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第七話 魔術

 午後からの訓練は武器を使った演習ではなく、座学だった。

 先日にステータスを測った場所に二年二組の生徒が集められている。まだ全ての生徒が集まったわけではないが、既にいる者達は談笑したり、昨日に貰った魔術書を興味深そうに隅から隅まで見ていたりしていた。


 桜も一番後ろの出来るだけ目立たない位置に座り、昨日貰った魔術書を机の上に広げてみている振りをする。

 “なぜか魔術書に書いてある知らないはずの文字が読める”のだが、内容を見る気は全くない。

 知らない言語が読めるという感覚が、気持ち悪かったのだ。

 だから真面目な生徒を演じている振りだけである。クラスでは出来るだけ目立たないように当たり障りのない行動だけをしていた。


「織姫君は真面目だね。休憩時間にまで魔術書を読んでいるなんて。ふふっ、もしかして早く魔術を使いたいのかな? その気持ちは僕もよく分かるよ。昨日の夜は僕も魔術書を読んでいたからね」


 だが、とても親し気に秋山が喋りかけてきた。

 やはり懐かれたようである。

 桜は目立たないようにしていたいが、どうやら秋山から話しかけていることでこちらへと注目する同級生も何人かいた。

 その中の一人が桐山であり、こちらを睨みつけるように見ていた。

 桜はそんな視線を無視するように言った。


「でも、魔術は全然使えるようにならないみたいだ。手から炎も雷も出ないからね」


 もちろん桜はそんな事は試したことがない。

 試す気にもならなかった。


「僕もだよ! 僕も試してみたんだ! でもね、やっぱり何も出ないんだよ。やっぱり魔術を使うには儀式を終えないと使えないみたいだね」


「そうみたいだね」


 桜は昨日、クラスメイトと共にこの城にいる初老の頭が禿げた宮廷魔術師から、魔術の講義を受けた。

 魔術というのは、体内の魔力を用いる事によって世界を変える事ができる現象の事である。また魔力だけではなく、魔術の行使には詠唱も必要であり、使用する魔術の種類によって必要な詠唱も魔力の量も違うようだ。

 強力で複雑な魔術になればなるほど体内から減る魔力は多くなり、詠唱も長くなっていく。


 魔術は一度覚えると発動させるのは簡単だが、覚えるまでが難しいという話だ。

 例えば指先に明かりを灯す魔術であっても、解読に一日ほどかかる魔術書を読まなければならない。

 また個人によって差はあるが、これまで魔術を使っていなかった桜たちは幾つかの儀式を行わないと魔術を発動させることが出来ず、昨日はその儀式の一段階目をすることで終わった。


「でも最初の儀式であるあれを飲むのは苦労があったよね」


「そうだね」


 まずそうに飲む仕草をする秋山に、桜は頷いた。

 桜は昨日の儀式を思い出す。

 最初の儀式は怪しげなワイングラスに注がれた緑色の飲み物を体内に入れる、という事だった。得体の知れないそれを飲むのに躊躇したクラスメイトは多かったが、騎士の何人かが毒が入っていないことを示すように飲んでいたので抵抗感が減ったので、最初に勇気を出した神倉が飲み始めたのをきっかけに多くのクラスメイトが飲み始めた。


(実は俺、ハッカの匂いって嫌いなんだよね)


 だが、桜は飲んでいなかった。

 最初に飲んだ神倉が緑色の液体を、「例えるならハッカの味」と言っていたのでこっそりと誰にも見つからないように秋山のグラスに加えたのだ。

 だから実は秋山は緑色の液体を二杯も飲んでいるのだが、未だに気付いていないようである。体に変化もないようでよかった。


「そんなにじいーっと見てどうしたの?」


 秋山はずっと桜から見つめられている事を不思議に思っていた。


「いーや、なんでもないよ。楽しそうだな、って思っただけだよ」


 桜は誤魔化すように言った。


「そうなんだ。てっきり僕の顔に何かがついているのかと思ったよ」


「安心してよ。何もついていないよ」


 ずっと秋山を見ていたのは観察していたからである。

 異世界の住人が出した怪しげな液体を二杯も飲んだのだ。体調に変化がないかどうか調べているのである。

 だが、見る限りは何も変化がない。

 やはりあの緑色の液体は安全なものなのか、と思った。もしくは影響が直ちに出ないものか。


(もしも次に飲む機会があったら飲んでもいいかもしれない。ハッカ味は嫌いだけど)


