第三話 名探偵
そもそも職業が名探偵、ってありなのかと桜は思った。小説に出てくる名探偵も、自分で誰かに名乗る時には探偵と言っているのに。わざわざ自分で名探偵と言う奴なんていないと思う。
周りのクラスメイト達の話を聞いていると、彼らの職業の殆どがゲームに出てきそうな職業みたいだ。
例えば戦士や魔術士、賢者などだ。
それなのに桜の職業は名探偵。また持っているスキルは名探偵らしいものでなかった。そもそも名探偵らしいスキルって何だろうか、って思ったが何も浮かんでこなかった。推理はスキルになるのだろうか。そもそも殺人事件は起きなさそうだが。
他にも様々な疑問が桜の頭の中に浮かんだが、そ考える暇もなく、全員のステータスチェックが終わったという事でアルトレアスがステータスの説明をする。
「さて、これで全員のステータスの解析は終わりましたね。ステータスは高ければ高いほど、その能力が高いと考えて構いません。ですが、レベルが1での最高値は18ほどでございます。19以上になるには人としての限界を越えなければいけないでしょう。そして生まれたての赤ん坊が1となっておりますので、おそらくほとんどの人が全てのステータスは3以上の筈でございます。このステータスは訓練を積むことで上がっていきますので、低くても心配はしないでください。皆様には人を超えてもらう予定でございますから」
桜はもう一度見返してみるが、確かに自分のステータスに19以上はなく、最も高いのが筋力だった。これは16なのでなかなか優秀なのかもしれない。よく筋トレをやっていたおかげだ。
「そして次に職業です。これは様々なものがあり、人によって千差万別です。基本的には職業にあった訓練を受けていただくことになります。例を挙げるとするなら、剣士なら剣技を磨いてもらい、弓兵なら弓を磨いてもらいます」
名探偵である桜は何を磨いた方がいいのだろうか、と遠い目をしていた。
推理だろうか。それとも調査だろうか。と本気で考えていた。
どちらにしても、魔王を倒す役には立たなさそうだ。
「また訓練を行う際、各々が持っているスキルも考慮に入れます。それはあなたの持っている才覚であり、これまで鍛えて来たものです。スキルも千差万別です。一人一人に合ったカリキュラムをこれから考えますので、私たちへの報告をお願いいたします」
騎士たちは一人一人生徒のステータスをチェックしていく。
そんな中、やはり大勢に囲まれて賞賛されているのは――神倉だった。どうやら彼が勇者に選ばれたらしい。
「うお、凄いステータスだな! このクラスでもトップなんじゃねえか?」
神倉の友人が大声を出して褒め称えている。
またそんな彼の周りに多くのクラスメイト達が集まっていたので、野次馬根性丸出しで桜も神倉に近寄って彼のステータスを覗き見た。
―――――
神倉 昴
種族:人間
職業:勇者
筋力 :14
体力 :14
精神力:13
敏捷性:15
容姿 :18
体格 :13
知性 :11
教育 :15
スキル: 剣術・体術・乗馬・火魔術適正・光魔術適正・雷魔術適正・医学・鷹の目・気配察知・
ああ、確かに高いようだ、と桜は思った。
他の生徒を覗き見てみると10を下回っているステータスが多い。そんな中、全てのステータスが10を超えているのだから才能豊かだろう。スキルも数多く持っていた。
勇者として申し分ないステータスだった。
桜が話を聞いたり、他人のステータスプレートを覗く限り、他の者達も平均を見れば高いのだろうが、数多くが10を下回るステータスを持つ者も多い。特に教育に関しては12を上回る者はクラスでほとんどいなかった。
スキルに関しては数が多い生徒が多く、二つしかないのは桜が知る限り自分だけだった。
(名探偵なら、灰色の脳細胞かマインドパレスみたいなスキルが欲しかったな)
