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第八話 委員長

桜は未だに東雲とは話をしていなかった。彼の部屋には何度か訪れたがタイミングが悪かったのか、彼は部屋にいなかったのである。もしかしたら別のクラスメイトの部屋に遊びに行っていたかも知れない。

 だからずっとそのチャンスを狙っていた。


 東雲が向かったのは二年二組の寮だった。

 途中までは桜と同様にメイドがついていたが、寮の前で別れた。どうやら寮の不文律はメイド達にも例外なく通じるらしく、彼女たちは寮に決して入ろうとしない。

 桜は東雲が部屋に戻ったのを確認してから扉をノックする。


「誰だい?」


 中から東雲の声が聞こえる。


「俺の名前は織姫って言うんだ。実はね、東雲君に教えてもらいたい事があったんだ。ほら、東雲君って学年でも頭がよかったでしょ? 魔術書で数学に関する部分が出てさあ、何やら体内残存魔力と消費量の指数関係っぽい? のがあってさあ、多分公式を当てはめればいいんだけど、公式を忘れちゃってさ。教えて欲しいんだよ」


「……はあ、分かりました」


 疑っているような声で東雲は返事するが、桜の為に扉を少しだけ開けた。

 ぬっと扉の影から東雲の頭の身が出てくる。ぼさぼさの頭に、四角いシャープな眼鏡。レンズの奥の瞳は鋭いが、どことなく隈もあった。

 きっと最近の激動の日々に心身ともに疲れているのだろう。


「ありがとう。とても助かるよ」


 桜は左手には分厚い魔導書を抱えていたが、右手はスマートフォンを持っている。そして画面にはもみじと秘密の会話をした時のように文字が打ってある。


『元の世界に行く方法を相談したいんだけど』


 東雲はその画面を少しの間見つめてから、口元だけを緩ませて扉を大きく開けた。もしかしたら最初は部屋の前で適当に桜をあしらうつもりだったのかも知れないが、スマホの画面を見て気が変わったようだ。


「で、どこが分からないんだい?」


『なるほど。この会話方法だと他の人には伝わらないね。壁に耳あり、障子に目あり、とはよく言ったものだけど、この状況だと君の行動はとても正しいのかも知れない』


 東雲は桜の機転の良さに感心していた。

 だが、この方法を思いついたのはもみじである。桜は東雲の言葉を否定しようとも考えたが、スマホで打つのはそれほど得意ではないため早速本題に入ることにする。


「ああ、ここの部分だよ。なんかさ、分かりにくい表現だろう?」


『おそらく東雲君も見ていると思うけど、教室にあの王女が入った姿を見ている。見ていない人も多いみたいけど』


 桜と東雲はそれから何の内容もない会話をしながら、スマホの画面に文字を打ち続けた。


『なるほど。織姫君もあの姿を見たのか』


『ああ、だから東雲君の言葉が引っかかった。王女が元の世界への行き方を知らない筈がないんだ。俺たちの教室に来たんだから』


『そうだね。僕もそれについては同意見だ。王女は元の世界に行く方法を必ず知っている。だけど、問題はどうやって帰るかだ。だけど、彼女はその方法を隠している。あの場で追及してもしらを切られると思ったから僕は身を引いたんだ。彼らに悪印象を与えて、処理されるのも嫌だったらね』


『そうだね。俺もそう思う』


 処理、とはおそらく殺される事を危惧したのだろう。

 この国の人たちは現在二年二組の生徒に優しいが、いつ牙を向くかが分からない。そうなれば自分たちは無力である。

きっと抵抗する間もなく殺されるだろう。

彼らは剣も持っていて、魔術もある。

逃げる事も出来るだろが、この世界の事は何も知らない。今いる場所が海に囲まれている可能性だってある。そうなれば、逃げると言う選択肢が最も悪手となるだろう。


『でも、問題はどうやってその方法を探すか、だよ。手がかりが殆どないに等しい上に、この寮以外は奴らに見張られている。彼らの付けるメイドや執事などの従者、あれは多分お目付け役だろう。僕たちが怪しげな行動をすれば、きっと彼らから上に報告される。はあ、全くもってこの問題は難儀だよ』


 東雲は両手を上げて降参した。

 帰る方法があることは分かっている。

 だが、それに達する方法が分からないのだ。


『そうだね』


 桜も手がかりなどほぼ持っていない。

 あるとすれば、もみじから教えられた神に書かれた英単語だけだ。手がかりかどうかも怪しい英単語であるが、もしかしたら元の世界に帰る手掛かりがあるかもしれない、と淡い希望を桜は抱いている。


