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第六章・揺らいだ決意






自身を欺いているのは、私?







死なないというのは、一番恐ろしいことだった。

だって私は、永遠なんてものがこの世界にないことを知っていたから。

死なないのは―――生きていないことと同義。

人外の、けして終わりのない化物。

押し潰されそうになる。

泣きそうに、なる。

終わらない。

終われない。

どうすれば終われる?

どうすれば死ねるのかな?

ずっとそうだったこの三百と余年。

私はずっと―――死にたかったんだよね?

なのに、

その、はずなのに――――。

どうして―――私、死ぬのが恐くなった?

どう―――して。


「永遠をあげましょうか?人間のお嬢さん」


ああ、いつのことだったんだろう。

あの美しい人魚が、私にそう囁いたのは。




「おい大丈夫か小娘。ずっとうなされてやがったぞ」

はっとして、綜威チェン・ウェイは青い瞳を見開いた。ベッドの上にちょこん、と座るカインを見て、そして目の前で静かに寝息を立てているジェノンに安堵する。

「……」

どうして私は―――あんなにも必死になってたんだろう。

たかだか堕天使の一人くらい、見捨てることもできたはずなのに。

死ぬことだけが――終わることだけが、私の目的のはずなのに。

大切なモノなんていらない。

守りたいモノなんていらない。


だって失った時に―――あまりにも、つらすぎるから。


でも彼が死にそうだった時、すごく胸が痛くなった。

息が、できないかと思った。

なんであんなに―――泣きそうになったんだろう。

自分のことだけ考えていられれば、きっと楽なのに。


それなのに、それが、できない―――――!!


ぎり、と綜威は唇を噛んだ。

強く強く握り締めた拳から、血が滲み出る。

「おい小娘」

「何ですか?カインさん」

低く、感情を押し殺したような声音で、綜威は言った。しかし対して、カインは「ふぁ〜」とあくび。

「なんであん時、天使の右腕だけで許した」

「…ばらばらにしたって、天使かれらは死にませんからね。エインセルさんと力を二分にぶにする以前の《赤》の魔女なら、存在自体を消せるんでしょうけど―――ただ、恐かっただけですよ、神の反感を買うのが。ただ、それだけです」

言って、青い瞳を伏せる。

しかしカインはいやらしくオッドアイを細めて―――嗤った。

「神―――ね。本っ当に、あのクソガキは気まぐれで、ワガママだからな―――」

ケッ、と吐き捨てると、カインは睨むように綜威を見た。

「とにかく、小娘。自分の死を追い続けるのなら、てめえはいつか選ばなければならない時が来る―――自分自身か、或いは、この堕天使か」

「…」

押し黙る。

綜威の中で、反響するようにカインの言葉が響いていた。


自分自身か―――彼…?





「なぜじゃっ!なぜ敵兵を皆殺しにした―――影狼!答えよっ!!」

大広間。

傭兵団・餓狼、傘蜘蛛に、魔術団を代表して僕。集められて最初に聞かされたのは少年王、エレス君の激昂だった。

「…」

昨日、なぜだかジェノンさんがぼろぼろになって綜威さんに連れられて戻ってきた。驚いた僕に、結局カインも綜威さんも何も言わなかったけれど、まあ、大体予想はつく。

ジェノンさん…神への、裏切りの代償、か。

「お主ら程の実力なら、生け捕ることも可能だったはずじゃっ!!」

だん、と持っていた杖を床に叩きつける。

それを見て、うんざりしたようにシャーロットは表情を歪めた。

「ああもう…こっちに犠牲はないんだから文句ないでしょ?」

いらいらしているのか、さっきからずっと橙色の髪を片手でもてあそんでいる。そのシャーロットのふざけた行動に、エレス君は怒りに瞳を染めた。

「そういう問題ではないっ!!」

「はっ、じゃあどういう問題なわけ?」

シャーロットの隣で、シュゼットさんやその他の餓狼メンバーたちも心配そうな表情で見つめている。ぴりぴりと、さっきからずっとこんな緊張状態が続いていた。

ただ一人、メンバーの中で長衣を腰に巻いている少女だけは無表情だったが。

「生け捕ったって、どうせ殺すんでしょうが。だったらあたしたちが殺したって、それは同じでしょう?」

「っ…過ぎた暴力じゃ……っ…!!」

す、とシャーロットは橙色の瞳を細めた。

殺気が、広がる。

「これは戦争よ?子ども同士の喧嘩じゃあないのよ!?ごめんなさいと言われてはいそうですかなんて問題じゃないの!!」

「…っ!」

ぎり、とエレス君は唇を噛んだ。

完全に、シャーロットの迫力に押されている。

「この戦争を勝利に導くのがあたしたちの仕事。エレス陛下、それはあんただって同じでしょう?この国が戦に負ければ、国民たちの生活は堕ち、長い苦しみを味わうことになる」

