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名探偵サクラ ~魔王を倒せと言われたけど、職業が名探偵なので倒すビジョンが思い浮かばない件について~  作者: 乙黒


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第四十三話 海の花

 寮が火事になった時、神倉はクラスメイトを助けていた。

 次々に燃え盛る炎。尽きる事のない黒煙。それらに襲われた二年二組の生徒がパニックにならないわけがなく、寮内は嵐となりクラスメイト達は他の者を押しのけて寮から逃げようとする。他の者に踏まれる者もいた。逃げ遅れた者もいたが、神倉は持ち前の勇気と体力によって寮内で助けを求める全てのクラスメイトを救った。

 それにはどうやら聖剣の力を使ったようだ。神倉の腰に例の聖剣がぶら下がっている。

 寮内から助け出されたクラスメイト達は、燃え盛る寮を見つめながらメイド達の持ってきた毛布に身を包んで温かいお茶を味わっている。

 顔が煤で汚れて服の端が燃えた神倉はそんなクラスメイトたちの傍に立ちながら、火事にあったクラスメイト達を気遣っていて、同じようにお茶を飲んでいた。

 多くのクラスメイトを見ながら神倉は何人かが足りない事に気づいた。火事が起こる前から寮から離れた者だろう。そういった者を何人か神倉は知っている。

 だが、全てを把握しているわけではない。

 神倉は覚えているクラスメイトの中からここに誰がいて、誰がいないのかを必死に考えていた。

 そんな彼へいつものように近づく者は一人だ。


「神倉さん、命を賭けて皆様を助けたのですね。あなたこそ真の勇者です――」


 ゾラは神倉を笑顔で褒め称えた。


「ありがとう。でもまだ安全が確認できていない友達も多いからね。油断はできないよ」


「……そうですね。では、摩那崎さんはどうでしょうか? 彼女は無事ですか?」


 ゾラは声色を変えず言った。

 彼女が着になるのは礼香の事である。


「いや、オレは見ていないな。どうして彼女の事が気になるの?」


「……体の調子が悪いようでここ数日の間寮で休まれていると聞きましたから。少し気になっただけです。寮の皆様での話し合いの時、彼女はどのようなご様子でしたか?」


「いたとは思うけど覚えてないよ。あの場には沢山のクラスメイトがいたからね」


「なるほど。そうですか――」


 ゾラは眉間にほんの少しだけ皺を寄せた。

 その変化は神倉にも気づかないほど些細な物だった。


「そんなに摩那崎さんが気になるの?」


「ええ、とても――」


 ゾラは魅力的に言った。


「それよりオレにはゾラ様に聞きたいことがあったんだ」


 神倉はこの場にいるクラスメイトを眺めて、一旦は落ち着いた事を確認すると改まってゾラへと言った。

 あのクラスメイトでの寮での話し合いが終わった後、神倉はゾラとの面談を求めていた。それはメイド達に頼んだものだが、返事は明るくなかった。ゾラ様は忙しい、と言われたのだ。

 そんな彼女が目の前にいる。

 神倉の聞きたいことは一つだった。


「でも、わたくしは忙しいのでまたの機会に……」


 ゾラはその場から翻って逃げ出そうとしたが、そんな彼女の細い肩を両手で神倉は捕まえて大きな声で言った。


「いや! オレは今話がしたいんだ!」


「ゾラ様!」


 そんな神倉を止めようと彼女にお付きの女騎士が腰にある剣に手をかけたが、ゾラが目で制した。

 神倉には手出し無用だと。


「神倉さん、痛いです……」


 ゾラは震えた体で神倉に訴えた。


「あっ、ごめん」


 神倉は慌てて手を離した。


「離してくれてありがとうございます。仕方ないですね。神倉さんはわたくしとどうしても話がしたいようです。そうしないと、夜も寝付けないって顔をしていますね。どうやら気になることがおありなのでしょう?」