『それで、織姫君はこの部屋に何をしに来たんだい? もしかして僕と帰れない事への傷のなめ合いでもしに来たの?』


『いいや、違う。俺は一つだけ手がかりを持っているんだ。東雲君にその協力のお願いにね、今日は来たんだよ』


『協力?』


『ああ。元の世界に帰るには俺だけの力だけでは無理だ。だから協力者を探しているんだ。決して異世界の人に情報を売らず、信頼できるメンバーがね』


『その協力者が僕ってわけ?』


『頭が回って、元の世界への未練も残っている。それに信頼のおける同郷。あまり喋ったことはないけど、他にいる数多くの人よりも信用できると思った』


『なるほど。いいよ。協力するよ。僕は絶対に元の世界に帰らなければならない。ここの世界は優しくていい世界かも知れないけど、僕は父母がいる世界に愛着がある』


 二つ返事で東雲は言った。


『よろしく。絶対に一緒に元の世界に帰ろう』


 東雲からいい返事が聞けると、桜は納得したように頷いた。それでもお互いに相手の黒い眼を覗くのだ。

どちらも確かめる事と言えば、相手が裏切らないかの確認だ。

 直感的に二人とも相手に嘘はない、と思った。


『それで手がかりってのを教えてくれる?』


『ああ、いいよ』


 それから桜は自室にあった紙について喋り始めた。話の途中で幼馴染のもみじにもこの話を共有している、と桜は東雲に言った。

 もみじについて疑っている様子であったが、桜が自室にメッセージがあると見つけたのも彼女と告げると一旦は信頼したようだ。


『“doubt”と“think”ね。じゃあ、僕の部屋にもあるという事か。よし、探してみよう。織姫君、探すのを手伝ってくれるかい?』


 桜は頷き、出来るだけ音を立てないように注意しながら東雲の部屋の探索が始まった。

 それから十数分もの間くまなく東雲の部屋を探して、その紙はやっと見つかった。東雲の部屋にある机には引き出しがついており、一見すると何も入っていないのだが二重底になっていて中に紙が入っていたのだ。


 その紙に書いてあった単語は“search”だ。

 意味は探すや探索だろうか。

 探せ、という意味でいいのだろうか。


『織姫君の言う通り、本当にあったね』


 東雲は紙を見つめている。

 用紙自体は桜が見つけた者と同じく、分厚くて荒い紙だ。その上に炭のような物で荒々しく書かれている。筆記体でないのは、読む人を考慮してだろうか。

 紙自体も乱雑にちぎられており、正方形とは言い難い。


『これの持ち主が何を考えてこれを入れたのかは分からないけど、俺たちにとっては最大の手がかりだ』


『そうだね。きっとこの文には意味がある筈だ。もしかしたら全ての部屋に同じような紙があるかも知れないし、同じような単語が書かれているかも知れない。よくある推理小説だったらこのメッセージを全て集めたら謎を解く手がかりになるんだけど』


『俺も出来れば全部集めたいけど、全てのクラスメイトにこの説明をするのは危険だと思う。何かの隙に探すしかない』


『そうだね』


 それから桜と東雲は今後について相談し合った。

 桜は元の世界に戻る方法についてさっぱり見当がついていなかったが、東雲は元の世界に戻る方法について、このように予測していた。


『これは可能性かも知れないけど、元に戻る鍵はもしかしたら魔術にあるのかも知れない。魔術書を読んでみたけど、現代科学でも再現が出来ないことが数多くあったから、。だ確定ではないけど、僕は魔術について詳しく調べてみるよ。こんなに分厚い本を読むのは骨が折れるけどね』


 東雲は桜がカモフラージュで持ってきた辞書のように分厚い本を指差しながら笑った。

 今後の方針としてはもみじが女子の中から情報を仕入れて、東雲が魔術を探求する。桜の役割は大まかに情報の共有だと言った。面識がほぼないもみじと東雲が直接顔を合わせるのは、他の者から疑われるだろう、という判断からだった。

 

 だが、やはり結論としては大きな行動はせずに、他のクラスメイトの部屋内を探索するという結論に達した。

 王女達の目を欺くためである。

 目を付けられて調査が滞るのも嫌であれば、排除されるのももっと嫌だった。


『そう言えば他に聞きたいことはある、あるいは気づいた事なんかがあれば教えて欲しい』


 例えどんな小さな手がかりでも、桜は元の世界に戻る為に知りたかった。

 東雲は暫く考えてから思い出すように言った。


『……そうだね。ああ、そう言えば僕が疑問に思っていることがあったよ。今の状況を受け入れているという人が多いのが不思議なんだ。僕は今の状況を考えると、夜もまともに眠れないんだ。外で何かの音が鳴るたびに起きてしまう。まだ僕はこの異世界に戸惑っているよ』