「そんなこと、わかっておるっ!!」

「わかっているなら…あたしたちを雇った以上、あたしたちのやり方には口を出さないで」

言って、シャーロットは乱暴に扉を開けて出て行った。

後には微妙な空気の淀みと、拭えない気まずさだけが残る。

「…隊長!待ってください!」

大慌てで、シュゼットさんが追いかける。一度扉を出る前に急停車したかと思うと、律儀に一礼しぱたぱたと駆けていった。




もうすっかり日が暮れたティアデールの街並み。まだ人々が眠りにつく時間ではなく、酒場などは活気に満ちていた。

「…」

ジェノンさんが未だ意識が回復しない部屋に行ったが、そこでは綜威さんが押し黙ってる沈黙に耐えられず、今に至る。とりあえず命の心配はないみたいだけど、どっちにしろ僕はこの国を早く出た方がいいと思っていた。この国にいても《あいつ》の情報はないし…それに何より、嫌な予感がした。

「あーっっ!!エインセルっ!」

こいつか。

僕はそのかん高い声に気付かなかったふりをして歩を進める。しかし橙色のその少女は僕を見逃してくれなかった。

「ちょっとっ!無視すんじゃないわよっ!!」

「痛っ!」

べし、と思い切り背中を叩かれる。

しかしさすが餓狼をまとめる隊長…その力は半端なものではなかった。

「シャーロット…何やってるんだよ、こんなところで」

物凄く嫌そうに、僕はシャーロットを見る。シャーロットはどこか頬が紅潮していて、行動もなんだか変だ。まあいつものことだが。

「お前…酔ってるな」

「酔ってないっつーのっ!!ほらっ!次行くわよ次っ!!」

「わっ、やめろっ僕を巻き込むなっ!」

ばたばた暴れても、シャーロットの力には敵わなかった。僕はされるがままに近くの酒屋に引きずり込まれる。

いつものように、僕は溜め息をつくしかないのだった。



「そんな溜め息ばっかついてると、シアワセが逃げてくんだってー」

もうだいぶ酔いが入っているのか、いつもなら燦々と輝いているはずの橙色の瞳はとろんとしていた。ぼーっと、どこか遠くを見つめているようにも見える。

「だったら、僕は既に億単位でシアワセを逃してるな…」

「あはっ、お似合いじゃない、似非魔術師」

ごくごくと、シャーロットは持っていた酒瓶を飲み干す。そんな悲惨な光景を僕は隣で呆れ顔で見ていた。


「何で…お前は傭兵なんかやってるんだ?」

ぽつりと、僕は独り言のように呟いた。聞こえてはいないだろうと思っていたが、シャーロットの耳には届いていたようだった。

「そんなの…人を殺すために決まってるじゃない」

「そ、か」

一瞬シャーロットは橙色の瞳を見開くと、突然笑い出す。

「あっはは!なあに真に受けてんのよ冗談よ冗談っ!!あははははっ!!」

「…」

いや、お前が言うと冗談に聞こえないぞ…という感想は心の中だけに留め、僕は独り語りし始めたシャーロットを見た。

「あたしはね、最強になりたいんだよ」

「充分強いじゃん」

僕は先日戦場で暴れまわっていたシャーロットを思い出した。あの狼のような獰猛どうもうさと迫力は、今思い出しても寒気がする。

「もっと強くなりたいのよあたしはっ!」

「どこまで強くなる気だお前は」

「どこまでって…どこまでもよっ!!マスターっ、お酒おかわりっ!!」

「そしてどこまで飲む気だお前は」

本当に呆れる程の飲みっぷりに、僕は若干ひいた。

そんな僕を見て、ふてくされたようにシャーロットは頬杖をつく。

「…あんただって知ってるでしょ?餓狼には、女と子どもしかいないのは」

「んあ、まあ、話くらいは…それって、何か理由があるのか?」

シャーロットは一瞬嫌なことを思い出したように瞳を細める。

そして八つ当たりするようにだん、と机を叩いた。

「理由?大有りよっ!だってあたしたちはみんな…魔女とか、闇の世界の怪異とのハーフやクウォーターばかりだもの」

周囲には聞こえないように、声を低くする。

そんな衝撃の内容に、僕は思わず口に含んでいた酒をふきだしそうになった。

「な…今、なんて?」

「二度は言わないわ。だから餓狼にいるモノは、小さい頃から周囲の人間に迫害されてきた外れモノたち。言ってる意味、あんたならわかるでしょう?人間上がりの魔女さん」

「…」

確かに。それなら餓狼の桁違いの力にも納得がいく。

そして同時に人間は―――自分たちとは違うモノには敏感だということにも。

「人間でもなく、しかし化物にもなりきれない哀れな異形たち…どちらでもなく、どちらにも行けない。だからあたしは――――餓狼をつくったんだよ。あの子たちはみんな、あたしにとって何よりも大切な仲間だからさ」