「そうだよ」


「分かりました。では何でも答えますから、存分に話してください」


「はい。ありがとうございます。では、早速、ゾラ様は以前に元への世界へ戻る方法は神様に頼めばいいって言ったよね?」


 神倉の口は早かった。

 焦っているのだ。

 一瞬でも早くゾラから真相を聞き出し、小一時間ほど前に浮かんだ疑問を解消したかった。


「ええ。そうですね」


「そしてオレ達が訓練すると同時に、先に帰りたい人の為に元の世界へと戻る方法を探すって言っていたよね?」


「はい。言いました」


「早く帰りたいと言っていた人の為に、元の世界へ戻る方法は見つかったの?」


「いいえ、残念ながら見つかっておりませんわ。空間を飛ぶというのはとても高度な魔術なのです。危険性が高く、成功率も非常に低いです。それはここから五十センチ移動することですらままなりません。わたくし達も努力していますが、まだ足りないようですね」


 ゾラは非常に悔しそうに言った。


「そうですか。なら、こんな話はご存じですか。オレのクラスメイトが元の世界に帰る方法を見つけたって」


「ええ、報告は来ております。確か……妻林さんですね。東雲さんもその場にいたとか。どうやらあなたのクラスメイトがわたくしに近い者に報告したようでして、私もまた聞きですが聞きましたわ。まさか神倉様はそのような妄言を信じておっしゃっているのですか?」


「……信じていないさ。そのような方法はないと聞いているからね。でも、可能性があるなら試したい人もいると思うんだ」


 大部分のクラスメイトはこの優しい世界に馴染んでいるが、そうでない者が少ないながらもいることを神倉は知っている。

 連が言った通り、そんな彼らにまでこの世界で戦う事を強いるのは酷だと思った。未練がないクラスメイトは早めに帰った方がいいと思うのだ。


「……危険だと思いますよ。空間を渡るのには大きなリスクがあります。彼らが見つけたのはどんな方法かは想像がつきますが、もしもそれを試す気なら止めた方がいいかもしれません。とても、とても危険ですから。それで、妻林さんはどこにいるのですか?」


 ゾラは近くでお茶を飲み震えているクラスメイト達を見渡した。

 だが、その中に妻林の姿はなかった。

 どうやらゾラは全てのクラスメイトを覚えているようだ。そんな彼女の記憶から何度も探すが、妻林の姿を見つける事は出来なかった。またメイド達から誰かが妻林についているとも聞いていないのだ。


「……ここではみていないね」


 神倉もあの話し合い以降、千里を見ていなかった。


「そうですか。あの寮の中にいるんですか。まだ逃げ出せていないのかも知れませんね」


「いや、助けを求める声はなかったよ」


 神倉は残念そうに首を横に振った。


「逃げ遅れているのかも知れませんよ。あなた達の言葉で言う一酸化炭素中毒というものがあります。煙を一度に大量に吸うと、意識が無くなるのです。寮のどこかで倒れているのかも……」


「いや、それはあり得ない。オレも妻林さんの事は気になってね、彼女の部屋まで探しに行ったんだ。でも空だったよ。ついでに言うと、摩那崎さんの部屋も調べた。でも、そこにも誰もいなかったよ」


「そうですか。ではどこかに隠れているのかも知れませんね。例えば“地下室”とか。あそこなら火の影響もありませんから。火事が納まった後に、一度調べてみてはいかがでしょうか? この屋敷には地下室があって、そこに逃げ隠れているのかも知れません。」


「……炎が収まったら探してみるよ。彼女たちが生きているといいけど。でも、僕はこの寮から逃げ出したと思う。彼女たちが簡単に死ぬわけがないからね」


 神倉は自信たっぷりに言った。

 そんな彼がどうにもゾラには不可解だった。


「まるで絶対に妻林さんが生きていると確信しているようですね。不思議です。その理由をお聞かせ願いませんか?」


「いいよ。実はね、妻林さんはあの会議で皆から責められてね、泣きながらリビングから去ったんだよ。誰もそんな彼女の事を気にしてなかったみたいだけど、赤雪さんが付いていたみたいなんだよ。だから妻林さんは一人じゃなかったし、きっとどこかに逃げられたと思うんだ」