 東雲の話に、ああ、なるほど、と思った。

 確かに常軌を逸脱する体験にあった割には、受け入れている生徒が多い。中には今の状況を秋山のように楽しんでいる者さえいる。

 だが、桜はその理由を知っていた。


『テンプレっていうらしいよ。最近流行っている小説に、こんな設定の本が多いんだって、どうやらよくある事らしい』


『そうなんだ。だから皆が受け入れているのか。僕は読んだことがないから、まだ受け入れてないけどね。こんな目に合うなんて考えもしなかった』


 はははと東雲は笑った。

 きっと彼は様々な恐怖におびえながらも空元気で頑張っているのだろう。その姿が桜にはとても痛々しく、またたくましくも見えた。


『そうだね。俺も本当にそう思う。漫画やアニメと同じ目にあるなんて思ってなかった』


 桜も同じうように笑う。


『まるで僕たちが登場人物の一人になったみたいだね』


『俺もそう思う』


 同じ気持ちを確かめった二人は互いに微笑んだ。

 それから東雲は桜へと右手を差し出した。


『これから僕たちは同じ船に乗るんだ。握手くらいはしておかないとね。これからよろしく。織姫君が声をかけてくれて本当に嬉しかった。きっと僕一人だったら元の世界へと帰る方法を“他の方法”“探ろうなんて思いもしなかったと思うんだ』


 東雲は左手で打ったスマホを桜へと見せた。

 その表情はとても穏やかであり、どこかほっとしたようにも見えた。

 桜はそんな東雲の右手を強く握りしめてから話した手でスマホへと文字を打つ。


『ああ、俺こそこれからよろしく。俺こそ、東雲君の言葉がなかったら王女たちを疑いもしなかったと思う。本当に感謝しているし、これからも頼りにしているよ。じゃあ俺はこのままもみじの部屋に行くよ。一応の情報共有としてね』


 桜はそうスマホを見せて立ち上がろうとすると、東雲が腕を掴んで止めた。

 そしてすぐに思い出したように急いでスマホへと文字を打つ。


『そう言えば――もう一つ気になることがあったんだ』


『なんでもいいよ、教えてよ』


『情報を得ようと、この城にある図書室に行きたかったんだけど、許可が下りなくてね』


『俺もそうだよ。入れなかった。読むだけで危険な魔術書があるって断られたよ』


 桜はメイドと楽しく城を探検した事を思い出した。

 中に入ることが出来なかったのは図書室だけではない。殆どの部屋が入れなかった。また道も複雑であり、覚えるのも大変だった。一人だと迷いそうな道だ。


『僕たちはこの世界の事を何も知らない。やっぱり情報が一番大切だと思う。魔術だけではなく、この国の事をもっと知ることが』


『そうだね。俺も探してみるよこの世界の情報を得る方法を』


 と言って、桜は東雲の部屋を出た。

 それからもみじの部屋に向かい、情報共有を行う。東雲との話も伝えた。

 彼女から聞いた話と言えば、執事や貴族、また王族などと仲良くなった女子生徒が多いという事だった。

 どうにも美男美女が多いこの国の者に、惚れるクラスメイトも少なくはないらしい。

 確かにじゃがいものような顔が多い同級生とは何もかもが、雲泥の差と言えるだろう。もしかしたらこの国も者と恋仲になるクラスメイトもいるかも知れない。


「羨ましい限りだ」


 桜の好みの女性も何人かいたので、思わず本音が口から漏れてしまうともみじは優しく微笑みながら言った。


「駄目よ。彼女たちに誘惑に負けたら。だってあなたは私の彼氏なんだから」


 仮なんだけど、と桜は大きな声で言いたかったが、もみじの部屋に入り浸っている状況では彼氏彼女という関係のほうが違和感がないので何も言わなかった。

 尤も、彼女自身は恋人関係の事をまだ誰にもばらしていないらしいが

 桜は暫くの間、もみじと雑談を交した後に?手巻き式の腕時計を見ると、そろそろ夕食の食べる時間となっていた。

 夕食の食べ方は二種類ある。城まで行って豪華なフルコースを食べるか、メイドに頼んでこの寮の前まで料理を持ってきてもらうかだ。だが、この寮で食べる場合の料理は城でたべるものと比べるとクオリティが落ちており、また品数もそれほど多くない。大きなお皿に野菜や肉、それに主食が乗ったワンプレートの食事が多いのだ。最も、味はとても美味しいが。


 今日は城に行くのも面倒なので寮で食べようかと思って、もみじの部屋のドアを閉めた時に同じく部屋を出ようとしていた秋山と目があった。


「あ、奇遇だね!」


 秋山はとても嬉しそうな顔で桜に近づくが、ふと足を止めた。それから桜の出てきた部屋と桜を何度か目を移動させてからにやついた表情で言う。


「ああー、そう言う事なんだね」


 まるで桜を茶化すように秋山は肘で突いた。


「意外と桜ってさ、手が早いんだね。まさか赤雪さんとねんごろになっているとは思わなかったよ」


「はは」


 桜は乾いた笑いしか出なかった。

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