恥ずかしそうに、しかし誇らしげにシャーロットは言った。

僕はそんなシャーロットの横顔に、無意識に《あいつ》を重ねていることにも気付かないで―――ただただ、そう言って笑う少女に羨ましさを感じてた。

「ほんとに…本当に大切な仲間たちなの。餓狼ここは、笑って死ぬための場所。それを守るために、あたしは強くなんなくちゃ…」

うとうとと、シャーロットは夢見心地に笑む。酒場独特の喧騒など、この少女には耳に入っていないようだった。最初は何軒連れまわされることかと思ったが、どうやらそんな心配はなさそうだ。

「…むにゃ…」

シャーロットが今まさに瞼を降ろそうとした瞬間、


「おい、ガキ!なんか言ったらどうだ!」

「そっちからぶつかってきたんだろ!一言くれぇ謝れや!」

「……」


…あれ?この展開、どこかで…

恐る恐る、振り向く。するとそこには腰に長衣を巻いた少女と、初めて見るが恐らく餓狼メンバーと思われる、長衣を纏った少女がからまれていた。黒曜石のような瞳と無感情な雰囲気は相変わらず健在なようで、一方もう一人の餓狼メンバーは金の長髪をアップにして一つにまとめている。

「…そこ、どいてくれない?メイワクなんだけど」

うんざりしたように、見下すように少女は言った。恐らく、僕と同じか少し下の年代なのだろうが、その殺気を含んだ雰囲気は、やはり餓狼だ。喧騒の中、切り離されたように繰り広げられるその空気を、長衣を腰に巻いた少女は無感情に見つめている。

「…テンメぇ…少し強いからって調子に乗るなよ!!」

明らかに雑魚キャラな台詞。

二人にからんでいた男は、金髪の少女に殴りかかった。しかも二人がかりで。しかし少女はそんなことに臆するはずもなく、たん、とその場から跳躍した。

「少し…じゃないわ。かなり、の間違いよ」

そう少女が言った頃には、時既に遅し。男の一人を一瞬で蹴り上げたかと思うと、次の瞬間にはもう片方を思い切り加減のない力で床にたたきつけた。そして蹴り上げられた男が床に伏している男の上に落ちて…フィニッシュ。華麗な体術に、周囲一同拍手喝采だった。

「……」

そんな周囲の反応もうんざりしたように、少女は睨む。殺気に押されたのか、一瞬で静まり返ったのを確認して無表情な少女の手を引いた。

そして、こちらに向かって歩を進める。

「あんたが魔術師?」

「……」

僕は答えない。

金髪の少女は僕に興味を失ったかのように、ぐーすか寝ているシャーロットを揺すった。

「隊長、ほら起きてくださいよ…こんなとこで夜を明かすおつもりで?」

「う〜…ん…」

まだ夢の中のシャーロットに、金髪の少女はべしべしと叩く。

その無言の圧力に、僕はたじろぐ。シャーロットが起きなければ起きない程、少女の不機嫌さと比例するように叩く強さが上がっていった。それを、無言でもう一人の少女が見ている。

…なんだか恐い光景だった。

「むにー…って痛い痛いっ!いつまで叩くつもりよもう起きたわよっ!!」

シャーロット復活。

金髪の少女は腕を組んでシャーロットを睨んだ。

「まったく、どこほっつき歩いてるかと思って探しにきたら…ほら、早く帰りますよ」

「…」

黒曜石のような瞳の少女も、無言でシャーロットの長衣の裾を引く。

「ごめんごめん。エインセル紹介するわね。このちっこいのがリオンで不機嫌そうなのがアルスよ。二人とも餓狼メンバーなの」

自慢するように、シャーロット。

「誰が不機嫌にさせてると思ってるんですか、隊長。」

「…」

リオンと呼ばれた少女も、ただでさえ背の高い方ではないシャーロットにちっこいと言われたのが不満なのが、少しだけ不機嫌そうに眉根を寄せた。

「あっはは…だから悪かったって言ってるじゃない。じゃ、じゃあねエインセル!」

苦笑いしながら、シャーロットはこの場を後にした。

「…」

と僕は無言で餓狼の三人を見送る。

しかし僕の中ではずっと、シャーロットの誇らしげな表情と言葉が、反響するように繰り返されていた。


(「あの子たちはみんな、あたしにとって何よりも大切な仲間だからさ」)


「…大切なもの、か」

誰にも聞こえないように、僕はそう呟いた。

…………………………………………

…………………………………………………。




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