 桜は魔術を使うために緑色の液体を飲む事も考えたが、やはりハッカ味と言うのは受け入れがたい。

 でも、魔術に興味がないと言えば嘘になる。

 桜が己の中で激しく葛藤しているうちに全てのクラスメイトが教室内に集まって、昨日と同じ宮廷魔術師が授業を行った。


 最初の講義は魔術の説明だった。星の数ほどある魔術の中でのどのような魔術を選び、覚えるか。一つの魔術を覚えるだけでも時間がかかるので、自分にあった魔術を覚えるように宮廷魔術師は言った。

 

「魔族と言うのは厄介な生き物です。彼らも魔術を使います。単純な魔術の身なら対処も簡単ですが、彼らは時に人に化けて、人を操り、人を呪う事もあります。それら以外にも多くの魔術を覚えているでしょう。その対処を学ぶのも、戦うのには大変役立ちます」


 おそらく宮廷魔術師は単純な魔術ばかり覚えるのは避けた方がいい、と遠回しに助言しているのだろう。

 覚えられる魔術には副次的なものも多く、中には先頭に全く役立たないものもあった。


「でもやっぱり、覚えるなら戦闘系がいいよね。僕は火って柄じゃあないから、できれば雷か氷の魔術を使いたいなあー」


 隣にいる秋山が小声で話しかけてきた。

 彼のような意見を持っている者は多く、最初に覚える魔術は自然に関連する魔術を選ぶ者が多い。

 例えば火の玉を生み出したり、氷の矢を放ったり、雷撃を放つような魔術だ。

 ほとんどの生徒達がそのような魔術を覚えようとしていた。


 それから数多くある魔術の説明が終わった。

 中にはこの職業ならどんな魔術が向いているのか、戦闘にはどういう魔術が有能なのか、また魔族を炙り出す魔術などだ。

 どれもサポート用の魔術ばかりで、昨日に説明を受けた嵐を生み、海を荒れさせ、空を割るような大層な魔術と比べると地味なものばかりだったので桜はどれにもあまり興味は持てなかった。

 そんな桜の意見は秋山だけではなく、他の生徒達も一緒のようである。

 

「さて、魔術を決めるのは遅くなっても構いません。本日は次の儀式に移ろうと思います」。


 魔術を発動させるために必要な準備は一つや二つではないらしく、宮廷魔術師は以前に魔術を発動させる体づくりのための儀式は二週間ほどかかると言っていた。

 そんな儀式の二つ目の儀式が始まるのだが、桜は無表情で考え事をしていた。一つ目をしなかったら、二つ目は意味がないのだろうか、と。

 きっと意味はないのだろうなあ、と桜が思っていると、机の上に足を置きながら宮廷魔術師の話を聞いていた桐山が声を出した。


「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだがいいかよ?」


 桐山のぞんざいな態度に顔をしかめている二年二組の生徒は多いが、魔術師たちこの異世界の人々は不快にも思っていないようで能面が張り付いたような笑顔でニコニコとしていた。


「はい、何でしょう?」


 だから禿頭とくとうの宮廷魔術師は微笑みながら言った。


「その儀式ってやつ、短縮はできねえのかよ? いくらなんでも長えよ。オレはもっと手っ取り早く魔術ってのを使いたいんだよっ!!」


「……申し訳ございません。それは難しいと思われます」


「理由を言えよ!」


「性急な儀式は体に負荷がかかります。過去にはそれが原因で心が壊れてしまい、廃人となった人もございました。今では体に負担がないように、余裕を持って儀式を行う事にしております。私としてはおすすめはしませんが、もしもご希望されるなら儀式を一日の間に連続して行う事も致しましょう。それが勇者様のご意志と言うなら――」


