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群青の空に、眩しく光彩を放つ月。
あの月を美しいと思う心はとうに消え失せ、代わり映えしない景色に希望さえも失う。
私は、この寝所からの景色しか知らない。
季節だけが幾度も巡り、私を絶望させる。
もう、ここから出られる事は無い。
私の体を蝕む病は、一向に治る気配を見せない。
ひらりと落ちる桜の花びらを拾い上げ、手のひらに乗せ、ふっと息を吹きかける。
花びらは、手のひらの上で僅かに浮いた。
「舞っては、くれないのね……」
虚しさを感じた。
いうことをきかぬ体がもどかしく、花びらの上に静かに雫が溢れ落ちる。
「ふっ……」
唇が、震えだした。
その場に泣き崩れ落ちた私を夜風が慰め、桜の枝がこちらを見るように囁きかける。
こんな姿を、何度も見て嫌気がさすでしょう?
心の中でそう呟き、ふっと顔を上げた先に見たモノに、涙は止まった。
桜の木々の前を、二本足で歩く白兎。
「っ……」
幻覚まで?
病の悪化なのだと、思った。だが、白兎は視界から消えない。
無意識に、視線は白兎を追っていた。
どうかしている。
耳まで、おかしくなったのだろうか?
兎は何か声を発している。
それは、まるで人が発する言の葉の様に聞こえる。
「兎が人の言葉……」
有り得ない。
頭の中の言葉とは裏腹に、自分でも信じられない行動をとっていた。
「ねぇ、待って!」
声を張り上げた。
すると、白兎はこちらを振り向くと、長い耳を動かした。
「あ、あの」
どんな言葉をかけたらいいか分からずにいると、白兎は急に駆け出した。
追わなきゃ——。
どうしてそう思ったかなんて、考える余裕はない。
逃げる白兎を追って、私は駆け出していた。
こんなに走るなんて、どうかしてる。命を縮める行為だ。けれど、止められない。
無我夢中で追っているうちに、白兎は一本の大きな桜の木の前で止まり、辺りの様子を伺い始めた。
白兎の前には、黒く大きな穴が開いており、人気を確認した後は迷わず穴の中に入っていった。
「あっ」
迷いはなかった。
私は、白兎を追って、暗い暗い穴の中を落ちていった。