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終章・残された物語




大丈夫。だって総てが終わるわけじゃないから。







「エインセルさん」


少女たちの死した身体は砂へと変わり、消えていった。いくつかの魔術師たちの死体の血の匂いは噎せ返るように広がり、僕たちの鼻に惨劇の余韻を残す。重い沈黙の中、誰もが口を開こうとはしなかったのに対し痺れを切らしたのか、綜威チェン・ウェイさんだけが静かに僕の名を呼んだ。

「…………」

僕は答えずに、顔だけを彼女に向ける。

正直、僕はまだシャーロットの死に浸っていたかったのかもしれない。その証拠に手のひらに残った微かな砂の粒を、僕は強く強く握り締めていた。

感傷だって、わかってる。

それが無駄なことだとも、無意味なことだとも。シャーロットはこんなこと望んでいなくて、僕にこんなふうに中途半端な気持ちで想われるのは、迷惑なだけかもしれなくても。


だって僕は、無意識の奥底でシャーロットを《あいつ》の代わりにしようとしていたんだから。


「エインセルさん」

「…何ですか、綜威さん」

再び僕の名を呼ぶと、綜威さんは無言で促した。その視線の先には、自分を握ってくれる主を待つかのように漆黒の長剣が無造作に転がっている。綜威さんは無感動な瞳で、しかしさっきからうなだれてばかりの僕にそれを拾えと言っているようだった。

「…………」

静かに立ち上がり、僕は転がっている長剣に向かう。

かつん、かつん…と僕の靴音だけが響き渡った。周囲はただ息を飲み、今まさに妖刀…いや、この場合は魔剣を拾おうとしている僕に一気に視線が集まる。

シャーロットがずっと共に戦い続けてきた魔剣だ。どんな魔族が宿っているかわからないのに、僕は不思議と不安を感じなかった。でもきっとそれは、シャーロットが死ぬ間際に言ってくれた、あの言葉のおかげなのだろう。

僕は深呼吸するように息を吸い、その長剣に手を伸ばした。ゆっくりと、片膝をつく。



「…影狼かげろう、」



触れた。

どくん、と脈打つように僕の指先からもろに魔力が流れ込んできた。その瞬間びりびりと、掴もうとする僕を拒絶するかのように火花が散る。しかし僕は引かなかった。誰が何と言おうとも、僕には引くわけにはいかない理由があったから。

「…………っ!!」

つー、と僕の頬から一筋の血が流れ落ちる。

そしてその血が長剣に滴り落ちると同時に、僕は思い切りその長剣を掴んだ。瞬間、長剣が強い光を発したかと思うと、その光は次の瞬間には周囲を巻き込むかのように広がっていた。僕は思わず、瞳を強くつむる。

「―――――」

恐る恐る、僕は灰色の瞳を開いた。そして信じられないような、未だかつて出会ったことのない光景に、を見開く。

そこには、僕の目の前には、巨大な獣が僕を見下ろしていた。恐ろしいくらいに、身の毛がよだつ程に美しい―――――鋭い瞳が、僕を見つめる。


狼。


漆黒の毛並みを持つ狼が、そこにはあった。

「…………!」

息をするのも忘れた。

圧倒的なその存在感で、圧倒された。


「…なんじのその魔女の血をもってして、我、影狼との契約は完了した。さあ告げよ、汝のまじない名を」


床についていた片膝を、僕はゆっくり離した。やけに穏やかな殺気を放つ影狼を、灰色の瞳で見上げる。

「エインセル。…エインセルだよ。今の名はね」

「…ほう、自分自身エインセル、か。《赤》の魔女も、なかなかおもしろい言霊を使う」

そう言って、影狼は笑った。

「…それでは、我はそろそろ消えるとしよう。汝も、まだやることがあるのだろう?」

「そう、だね。そうしてくれ」

しゅるしゅると、僕が握っていた長剣に吸い込まれるように影狼は消えていった。そして数瞬の沈黙を破るように、子ども独特の高い声が響く。


「―――なんなのだ、なんなのだ一体、お前たちは――――何者なのじゃ!答えよっ!!」

もうここまでか、と僕は少しだけ寂しそうに瞳を細めた。

少しだけだけれど、ほんの僅かだけれど、魔術師として過ごしたこの時間は、この国で過ごしたこの時間は、僕には確かに楽しい時間だったから。


だからもう、終わりにしよう


「エレスチェイル国王…魔術師として入国した僕たちの非礼を、どうかお許し下さい」


僕は静かに、頭を下げる。

少しずつ悲しみに歪む少年の表情が、僕には浮かぶようだった。


「僕たちは―――――人間じゃ、ありません」





自分で言っといて何なのだけれど―――結局のところ、僕たちは逃げるように城を後にした。僕がどう思っていたところで、僕たちが人間ではないモノであるのは事実だし、あの状況ではそれを隠すのにはどう見ても無理があった。