 宮廷魔術師はゆっくりと言った。

 桐山はそれ以上何も言わず不快そうに大きく舌打ちをした。


「さて、それでは今日の儀式に移りましょう。魔術を使うには幾つかの過程があり、昨日は魔力を体になじませる為に聖水を飲みました。今日は肌に魔力を流すために聖油を体に馴染ませます。それでは、聖油を用意しますので、肌に塗ってください。全身とは言いません。手の平程度で十分でございます」


 宮廷魔術師が執事の一人に声をかけると部屋の中にメイドや執事が入ってきた。

 彼らは一人につき一つ手に小さな器を持っていた。その中に聖油が入っているのだろう。桜の元に来たメイドは、先ほど城内を案内してくれた水色の髪をした少女だった。

 彼女の桜へと可愛らしく微笑んでから机の上に聖油を置く。

 桜は置かれた聖油を見つめた。

 手で仰ぐように聖油の匂いを嗅ぐ。やはり匂いとしてはミントに近いだろうか。思わずため息を吐きたくなった。


「やっばい、これ、めっちゃいい匂いしない! それに肌によさそうだし」


 女子の一人が講堂内に響き渡るように言った。

 最初に聖油を肌につけたのも、その女子だった。髪の毛を茶髪に染めたギャルの一人である。


「ウケる―、これ! めっちゃ肌がすべすべするし。ほら触ってみてよ。めっちゃ潤うって感じ―、顔にも塗ったら美容にもいいかもー」


 手の甲に垂らして薄く広げた聖油をもむようにギャルは肌に馴染ませた。

 すぐに聖油は肌に染み込んだようだ。

 最初にギャルが抵抗感もなく聖油を縫ったので、他のクラスメイトも塗り始めた。ある男子生徒は両手で揉むように聖油を塗り込み、ある女子生徒は肌を軽く叩きながら聖油を薄く伸ばす。


「ねえ、みてみてよ、肌色がよくなったように思えるね」


 隣にいる秋山もてかてかとする右手を見つめながら言った。彼は右手の肘から先にまんべんなく塗ったようだ。

 桜は聖油をじっと見つめて、どうやって塗らずに誤魔化そうかと思った。

 やはりミントの香りは好きではない。

 桜はこっそりとポケットに入れていたハンカチに聖油を吸い込ませることで事なきを得た。体のどこにも塗っていないが、桜に注目するクラスメイトは少ない。誤魔化すには十分だった。

 全てのクラスメイトが聖油の入った瓶を空にすると、宮廷魔術師は、本日はここまで、と言った。先ほども言ったように早急な儀式は体に大きな負担があるようだ。


 まだ桜の持っている腕時計で夕方の時に、二年二組の生徒は解散となった。

 講堂の中から多数の生徒が出ていく。ある女子生徒は美しい執事と腕を組みながらどこかに姿を消して、ある男子生徒は訓練場にメイドと共にむかった 。きっと剣の修業に励むのだろう。またある生徒は図書館への入場許可を宮廷魔術師に頼んでいるが、交渉はうまく行っていないらしい。


「織姫君はこの後どうするの?」


「……のんびりと過ごすよ。秋山はどうするんだ?」


「僕? 僕はね、魔術が早く使いたいから魔術書の解読に勤しむよ。先生から聞いたんだけど、魔術が使えない状態でも魔術書を読み込むのは損じゃないらしいんだ。この中で僕が最も早く魔術を使いたいからね」


「頑張ってよ」


 秋山は分厚い本を持って、元気よく行動から出て行った。

 桜は講堂から出るのは他の生徒達に比べて比較的遅かった。

 “とある生徒”を視界から外さないように観察していたからだ。ふと、講堂を出ていくもみじと目があった。


 ――任せたわよ、と彼女は無言で語っていた。


 もみじは少しだけ微笑むと友達らしき数人の女子生徒と共に行動から出て行った。それから桜のお目当ての人物も講堂から出ていく。

 ――学級委員長の東雲だ。

 彼を追うように桜は講堂を出た。

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