「妻林さん……」


 ゾラは頭の中でもみじの事を思い出していた。

 するとある可能性に辿り着いて顔が険しくなる。


「そうだよ。彼女って切れ者だからね。一年生の期末テストでも成績は上位だったと思うし。そんな彼女が火事になった時、逃げて、っていう声も聞こえたんだ。きっと聡明な彼女な妻林さんも逃がしているさ」


「なるほど。そうだと考えれば納得がいきますね。ところで、そんな赤雪さんと仲がいい織姫さんの居場所は知っておりますか?」


「ああ、そう言えばあの名探偵の姿もないね。どうしてだろう?」


 神倉が悩むように唸っていると、ゾラの顔はますます険しくなった。


「……なるほど。そう言う事ですか。ちなみに聞きますが、あなたにあの話し合いの場を提案した東雲さんの姿もないのですね?」


「……うん、ないよ」


「――まあ、大変ですわ」


「どういうこと?」


「いえいえ、全てが一つに繋がったと言いたいんですよ。摩那崎さんの体調不良。城内を調べていた妻林さん、プライズについてとても知りたがっていた東雲さんと赤雪さん。赤雪さんは妻林さんと仲がよくて、織姫さんが東雲さんの部屋に何度も訪れていてとても仲がいい、という報告は受けているのですわ。そして摩那崎さんの事は、織姫さんが見ていた、と」


 ゾラはにたあ、と笑う。

 彼女の中で、点と線が繋がった。

 もしもゾラの想像通りだとして、彼らがここにいない理由は一つしか考えられなかった。


「――ゾラ様、ご報告があります」


 そして騎士の一人がゾラの耳元に口を寄せて、幾つかの言葉を囁いた。その内容は神倉には聞こえなかった。

 だが、騎士は神妙な面持ちだったため神倉は何かが起こったのだろう、と推測した。


「そうですか。分かりました。その理由がわたくしには分かりましたから対処に向かいますわ。きっと彼らは“あそこ”へ向かっているでしょうから。そんな場所に行っても無駄なのに――」


「はっ、畏まりました」


「あなたは例の件の対処に当たってください。騎士たち全員で対処すれば何も問題はないでしょう?」


「はっ――」


 騎士はゾラに頭を下げると足早にその場から去って行った。

 どうやら二人が話していた例の件とは、この寮の火事でなかったようだ。神倉はそんな彼らを疑問に思っていた。


「では、神倉さん、どうやら城内でも問題が起こったようです。わたくしはそちらに向かう事にしますので失礼いたします」


「どんな問題が起きたか、ぜひオレも知りたいんだけど」


「知る必要はありませんわ。これはわたくし達の仲の些細な問題なので、異世界人である神倉様が介入する必要はありませんわ」


「……その問題って、オレのクラスメイトが関わっているんじゃない?」


 神倉は自信満々に言った。

 先ほどのゾラの会話から、誰かが関わっているのではないかと閃いたのだ。確証などなく、神倉の優れた勘によって。


「あら、気づきましたの?」


 ゾラは驚いたように口を大きく開けるが、動揺はなかった。いつものように彼女の笑顔には満開の花が咲いていた。

 周りで温かいお茶を飲み、燃えている寮を見て絶望している男子クラスメイトが目を奪われるほどの花である。


「ああ、織姫さん、赤雪さん、摩那崎さん、東雲さん、妻林さんの誰かが関わっているんじゃないの? ちょうどこの場にいない人間だし、東雲さんと妻林さんは元の世界に帰りたがっていたからね」


「素晴らしい考えですわ。その通りです。誰か、とはまでは分かりませんが、どうやらわたくしの知らぬところで、誰かが動いているようです。もしかしたら彼らが元の世界へと戻る方法を試そうとしているのかも知れません――」


