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第八章・銀色の猫





一番不幸なのは、だあれ?








「あーっははははっ!はははははははははっ!!やあやあみなさんご機嫌いかが?ひゃははっ!っはははっ!はははははははははっ!!」


男の、かん高い笑い声。つんざくように響くガラスの割れる音と共に、輝くタイルが敷き詰められた床に無数のガラス片が散らばった。大広間にいた人々は現れた男に一斉に目を向け、叫び声などの喧騒がわっと広がっていく。

「な、何者じゃ、貴様――――――!!」

真っ赤な、長衣ローブに、左手にたずさえた両刃の長剣。

銀色の髪に猫の仮面を被ったその男は、一瞬でエレスとの間合いを詰めると大きく誇示するようにその名をうたった。


「ぼくは宮廷魔術団のサード…<化猫シルバーテイル>さ」


「化、猫…?」

首元に当てられた両刃に恐れおののきながら、エレスはやっとの思いでそう呟く。しかしその声は震え、今にも消え入りそうだった。そんなエレスと、自分たちの王を人質に取られ身動きができない兵たちを、<化猫>はにやにやと見渡す。

「これは王宮からの御命令だ。魔女や魔族の血を引く傭兵団・餓狼がろうには一人残らず徹底的に消えてもらう!っははは…


見届けさせてもらうよ」




「もう、隊長っ!こんなところにこんな男といらっしゃったんですか!探しましたよ!」

いかにも今来ましたというシチュエーションを装って、金髪少女は現れた。長衣を腰に巻いた少女の手を引いて。結構前に僕がこの二人の下手な尾行に気付いた時点で、そんな発言はできないはずなのだが、にも関わらず金髪少女はどこか勝ち誇ったような表情で僕を見た。

アルスとリオンである。

「……」

しかもちゃっかり失礼な態度を取りやがった。

ま、どうでもいいけどさ…

「どうしたの二人とも?わざわざこんなとこまで…迎えに来てくれたの?」

「ほら、外真っ暗ですよ隊長!こんな男ほっといて早く帰りましょう!」

「……」

アルスはちらちらと睨むように僕を見る。リオンはと言うといつも通り黒曜石のような瞳で、じーっと僕を見上げていた。無表情なところが何を考えているのかわからないからなおのこと恐い。

シャーロットを僕に取られたと思ったのだろうか。

「た・い・ちょ!ほら!もうすぐ隊長の大好きな晩餐ですってば!」

「アルス…ああもうわかったから引っ張るな〜っ!」

シャーロットはぶんぶんと両手を振り回してなんとかアルスの手を振りほどく。そして横目で僕を見、こほんと咳払い。その行動の全然似合ってなさに僕は思わずふきだしそうになったが、しかしそこは命が惜しいのでそんなへまはしない。

「じゃ、じゃあ…またあとでねエインセルっ!」

「え…うん」

なぜだかシャーロットは猛ダッシュで駆けていった。その後を、アルスが慌てて追いかけていく。

「……」

微かにシャーロットの頬が赤く染まっていたのは――――きっと気のせいなのだろう。

でもどうして、あいつはああも僕につっかかってくるのだろう。

うざいくらいに明るくて、時には残酷な程に美しく、僕に笑いかけるあいつ。

知っている。

僕はこの感覚を―――よく知っている。

とても、似た感覚を。

被るんだ


被るんだよ―――――どうしても、《あいつ》に


「おにーさん」


一瞬、その冷たいような感情がこもっていない声に、震えた。僕は我に返り、微かに視線を下に下げる。

「リ、オン…?」

なぜだか、背筋が凍ったようだった。僕の灰色の瞳と、少女の黒曜石のような漆黒の瞳とがぶつかる。見下ろしているのは僕のはずなのに、その少女の絶対的な威圧感とも違う殺気のような冷めた瞳に、射殺されそうだと思った。

「シャーロットたちと、一緒に行ってなかったん、だ…」

僕の声のはずなのに、自身が発しているようには思えないような、遠くから聞こえるような弱弱しい声音。この前のことといい、今のこの状況といい、

僕はやはり―――この女の子に、恐怖しているんだ。

なぜだかは、わからないけれど。

「おにいさん、気をつけて」

「え…あ、ちょっと!」

一言だけそう言って、リオンはぱたぱたと駆けていった。僕の制止の声などまるでまるで無意味で、この植物園の扉を抜けるところで少女は一瞬で姿を消した。

「何なんだ…」

僕のその小さな呟きは、ざわと吹き抜ける風にかき消された。本日限りのティアデールの長衣が、さわさわと揺れる。そして僕は静かに…灰色の瞳を上げた。

包まれていくような暗闇が――――更に、深まる。


「おっひさーっ!元気してたか?<雪兎ゆきうさぎ>?」


かつん、と軽快に靴音が鳴り響く。

同じくして、かん高い声音。

聞きたくない―――僕が一番、聞きたくなかった声。

いや、もはや聞くはずがないと思っていた―――声。


なんで、


だって、だってこいつは―――――!!


