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記憶

 委託給食会社に入社し、栄養士として勤務していた。最初は現場で調理を学び、今は書類仕事も増えたが欠員が出たら調理に入る。何百食と大量に作る集団調理の現場では食中毒予防のために発熱、腹痛、下痢の症状があれば出勤停止である。そんなわけで欠員も起きやすい。


 数年に一度は災害が起きている地震の多い日本で、もし被災することがあっても温かいご飯を用意できるように、災害時の主力になれるよう防災士の講習会へ行った帰りに事故にあうなんて思っていなかった。講習会の帰りの高速で玉突き事故にあうなんて。一瞬の出来事だった。後ろからの衝撃を感じたらそこで意識が途切れた。そして、死んだのである。


 寝ている私の背中に8歳の弟が飛び乗ってきた衝撃で、二度と思い出したくなかった潰される衝撃を思い出した。


 前世は栄養士、今世は宿屋の看板娘であった。


 どうやら私は、宿屋のクレアに転生したようだ。科学文明の発展した日本から、この剣と魔法のファンタジーな世界へ。


 前世の記憶とこんがらがってしまいそうなので、情報を整理しよう。

 前世の私は栄養士として働いていた27歳で、婚約している彼がいた。結婚式は彼も看護師でお互い感染症予防に厳しい仕事をしてるから控えようと思うけど、記念のフォトだけはいいものを残したいな、なんて考えていたのに私が事故にあって亡くなった。


 今世の私は宿屋のクレア、14歳。少し痩せ気味。まとめやすいよう肩まで伸ばしたグレーがかってくすんだ金髪に同じくくすんだ色の瞳がコンプレックスだ。世界にはいくつものダンジョンがあり、クレアの両親が営む宿屋は迷宮ダンジョンと呼ばれる巨大な未踏破ダンジョンのそばにある。踏破したパーティーは英雄として歴史に名を刻めるため、夢見る冒険者のお客様で毎日賑わっている。


 踏破を目的としておらず、ダンジョンで手に入れたアイテムで生計を立てる冒険者も多い。

 ダンジョンには魔物が生息しており、宝箱で手に入るアイテムもある。ダンジョン内でもし死んでも神様の加護で強制転移され最寄りのダンジョン教会で生き返る。とはいえ仲間の頭が落ちて死ぬ場面や仲間の死体からこぼれる内臓を魔物が食べている場面を目撃したり、死ぬほどの激痛と自分が死ぬトラウマを抱えたりすることになるため、皆死ぬまでには帰ってくる。


 なぜかダンジョンの魔物が地上に出てくることはない。まるでゲームの世界だ。そんなファンタジー世界に転生したのであった。


「おい!クレア!いいかげん起きて店手伝えよ!!」


 飛び乗ってなんの反応もない姉がまだ寝てると思った弟のココが揺さぶってくる。


「グェェ。ココ、朝からお姉さまに飛び乗るなんていい度胸ね」


「さっさと起きて手伝わない姉ちゃんが悪い!」


「私は夜のホールもやってんだから、寝坊くらい許されてもいいじゃない!」


「チェックアウトの時間まで寝るんじゃねーよ」


「嘘、もうそんな時間なの⁉もっと早く言いなさいよバカ!!」


「そっちの方がバーカ!!」


 飛び起きて髪をまとめ仕事着の麻のごわついたワンピースを着る。顔を洗ってエプロンを手に取り、バタバタと階段をかけ下りた。


「お母さんごめーん!!会計するよ!」


「こっちはいいから、食堂の片付けお願いね」


 ほうれい線くっきりさせた笑顔の母、チャームポイントは笑いジワだそうだ。


「はーい!!」


 前世の記憶を思い出した感傷にひたることも出来ず、宿屋の一日が慌ただしく始まった。食堂を片付け、洗い物を済ませると宿泊客用に用意していた朝食の残りで簡単に食事をとる。時間がたって硬めのパンを具が少なめのスープに浸しながら食べた。


 両親が経営する宿屋はお世辞にも儲かっているとは言えない。もともと中古の物件を購入し、駆け出しの冒険者が利用しやすい価格の宿を経営している。毎日お客さんで賑わっているが満室になることはなく、人を雇える程余裕もない。4人家族で贅沢しなければ暮らしていける程度の利益はあるので、クレアとココも家の仕事を手伝っている。クレアは看板娘として一日中宿屋で働いているが、ココはまだ8歳なので読み書きや計算を町の教会に習いに行くときや、お酒を提供する夜の営業は家の手伝いはしない。空いた時間に洗濯物や掃除などを手伝ってくれている。


 せっかく前世の記憶を思い出したんだし、何か宿屋の売上に貢献できる商品を作れないかな。


 料理は仕事で集団調理ばかりしていたので、1000食以上作る炊きだしレベルの大量調理なら得意だが、家庭料理は得意ではなかった。作る量が違いすぎて調理感覚が違うのだ。健康的な食事を推進する仕事だが、本人は自炊せずコンビニや外食をよく利用しているのは栄養士あるあるだと思う。


 また、きっちり計量して作らなければうまく出来ないお菓子作りも男性の方が向いているものだ。実際にパティシエとして働いているのは男性の方が多い。大雑把な自身の性格的に向いていないのでお菓子は買って楽しんでいた。それに砂糖はまだしもバターや生クリームはこの世界ではとても高価なので材料費的に用意出来そうにもない。安い宿屋の看板メニューになるようなものは作れそうになかった。


 調理の仕事してたのに、調理で役に立てないって……。

 自分に呆れながら食事を終えた。

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[一言] 栄養士きたーー!!!ワクワク
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