 ゾラは神倉の両手を握って、大いに褒め称えた。


「じゃあオレも連れて行ってくれるよね?」


「いえ、それはなりませんわ。彼らの行おうとしている事は非常に危険です。わたくし達はそれを止めなければなりません。あなたをそんな危険な場所にお連れするわけには」


「そうかい。でも、危険だとしても、オレはどうしても行きたいんだ。そして彼らが本当に元の世界へ帰ろうとしているなら、オレはその手助けをしなければいけない。そう彼と約束したからね」


「手助け――ですか?」


 ゾラの表情は変わらない。

 すましたままだ。


「ああ。彼らの行う行動が本当に危険なら止めないといけないけど、もしも元の世界に少しでも帰る方法があるなら彼らの意思を尊重しないと。元の世界に帰りたい、という気持ちも分かるからね」


「そうですか。なら全力であなたを押さえてもよろしいですか?」


 ゾラの横にいた何人もの騎士が、二人の間に立った。


「なら、オレは全力で抵抗するよ。この剣の力も使ってもね」


 神倉は腰にある聖剣を叩いた。


「はあ、分かりました。神倉様のご意志は固いようですね。いいでしょう。一緒に行きましょう。ご覧に見せて差し上げますわ。彼らの行う方法がどれだけ酷いものかを――」


 ゾラは神倉へと手を伸ばした。

 神倉はその手を取った。

 そして二人は大勢の騎士を引き連れて、城へと向かった。そんな彼の姿を雨宮可憐などの彼に近しい人物は付いて行こうとしたが、ゾラが「クラスメイトの不祥事など見せるものではないですわ」との声に従って、その提案を断った。

 城に着く前に神倉と並んだゾラはこう言った。


「神倉さん、彼らの行う元の世界へと戻る方法が、とても危険な事を承知で行おうとすればあなたはどうしますか?」


「……そうだね。その方法は止めたいけど、でも、彼らがそれを望むのなら試させてほしい。危険な事は承知だけど、身を持って体験しないと分からない事もあるからね」


 それに――と神倉は言葉を続けなかった。

 連と、彼らが元の世界へ帰る時は協力すると約束したのだ。一度誓ったことは守らないといけない。

 だからそれがどれだけ危険な事であっても、説得はするが、最終的に神倉はクラスメイト達の意思を尊重するつもりだった。自分の意思を尊重してもらったように。


「そうですか――」


 ゾラはそんな神倉の固い意志を感じた。

 自分の言葉では彼は変わらない、とも思うのだ。

 だから――ゾラは神倉の頬を両手で押さえた。


「え、ちょ、なに?」


 神倉は突如として鼻と鼻が接触する距離まで近づいた。

 目の前にとても美しい女性が映る。照れたように神倉は頬を赤く染める。

 ゾラはそっと微笑んで――神倉の唇を奪った。

神倉にとって、それは初めての体験だった。

甘く濃厚な口づけだった。

彼女から花のような香りがして、全身に快楽が駆け巡る。まだまだ初心であった神倉に抵抗など出来るわけがなく、彼女に蹂躙され続けた。

そして――神倉は全身から力を失った。

 ゾラが神倉から口と頬を離すと神倉の体が横へと流れる。地面に倒れようとするのだ。そんな彼の体を二人の女騎士が支えた。


「神倉さんは皆様にお返しください。体調が急に悪くなって眠っている、とでもいえばいいでしょう」


 ゾラは女騎士二人に神倉を任せて、城内に入る。

 神倉はそんなゾラの様子をずっと見つめて右手を伸ばした。だが、くらくらとする頭から抵抗することはできず、すっと消えるように意識がなくなっていく。

 そんな神倉は真っ白になっていく頭の中で、先ほどのゾラとの口づけを思い出していた。

 花の香りと共に――懐かしい海の匂いがしたことを。

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