それに―――多分、あの少年にはこの件は大きすぎる。

魔女、魔族――――そんなまやかしめいた怪異譚の存在を、彼が知っていたかは定かではない。でも人間の、僕たちとは何のかかわりもない彼らを巻き込んでしまったことには違いないんだ。

「…ほんとにいいの?僕たちについてきて――――」

僕たちは今、ティアデールから少し離れた丘の上にいた。

この国の紋がほどこされた長衣を脱ぎ捨て、次の旅立ちに向けての準備をして。

「…………」

無言で、リオンは目の前の十字架を見つめていた。そしてその前には、餓狼メンバーたちの遺品とも言える武器たちが置かれている。ティアデールの長衣とはまた別物の長衣を腰に巻いて、背のホルダーにはしっかりと剣をおさめていた。

「―――わたし」

黒曜石の瞳をそのままに、リオンは口を開いた。

か細く抑揚のない声音が周囲の空気に広がる。

「わたしは、隊長が貴方についていけと言うなら、ついていく」

「…そっか」

「それに」

「それに?」

一拍置いて、リオンは言った。

さわさわと優しくゆるやかな風が、僕たちの顔を撫でる。


「副隊長にも、会う機会があるかもしれない」


静かに、僕は目を見開いた。

そうだ。傭兵団・餓狼を壊滅に追いやったのはシュゼットさんだ。そのことを、この少女は一体どう思っているのだろうか。僕には、まったく表情を変えないこの少女が何を思っているかなんてわからないけれど。

「そして隊長が言っていた―――色々なセカイも、見てみたい」

「…………」

その言葉に、なんだか僕は頬がゆるまずにはいられなかった。

なんだかよくわからないけれど、嬉しく思ってしまったんだ。


「なァ―――――にニヤニヤしてんだよ。キモいっつーの!」


僕の肩に乗って、カインが溜め息まじりに言った。ゴールド赤紫ワインレッドのオッドアイが、うんざりとばかりに細められる。

「ったくよォー変なのばっかし増えやがって!オレサマは同行の許可なんて出してねーぞっ!」

お前がそれを言うか、と心の中で思ったが口には出さない。

気付くと、カインとは逆の僕の右肩に、コンパクトバージョンの影狼が乗っていた。漆黒のその姿には変わりはないが、影狼の身体は透けていて向こう側の光景が見える。

「変なの、とは聞き捨てならんな…貴様」

「どっからどう見ても変なのじゃねーか!このワンちゃんが!」

ふしゃーっ、とカインが毛を逆立てている。

そしてそんな困り果てた僕を見て、後ろで綜威さんがくすくすと笑っていた。

「そろそろいかないと、人間が追ってくるかもしれませんよ?ていうかエインセルさん、いつまでもその子にデレデレしてないで早く行きましょうよ」

「うふふ、エインセルさんってロリコンだったんですかぁ♪大丈夫ですよ、私はちゃあんと気付いてましたから♪」

「ホラを吹くなーっ!!」

どこか変なモノを見るように僕を見る二人に、激昂。しかしリオンは話の中心が自分であることすらよくわかっていないのか、「?」と小首を傾げていた。


「それで―――――次はどこへ向かうご予定ですか?私たちの魔女さん」


透き通る程に青い瞳を楽しそうに細めて、綜威さんは言った。

そして静かに、三人と二匹の視線が僕に集まる。



「アルドヘルムに行こうと思います。――――そしてそこで行われる、ブラック鉤爪クロウの魔女夜会に…」



一瞬、僕の脳裏に猫の仮面を被ったイザヤがよぎる。

ちゃんと、調べる必要があると思った。あの時死んだはずのイザヤが、どうして生きて存在しているのか。どうして宮廷の魔術団なんかに身を置いているのか。

そして今――――《あいつ》は、何をしているのか。






                                                         

それは、残酷に紡ぎ続けられる物語ストーリーのようで



傷色幻想曲・魔女と北大陸の傭兵王は完結となります。いかがだったでしょうか?

大変申し訳ないのですが、今月からは学校とか院生も忙しいので更新が遅れると思います。それでも、もう少しの間この傷色幻想曲の物語に付き合って下されば嬉しいです^^

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