序章・炎と召喚師の戯れ
「フォルン、またお前派手にやらかしただろ?」
電話越しに、ジョーカーの心配したような、呆れたような声が響く。「…」としばし沈黙して、フォルンは口を開いた。深紅に編み上げた三つ編みを片手でいじりながら、同じくして深紅の瞳を微かに伏せる。
「これは役目であり、自分で決めたことよ。それに、貴方に心配される筋合いもないわね、ジョーカー」
「はあ…まったく、お前わかってんのか?ちゃんと、自分の身体のこと」
「わかってるわよ…わかってる。でも私は―――まだ、死ぬわけにはいかないの」
ごほ、と咳き込み、フォルンは口元を押さえていた右手を見やる。自分の鮮血が、そこには広がっていた。それを忌々しそうに、深紅の瞳を細める。
「で、どうだった?」
ジョーカーの言ってる意味がよくわからず、フォルンは首を傾げる。
「…?何が」
「オレの馬鹿弟子のことだよ。お前、あいつと会うのはクロードの大戦以来だったろ?まさかうっかりはずみとかで殺してねえだろうな」
ああ、とフォルンの頭上に豆電球が煌いた。
「大丈夫よ。殺そうと思ったけど、ちゃんと我慢したわ」
「…お前にしてはよくやったな…」
再び、あきれた声。
そしてあの眷属の少年を思い出し、フォルン。
「あの子、ほんとに世界を救っちゃうかもね」
どこか、抑揚のない声でフォルンは言った。
その発言に驚いたのか、電話の向こう側では沈黙が続く。
「…まさか、お前からそんな言葉が出てくるとはな」
「あの子多分、アクラス国での堕天使と呪いの女の子を仲間にしてると思うわ。…甘っちょろそうな子だったから。《赤》の魔女と違って」
あ、と思い出したようにフォルンは言った。
「そう言えば、麗しのミヤビちゃんは元気かしら?ちゃんと面倒見てくれてるの?」
「ああ、あのガキか。まあ、相変わらず元気だが…よくわからん、不確定要素君だな。もしかしたら、もしかするかもしれねえぞ。純血の魔女だったりして」
にしし、とジョーカーの笑い声が聞こえる。フォルンはミヤビの安否に、ほっ、と安堵のため息をつく。
「雪兎君の見つけた候補生―――か。」
少しだけ寂しそうに、フォルンは呟いた。
「ところでフォルン、お前次の魔女夜会には出席するんだろうな?」
「んー、ま、気が向いたら…かしら」
「…とりあえず、それまでには生きとけよな」
そんな心配した声音のジョーカーに、フォルンはふふ、と笑った。
「ご冗談を…私は、《赤》の魔女を殺すまで死にはしないわ」
一瞬呆気にとられたように、ジョーカーは沈黙した。が、しかし。すぐに電話の向こう側に笑い声が響く。
「言うと思ったぜ。…でも、程ほどにしとけよな」
「わかってる。じゃーね、召喚師さん」
ジョーカーの返事も聞かずに、フォルンはがちゃりと受話器を置いた。右脇に置いた荷物を手に持ち、長衣のフードをすっぽりと被る。
しかし彼女の象徴である深紅の三つ編みは歩を進める度に赤く揺れた。
「世界を救う…か」
その静かな呟きは、暗闇の虚空へと消えうせた。