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第四話 宿舎

 ステータスプレートを騎士に預けた桜たち二年二組の生徒は、次にこれから泊まる宿舎を案内された。

 桜も神倉のような優秀な職業に目覚めたクラスメイトと同じ宿舎に案内されるようなので、少しだけほっとした。どうやら職業に区別なく、全てのクラスメイトが同じ宿舎に案内されるようだ。


 そのためにいったん外に出て、城から遠く離れた場所にある建物へと移動する。

 外は暗かった。まだ夕方だと言うのに。先ほど、自分たちが呼び出されたドームを出た時は地下から城に繋がっていたので気にはならなかったが、どうやらここの空に太陽はなく、上を見ても深い闇しか見えない。

 その現状を騎士はこう語る


「ああ、太陽が無いことが不思議ですか? 実はですね、魔王に太陽を奪われたのですよ。だからここでは昼でも暗いままです。まことに情けない話ですが」


 ということらしい。

 桜たちはつぎはぎのない巨石で作られた道を通って、自分たちが暮す建物へとたどり着いた。そこは周りが石ばかりで出来た道の中で、唯一土の上にあった。木々も周りを囲むように侘しいと思えるぐらいには立っているが、どれも枯れかけだ。


 土の上に建っていたのは、それは只の家の様だった。


 だが、これまで見てきた建物とは大きく違う点があった、これまで桜たちが見てきた建物は煉瓦や巨石、はたまた大理石など殆どが石、もしくはコンクリートなどで作られていたが、桜たちが暮らす家は木造だった。

 ぽつんと木造の建物が浮いたように立っている。これから桜が住む寮だった。


「ここはですね、過去に勇者様を呼び出した時に作った建物でして、勇者様が元の世界に帰った時のままで残してあります。その時の勇者様とは、私たちが入らない場所を欲しいとおっしゃったので、その時の盟約通り、私たちは誰も入っておりません」


 と、この建物についてここまで案内してくれた女中の一人が説明する。

 彼女はメイド服を着た妙齢の美しい女性だった。背筋がすっと通っており、大人の魅力を兼ね備えた銀髪のメイドだ。

 桜はそんな彼女の話を聞きながら、建物の壁を何度か手で確かめるように叩いた。こんこん、と乾いたいい音がなる。

 メイドは持っているカンテラで辺りを照らしているので、桜は屋敷とカンテラを交互に見て、物騒な事を思っていた。


(この寮はよく燃えそうだな。この国の明かりはロウソクやカンテラなんかが多いし。ドジな奴が寮に火をつけなかったらいいけど)


 一度火が付いたら全焼しそうであるので、そうならないように願おう、と桜は欠伸をした。

 桜自身はキャンプの時にランタンや焚火などの火を何度も扱ったことがあるので、こういったことは得意である。だが、慣れていない生徒だとランタンの扱いにはてこずりそうだ。


「ですから――掃除をお願いいたします」


 桜が話を聞いていなかったので、銀髪のメイドは桜の目と鼻の前に立って言った。少し桜が体を傾ければ、唇が重なりあいそうな距離である。桜は暫しメイドの美しい顔をみつめると、すぐに離れると彼女は持ってきたバケツと雑巾を桜へと続けた。


「この寮は異世界の勇者様たちが帰られた後は誰も入っておりません。ですから掃除をお願いいたします。もちろん掃除道具は私たちが用意します。おそらく埃が溜まっているでしょうから」


 それから桜たちの自室の掃除が始まった。

 部屋の中に必要なものはどうやら執事や女中たちが用意してくれるらしい。

 桜たちはそれぞれが自分の好きな部屋を選んで、掃除をすることになった。


 中は寮のような構造である。一階には大きなリビングとキッチン、それに男女に分かれた風呂場があり、寝泊まりする部屋が幾つかある。また部屋は一階だけではなく、二階、三階もあり、横に長く作られた建物の中には全てのクラスメイトが暮らすには十分すぎるほどの部屋数が用意されていた。


 桜はそんな中で一階の部屋を選んだ。

 利便性が高そうなリビングや階段に近い場所ではなく、玄関から最も遠い場所の角部屋だ。人気がある部屋は眺めがいい三階の部屋やリビングなどに近い部屋だ。それらはクラスメイト達がじゃんけんなどで争っているが、桜の選んだ部屋は人気がなく、すぐに獲得することができた。


「はあ、やるか――」


 埃まみれの部屋をみて憂鬱げに呟いてから、桜は明かりとして受け取ったカンテラを壁にかけてから部屋の掃除を始めた。

 部屋の中は埃が多少積もっていたが、シンプルな内装だった。ベッド、一人用の机と椅子、それに何も入っていない本棚、クローゼットの中にはここにいた昔の住人が使っていたであろう黒いジャケットが入っていたが、他には何もなかった。


 桜は黙々と自分の部屋の掃除を続ける。ハンガーにかけた制服のブレザーは、黒いジャケットの隣に置く。黒いジャケットは埃を払ってみるととてもいい生地をしていたので、捨てる気にはならなかった。


 桜はぞうきんやほうきなどで黙々と掃除を続けた。

 建物の外にいる女中たちに頼み、ベッドの全てのシーツを新しい物と交換してもらう。もちろん枕は中身も交換してもらった。


 掃除があらかた終わると既に時計の時刻は六時を超え、女中たちが食事を持ってきてくれた。それをクラスメイト達は受け取り、それぞれがリビングで適当に食べて今日は終わった。

 本日の料理はパンとサラダ、それに肉のソテーだった。サラダは海草がメインなのがちゅるりとして食べやすく、肉は脂身が少ないのでさっぱりとして食べやすい。

 どれも美味しい料理ばかりだった。

 食べ終えた桜は満腹になった腹を摩りながら自室のベッドへと横になる。

 今日あった事を考える。


「――で、俺たちに一体何があった?」


 思えば、自分に起こった事は不可解な事であった。

 突然異世界に呼び出されて、魔王を倒せという。クラスメイト達の多くは受け入れているが、桜はそうではなかった。

 国王、神官、魔法、魔王、ステータスプレート、それに――名探偵という職業、桜には分からない事ばかりだった。


 今でも夢の中にいるのではないかと思う。

 ふと桜は学校に持ってきていたスマホを手に取った。充電はまだ残っている。時刻は7時34分と表示されていた。電波はなく、新しいメールやSNSも届かない。

 学校へと持ってきていた荷物も女中たちがあの神殿のような場所から取ってきてくれたので、鞄は机の上に乱雑に置いていた。財布と鍵しか必要なものは入っていない。二つとも今では役に立たないものだ。

 スマホの明かりをぼんやりと眺めていると、ほんのりとした温かさがどうしようもなく今が現実だと自覚させられる。


 それでも思う事は一つ――元の世界に帰りたい。

 元の世界でやり残したことがある。会わなければならない人たちがいる。“どんな手を使って”も桜は元の世界に帰ると決めていた。


「ああ、そう言えば、この世界にもみじも来ていたな――」


 桜はそんな時、異世界に召喚された二年二組の中で昔からの知り合いであり、俗にいう幼馴染が共に召喚された事を思い出した。

 名前は赤雪もみじ(あかゆき もみじ)と言い、幼き頃はよく遊んだ仲だ。今でも頻繁に会っており、特に彼女の祖父が開いている道場にはほぼ毎日通っていた。


「考えを纏める為に話に行くか――」


 桜にとって、もみじは最も信頼できる友人の一人だ。

 だからこの相談にも乗ってくれるだろう、と思ったので彼女の部屋へと遊びに行くことにした。

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