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第七章・錯覚




目障りなんですよ








「今夜だ。今夜決行する」

とある路地裏で、シュゼットは無線機で繋がる相手と話していた。けして誰にも聞こえないように、静かに、警戒を緩めない。

「今夜…ですか」

どこかつらそうな表情で、シュゼットは言った。今にも消え入りそうな、どこか弱弱しい声音。しかし無線機の声はそんなシュゼットを嘲るように嗤う。

「くく…もしかして、餓狼の奴らに情を移したんじゃないだろうなぁ?」

「…そんなことは、ありえません」

感情を、極限にまで押し殺す。

「ちゃあんと見たんだろう?奴らの力をずっと近くで感じていたお前だ……このの世界に、餓狼の力は強大すぎる。」

くく、と無線機の向こう側は嗤った。

一瞬瞳を焦りに歪めて、シュゼットは息を飲む。


「わかったな?決行は今夜…必ず、皆殺しにしろ」




一週間後。

ほとんど回復はしたが未だベッドの上のジェノンに、綜威チェン・ウェイは黙々と林檎を剥いていた。しかし先程からどちらも口を開かず、重い沈黙ばかりが続いている。

「あの〜…綜威さん…?」

「……」

何を考えているのか、綜威はジェノンが自分を呼ぶ声など気にも留めないで、ただ持ち前の短剣で林檎をするすると剥き続けている。剥けた皮はそのまま綜威の太股に乗せられた皿に落ちていった。

「フルーツナイフ、使わないんですか…?」

「……」

無言で、いつも戦闘で使用している短剣で器用に剥いている。

ジェノンも困り果てて、とりあえず綜威が林檎を剥き終わるのを待った。しかし皮を剥き終わり食べやすい一口サイズにしたかと思ったら、綜威はジェノンに渡さず自分で食べ始めた。

「り、林檎…」

「……」

かたん、と綜威はフォークを置く。そして無感情な青い瞳をジェノンに向けると、静かに口を開いた。

「ジェノンさん」

「ははははいっ!なんでしょうかっ!」

思わず、声が上ずる。

「今夜ティアデールを出るらしいですよ、私たち」

「そう、ですか…」

数瞬、沈黙。

やはり怒っているのだろうか…と困った顔で綜威を一瞥しする。しかし何の感情も含めない青い瞳からは、読み取るのは難しかった。でもこの重苦しい空気からして、多分怒っているんだろうなと判断した。

「いつまでもここにいたって仕方ないですからね。エインセルさんが探している彼女の情報も、もちろん私が探している情報もありませんでしたから。…あえて何かあったかと問われれば、ジェノンさん、貴方があの天使さんにフルボッコにされたことぐらいですかね」

「う…すいませぇん…」

静かに青い瞳を細めると、綜威は置いていた短剣を手に取った。そしてぷつ、と左手に刃を押し付けた。真っ赤な鮮血が、伝い落ちる。

「っ、綜威さん!?」

闇紫の瞳を見開き、ジェンノはたじろいだ。

無言でその血をぺろりと嘗めたかと思うと、たった今切ったばかりの傷口は綺麗に塞がっている。

「見ての通り、私の身体は老いない、傷がすぐ元通りになり…死なない。でも」

瞬間、短剣が一瞬でジェノンの横を通りすぎたかと思うと、軽い音を立てて背後の壁に刺さった。そして直後、つーとジェノンの頬から鮮血が流れる。

「ジェノンさん…貴方は違うんですよ?たとえ貴方が堕天使であろうが悪魔であろうが、こうやって傷付ければ血は流れるし、致命傷を与えれば死にます。簡単に、貴方の脆い命なんか一瞬で壊れてしまうんですよ」

同じくジェノンの頬の血も嘗め取ると、青い瞳を伏せる。するとみるみる内に、頬の傷は元の完全な状態へと戻った。自信の間近にある綜威の横顔に、ジェノンは一瞬息をするのも忘れる。