「――――なんで、お前が今ここにいる」

僕は、灰色のを見開く。

それぐらいしか、今の僕にはできなかった。

軽快な、いやに耳に障る笑い声が、この植物園を呑み込んでいく気がした。はっきりと暗闇の中でわかる真っ赤な長衣ローブに、左手に持った両刃の長剣。

そして銀髪に――――真っ赤な猫の、面。

「っははは、はは…会いたかったぜ?親友」

「…どうして、なんで…!だって、お前は僕が―――――!!」


ちゃき、と僕の耳元で音がした。


「…そう、お前がぼくを殺したんだ―――へえ、自分が犯した罪をちゃあんと覚えてたんだ?偉いじゃん」

せせら笑うように、その猫は笑った。ように見えた。



「―――イザヤ、」



どこか冷え切ってしまったような声で、僕はその名を呼んだ。

しかしその猫は見下すような笑いと憎悪でもって、僕に応える。

「そうだよエインセル―――覚えていたか?このぼくをっ!」

瞬間、僕は突きつけられた長剣の切っ先から逃れるように身を捻った。反発するかのように、イザヤも僕と距離をとる。お互いの魔力が殺気を放ち、ざわざわと空気が揺れた。

「なあエインセル、どうして僕が生きてると思う?」

かつんと一歩、僕に近付く。

「だってあの時、お前はぼくの喉をその短剣で引き裂いたはずなのに」

かつん、

「くく…はははははは…!覚えているか?その時の感触を、お前はちゃんと覚えているか?」

かつん、

「覚えているはずだ。忘れたとは言わせないぜ、僕を絶望の淵に落としたあの時のことを……!!」

「―――――――っ!!」

一気に僕の全身を包む恐怖感。

ただの殺気のはずなのに、僕は目の前の、僕とほとんど変わらないこの青年に恐怖した。

恐怖せざるを、えなかったんだ。

「イザヤ…」

どうしていいか、わからない。

僕はどうすればいいんだ。

悪い夢なら覚めてくれ。

幻だというのなら教えてくれよ。

「エインセル…ぼくはただお前への、お前たちへの憎しみだけで動いてる。」

僕への――――憎しみ。

君を殺した僕への―――僕たちへの、憎しみ。

「わかるか?ぼくの苦しみが―――お前にはわからないだろう、だってお前は、《あいつ》に選ばれたんだから!」

燃え滾るような巨大な怒りが、僕にぶつかる。

僕は唇を噛み締めるだけで、何も言わない。

何も言えない。

僕に―――何かを言う資格なんて、ない気がした。

「お前は選ばれた。世界を救うという《あいつ》の眷属に。でも、でもぼくは――――!」

「違う!それは違うんだイザヤ!!」

ぼう、と一瞬で周囲の植物たちが燃え上がった。

イザヤの放出した多大な魔力で、更にその怒りの火炎は大きくなるばかり。

「だから、だからぼくは―――お前から総て奪ってやると決めたんだ」

「イザヤ…」

真っ赤に広がる火炎の中に、イザヤは同じく真っ赤な長衣をひるがえして溶けるように消えていった。

そして反響するかの如く、イザヤの言葉も燃え広がる。


「くく、はははははは…!!はははははっ、ははははははははは!あの城で待ってるぞエインセル!お前がたどり着く頃に総てが終わっていないことを祈れ!!ひゃははははははははははっ、はははははははははははははっ!!!」




「……っ、…!」

ずっと沈黙が続いていた部屋で、綜威チェン・ウェイはばっと顔を上げた。それに反応するように、ジェノンとカインも顔を上げる。

ぴょこん、とカインの片耳が跳ねるように動いた。

「なんだァ?」

悪態をついて、面倒臭そうにカインは呟く。ジェノンの闇紫の瞳も綜威の透き通るような青い瞳も、どこかに現れた巨大な魔力を探るように見開いた。

「…血の匂い」

ぽつりと言うと、綜威は静かに立ち上がる。

両手には糸を操るためのグローブと、片手には短剣。

「二人はここで大人しく待っててくださいね」

「何言ってやがる小娘!てめえ一人で何が…!」

激昂しかけたカインに、綜威は音もなく振り向いた。ドアノブに掛かった右手が微かにきり、と音を立てる。

「私、言いましたよね?大人しく、待っててくださいって」

にっこりと綜威は笑んだ。

しかしその可憐な笑顔にはしっかりと殺気がこもっている。

「……チッ、」

ばたん、と扉が閉まる。

と同時にジェノンとカインの壮大な溜め息が重なった。

「…綜威さん、いつになったら私のこと信頼してくれるんでしょうねえ」

「ケッ、知るかよ。」

ベッドの上で、「ふぁ〜」と大きくあくび。そんなカインを見て、ジェノンは寂しそうに瞳を細めた。


「…貴女のセカイは敵だらけというわけでもないんですよ、綜威さん…」





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