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名探偵サクラ ~魔王を倒せと言われたけど、職業が名探偵なので倒すビジョンが思い浮かばない件について~  作者: 乙黒


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第四十六話 門

 桜は二日前の事を思い出す。

 あの時、桜は礼香の部屋でどうやって指輪を使えばいいかを考えていた。

 恵ともみじから得られる情報は数多く桜の耳に入ってきた。数々のプライズの情報だ。その中で気づいたことと言えば、多くのプライズと呪文がセットだという事。もみじがまとめくれたノートの中には他のプライズを発動させるための呪文が多数書いてあった。

 桜は指輪を付けて、その言葉を一つずつ言ってみるが全く反応がなかった。代わりに礼香からは不審者のような扱いを受けたが。


 数多くの呪文を見つめて桜は共通点を探すが、残念ながらどんな地球の言語とも似ていないそれらを解読することなど桜にはできやしない。共通点すら見つける事ができなかった。

 分かることと言えば一つ。それは明らかに日本語ではなく、また日本語では発音が不可解な言葉も多いという事だ。


 中には発音が書ききれないものもあった。

 もみじ曰く、実際にゾラに発音してもらったようだが、その言葉は唇を上あごにくっつけて低く唸るように出して、それを声帯の奥で震えさすと言っていた。

 意味が分からない、と桜は思ったので、指輪を見つめながらアプローチを変える事にした。無暗に言葉を発したとしても思うような結果には繋がらないと。


 ――最初に思い出したのは、ゾラが教室に入ってきた時の事。事の発端だ。ヒントがあるのならあの日の彼女だと思った。


 桜は深い記憶を呼び起こす。

 あの日の彼女はどのような姿をしていたか。どのような言葉を発していたか。仕草は。表情は。その全てが指輪を発動させるヒントになるのではないか、と桜は考えた。

 すると、桜は指輪の付ける位置を思い出す。

 あの時――ゾラはこの指輪を左手の薬指に付けていたことを。桜も同じ場所に付けた。


 ドクン、と心臓が鳴った気がした。

 そう言えば、古代ギリシャに置いて左手の薬指には心臓に繋がる太い血管があると信じられていた事を思い出す。

 これが発動の条件の一つなのか?

 もう一つ、呪文の事を考えた時に桜は日記の持ち主の事を考えた。


 この鍵の事を教えてくれた日記の持ち主だ。

 彼、もしくは彼女は言った。

 元の世界に戻るには“門”を開ける必要があると。この鍵はその“門”を開く鍵であると。

 また、その日記には門を開く呪文が書いてあった。あの呪文は鍵なしに門を開く呪文らしいが、鍵であるこの指輪と共通点があると思ったのだ。

 桜は戯れにその言葉を発してみる事にしてみた。理由などない。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの下手な一発だ。


「いあい――」


 その瞬間、桜は左手の薬指が締め付けられた。

 自分の中で大切な“何か”が減っていくと共に、意思とは無関係に呪文を口から流れ出す。口を開いたまま、耳がよじれるような獣の声を出すのだ

 呪文を発した桜にだけ、その言葉の意味が分かった。

 きっとこれは指輪の創造主への讃美歌であり、呼びかけなのだろう。人の言葉ではないのは、作り出したのがきっと人ではないからだ。

 桜はあの時、自力で止めた言葉を今度は止められなかった。

いや、もしかしたらこの呪文を考える事すら本当は必要ないかも知れない。この指輪を左手の薬指に付けるだけで、呪文は指輪が教えてくれるのだ。それは桜の知らない記憶であり、呪文は途中から日記に書いていたものではなかった。

知りもしない呪文を桜は口から唱えるのだ。


「あんた、何気色悪い声出しているのよ。さっさとやめなさいよ」


 桜がその言葉を止められたのは、礼香に頭を叩かれたからだった。

 だが、既にもう遅い。

 呪文はもう既に唱えてしまった。

 桜の目の前に“門”が開かれる。

 それは色がなく、目の前の空間がいびつに捻じ曲がるだけだった。桜の目の前にある机が上下左右に渦巻き、色が乱れる。横へと移動してみれば先にあるベッドが同じような光景になるのだ。


「これ、一体何だし――」


 桜を止めた礼香は腰を抜かしながらその“門”を見ていた。


「俺が求めていたものだよ」


 その一方で、通常の思考を取り戻した桜は、にたあ、と笑った。

 これが――探していた門だと。

 この門を通れば今すぐにでも元の世界に戻れるのではないかと桜は思うが、それは“フェア”じゃない。この門で帰りたい者は他にもいるからだ。

 桜は持っていない記憶で、開いた門を閉じた。まるで息を吸うように。


「はあ、どう言う事か。説明しろし」


 消えた門を見つめながら礼香は桜へと言う。

 桜は歓喜の意を押し殺したまま、礼香へと全てを説明することを決めた。


 ――桜はそんな記憶を思い出しながら、左手を後ろに向けた。

 四人の仲間達には邪魔だと言う視線を向けると、四人は桜の左手の先から飛ぶように離れた。


「皆さん、織姫さんを止めて下さいっ!」


 ゾラが周りにいる騎士たちに命令するが、桜は怯えた様子もなく言う。


「いいけど、本当にこっちに来ていいのかよ?」


 桜は目で床へと目をやった。

 五人とゾラ達の間にはいくつかの石が並べてあった。


「……姑息なっ!」


 ゾラが初めて慌てた顔で唇を噛んだ。

 その石には――歪んだ五芒星を稲妻が貫いている模様が描かれてあった。どれも桜があの寮の地下室で拾ったものであり、ゾラ達異世界人が踏む超える事の出来ない境界をつくるものだ。

