衛依頼のように遠くの町まで護衛して欲しいという依頼や、強盗に備えてお店の警備の依頼などもある。しかし、どうしても危険を伴うものが多い。危険のない仕事があれば、まだまだ冒険者ギルドで魔法使いとして働けるのにという声もある。


 そして、冒険者ギルドの運営資金は仲介手数料である。ギルド員から素材を買取る際や一般の方が依頼する際に発生する手数料が主な売上だ。


 ヴィンセントの言う通り瓶詰保存食と同じようにクレアが加工方法を提供し、各宿屋や飲食店で生産することになれば他の飲食店でも風と氷の魔法使いを奪い合うようになり、お店同士のトラブルの要因となる。安定して雇うことは難しいだろう。かといってクレアだけが製造販売すると製造出来る数に限りがあり、ギルド員からもっと保存食を販売して欲しいとパニックが起こるのは目に見えている。


 食品の加工という安全な仕事をギルドが斡旋できれば仕事を求めるギルド員へ仕事を紹介でき、お店から加工のみギルドへ依頼することで仲介手数料が受け取れて冒険者ギルドの売上に繋がるだろう。


「ヴィンセントの言う通りなのが癪だが、パック開発の理由、ギルドへもたらされる利益、充分出資する理由となる。10万は冒険者ギルドから出資しよう。ヴィンセントやバギさんの助言もあるとはいえ、これで未成年というのだから末恐ろしいな」


「あ、ありがとうございます!」


 バギの希望通りの金額を出資してもらえることになり一安心だ。クレアはほっと胸を撫で下ろした。


「ヴィンセント。君が将来的に魔道具ギルドを希望しているのは知っているが、冒険者ギルドの職員としての就職も歓迎するよ」


「はは、エクエスさんの働きぶりを見てるととても俺には勤まりませんよ。後ろ向きに検討します」


「お前なぁ。前向け、前」


 呆れた表情のギルド長であった。

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