「…綜威、さん……」

「私がちゃんと死ぬためには貴方の力が必要なんですから、だから…勝手に死なれたら困ります」

だんだん、ジェノンは自分の顔が赤くなっていくのがわかった。思わず、綜威から顔を背ける。しかしそんなジェノンの気も知らずに、綜威はにっこりと笑んだ。


「私より先に死なないで下さいね」


言って、ぱたぱたと部屋をあとにする。

誰もいなくなった部屋で一人、ジェノンは静かに呟いた。


「反則、ですよ…」




僕はといえば、シャーロットに引きずりまわされていた。

ティアデールの長衣を纏うのも本日をもって終了なわけで、僕は一人ぶらぶらと街をさまよっていたところを不覚にもこの橙色に捕まってしまったというわけである。

「ちょっとエインセル!聞いてんのっ!?」

まったく、五月蝿い小娘である。

まあ僕が小娘って言うほど年は離れてないんだろうけど…あれ?17とか言ってたっけ。

じゃあ一つ下じゃん。

それにしても…と思い、僕はシャーロットに目を向ける。やはり年齢の割りに身長も低いし、発達も控えめ。

「今失礼なこと考えたでしょっ!」

なんでバレた。

わざとらしく、僕は目を逸らす。シャーロットは少しだけ怪訝な顔で僕を見た。

「今更なんだけど…あんたのその灰色グレーの瞳って珍しいわよね」

「まあ確かに…北大陸こっちじゃそうかもな」

てか、それをお前が言うか。

「でもいいじゃない綺麗で…あたしなんて、ほら、橙色こんなだしさ」

「……!」

言って、シャーロットは自身の瞳を示す。

恐らく幼少の頃に辛い思い出でもあるのだろう。この前、そんなこと言ってたし。

しかしそれにしても…やっぱりシャーロットは、《あいつ》に似ている。

「で、今日でさよならなんでしょ?エインセル」

さらっと、少し嫌味ったらしい声でシャーロットは言った。

「何で知ってる…」

「聞いたのよ。こっそり」

「こっそりじゃねえ。それは盗み聞きという」

侮れない小娘だった。

僕ははあ、と溜め息をつく。

「言うなよ。他の…とくにエレス君には」

「秘密にしといてやらないでもないわね…あの陛下クソガキ、きっと明日になったらかんかんでしょうね」

楽しそうに、シャーロットは橙色の瞳を細める。

エレス君とは相性がよくないようだったから、きっと彼が怒っている姿を想像して喜んでいるのだろう。

嫌な性格である。

「ところで、今からどこ行くんだ?」

「ん?いいところ」

「は?」

「い・い・と・こ・ろ!」

いや、全然色っぽくないし。

言いながら、シャーロットはずるずると僕の長衣を引っ張る。仕方なく、諦めてついていくことにした。

ま、暇だしな、僕。

「……」

ふと、後ろを振り向く。

「どしたの?」

「いや…さっきから視線を感じるというか…」

「誰もあんたのことなんか見やしないわよっ!」

叩かれた。結構痛いぞ。

それにしても、やっぱり視線を感じる。ぴりぴりとした、冷たい殺気。

「……?」

振り向く。

すると、長衣を腰に巻いた女の子と金髪少女がこそこそとこちらの様子をうかがっている。尾行にしてもかなりド下手で、隠れているつもりなのだろうがこっちからじゃ丸見えだった。

あの二人…

「ほら!着いたわよっ!」

「え…」

瞬間僕の視界いっぱいに入ってきたのは、一面真っ赤に広がる薔薇ばらだった。


真っ赤。


真っ赤に、広がる。


「ちょっと、どーしたの?」

「え、あ、いや…ここ植物園?」

はっとして、僕は誤魔化すように笑う。シャーロットは一瞬怪訝な表情で僕を見たが、次の瞬間には花々の香りで顔をほころばせていた。


被った。

いつかの、光景が。

真っ赤な彼岸花に囲まれて笑う、あいつが。


「……」

考えすぎ、だよな…。どうせ、シャーロットとは今日でもう会うことはないんだし。

シャーロットは、血が混ざっているとは言え表の世界の人間。

僕は闇の世界に踏み入れてしまった、魔女の眷属。

結局はお互い、相容れない存在か…


どうしてこんなにも、僕はシャーロットに《あいつ》を見てしまうんだろう。どこも似てなんてないのに。その、はずなのに。僕は――――――。


「エインセル?」

きょとん、とした表情でシャーロットは僕を見る。

「いや…何でもない」

胸が痛く、なった。息ができないかと思った。

泣いたことなんてないような僕が、ただ、目の前の橙色の少女を見て。

―――――泣きそうに、なるなんて。

滑稽だ。

あまりにも。

「ジパングのグリーンティーもいいんだけど、たまには普通の紅茶もいいかと思ってさ〜。…ちょっと聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

少しだけ頬を膨らませたシャーロットに、苦笑い。

この噎せ返るような花の香りの中で僕は―――僕でも、今この瞬間だけは笑っていられると思った。

そう勘違いするのが、今だけでも許されるのならば―――――。

……………………………………

…………………………………………。





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