 桜はこの模様の事を知った時、始めは半信半疑だったが、こうして彼女たちが実際に踏み越えないのを見るとこの紋章の強さが分かる。


「あんたはそこで、俺の様子を眺めているといい。この指輪を使う俺の様子を――」


「ぐ、ぎっ!」


 ゾラが悔しそうに口を歪めた。

 桜はそんな彼女の様子を愉悦した笑みで睨みながら知らない呪文を唱えた。


「いあいあ――」


 それから桜は禁断の言葉を紡ぐ。

 礼香の前で発した言葉と一緒だ。

 人類に許された言葉ではなく、人の耳に聞くにはあまりにも耐えがたい言葉だ。聞いているもみじ達には桜の言葉が不協和音に聞こえており、もし指輪を使うのが目的でなければすぐに止めるべき言葉だ。

 桜の声を聞くだけで吐き気がし、脳内がかき回されるような感覚に思わず酔いそうになる。


「……その言葉に、どんな危険性があるのか分かっているのですか?」


 負け惜しみとばかりに言うゾラの言葉に、桜は耳すら傾けなかった。

 日記を読んだ時に自然と言葉を発したわけでもなく、指輪に命令されたかのように呪文を唱えたわけでもなく、桜は元の世界を想像しながら自分の意思で最後まで言い終えた。

 自分の中から大切な何かが失ったように喪失感を感じ、気を抜けば意識が飛びそうになりそうで思わず左手で頭を押さえた。

だが口から漏れるのは――歓喜だった


「くっ、くっ――」


「何がおかしいのですか?」


 ゾラは桜を睨み乍ら言った。


「いや、嬉しいんだよ。こんな狂った世界から元の世界へと戻れることが、な」


 桜は左手の先に生まれた“門”を見つめた。

 それは以前に礼香の部屋で生み出したものと同じであり、空間が歪んでいた。先にあるものが歪に見える。

 桜は湯上がった頭で四人に言った。


「あの門に飛び込め! 元の世界に帰れる筈だ!」


 だが、四人は門を目の前にして、戸惑うように足を止めた。

 この門に本当に入って安全なのか、人としての本能が軽傷を告げたのだ。

 門を創造した桜はこれがそう長い時間は続かない事を知っている。短時間に二度の門の創造は不可能に近い。きっと石で彼らを阻んだとしても、通れる誰かを呼ばれれば桜たちは元の世界へと戻ることは出来ない。

 だから――


「さっさと行きやがれ!」


 ――桜は目の前にいたもみじの尻を思いっきり蹴った。

 もみじは耐える事ができず、門に頭から突っ込んだ。もみじは歪んだ空間の先に行き、その姿を失った。

 そんな様子を残る三人の友人は唖然と見つめ。彼らに怒鳴るように桜は言う。


「元の世界に帰りたくない奴はここにいろ! 俺の事を信用できない奴はここにいろ! あの門はじきに閉まる! 帰るチャンスは今だけだぞ!」


 三人の尻を叩いている暇などない桜は、大声で叫んだ。


「うおおおおおお!!」


 桜の言葉で覚悟を最初に決めたのは恵だった。大声を出すことにあまり慣れていないのか、引きつった叫び声と共に門の中へと身を投じた。


「もみじちゃんっ!」


 千里も消えたもみじを追うように門の中へと飛び込んだ。


「仕方ないわねっ! あたしもっ!」


 元の世界に帰りたかった礼香は、桜の事を信じて門の中へと消えていった。

 桜はそんな仲間たちを満足な様子で見つめながら、自らの身も門に向けて足を進めた。ゆがめた空間に入る。


「織姫さんっ!」


 そんな桜を止めるかのようにゾラは嘆いた。


「知っているのですか? あなた達はその指輪の力でこの世界へとやってきました。だからその指輪を失えば彼らは永遠に――」


 ゾラの言葉に桜は耳を傾ける様子もなく、石で作られた境界線の外側で彼らに向かって桜は“左手”で中指を立てた。

 金と銀の指輪が照らされる。思わずゾラは手を伸ばしてしまった。

 桜は彼らに最後まで左手を見せたまま、その姿を消える。そして桜が門に入った事で門は閉じ、後には何もない空間が残された。

 桜たちが消えた事を知ったゾラは、閉じた門を睨みながら大声で吠えた。


「いぃぃいいいいいいいいいいいいああああああああぐぅぅぅぅうごひょしゅああああ!!」


 それは美しい彼女には似合わない人ならざる声であった。

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