他のクラスメイトは職業由来のスキルを持っているのに対し、桜のスキルはどれも心当たりがあるものだ。
数が少ないのはこの際気にしないとしても、名探偵由来のスキルなど一つもない事が不満だった。。
「ねえ、織姫君のステータスは何だった?」
桜が名探偵と言う文字をずっと見つめていると、いつの間にか隣に来ていた秋山から親し気に喋りかけられた。
どうやら懐かれたらしい。
「俺のステータスはこれだよ」
桜は何の疑問もなしにステータスプレートを見せると「へえー」と秋山は頷いていた。
「名探偵? っていう職業は面白そうだね。スキルは数少ないようだけど、古武術ってなんか強そうだしいいんじゃない。それにステータスは高いようだからなかなかいい結果だと思うよ。RPGの職業で名探偵ってみた事ないけど」
秋山は苦笑していた。
彼は必死になってフォローしてくれたが、どうやら外れの職業を引いたらしい、と桜は理解する。
「まあ、精一杯が頑張るよ。ところで、秋山君の職業は何だったの?」
桜は自分のプロフィールが聞かれたお返しに秋山へと聞いただけだが、彼は桜の想像以上に嬉しそうに言った。
「僕はね、呪術師だったんだよ! とてもいい職業だと思わない? 持っているスキルも毒や麻痺などと使えそうだったし」
「そうなの?」
「うん。いい職業で良かったよ。これで僕の異世界生活も安泰だね。今からでも、とてもわくわくしているよ」
桜の見る限り、秋山の目は輝いていた。
どうやら今の状況をとても楽しんでいるらしく、今にも踊りだしそうな雰囲気だった。
騎士たちの声がプレートに書かれたステータスを調べており、一人一人騎士の元まで行ってプレートを預けていた。どうやら明日にまた返してくれるようだ。
桜もその声に従って騎士たちのところにプレートを持って行こうとする時に、秋山に聞き忘れていたことを思い出した。
「ねえ、秋山君」
「なんだい?」
「今の俺達ってそのテンプレ? アニメなんかに出てくる状況とよく似ているんだよね?」
「そうだよ。とってもよく似ているよ! 僕が教室で読んでいた小説でも、異世界に召喚されて、ステータスを測るんだ。それから役立たずの職業やスキルだと追い出されたり、殺されそうになる展開が多いかな」
「それは怖いね……」
桜は勝手の分からない世界に追い出されると思うとゾッとした。
「でも、きっと大丈夫だよ。この世界は王様や王女様も優しそうだし、魔王との戦いには役に立たないかもしれないけど、名探偵って凄そうな職業だしさ」
落ち込んだ桜を見て、秋山は慌てて彼の肩を叩きながら慰める
「うん。そう言う事を祈るよ。じゃあさ、他にもテンプレってあるの?」
「そうだね。他には猫耳や犬耳がついた獣人の奴隷を買うのがよくあるかなー」
「そう。ありがとう」
桜はそれからステータスプレートを騎士に預けた。
桜のステータスを見た騎士は「おっ」と驚くがそれだけだった。他にも何も言われなかった。
どうやらすぐに追い出されることはないようだ。
だが、周りをよくよく観察してみると、騎士たちに褒められている生徒も多い。その多くは強そうな職業を持つクラスメイトだった。暗殺者や付与術師、剣聖など様々な職業の者達は高く評価されていた。どうやら職業の種類もあるが、スキルの大きさも評価されたようだ。
スキルとは才能、と騎士は言っていた。
もちろんこれまで磨いてきたものもスキルに入るが、只の学生である桜たちにとって持っているスキルは生来から持っているものが殆どである。その数が多ければ多いほど才能が多く、優秀な人間らしい。
二つのスキルしか持たず、またどちらも生まれ持ってと言うよりも努力で手に入れた桜はもしかしたら才能があまりない人なのかも知れない、と思ったが、どうやらステータスに不安があるのは桜だけではらしい。
「うわ、お前、何だよ、このスキルとステータス! それに職業も無職? 単なるゴミじゃねえか!? ニートかよ」
講堂でげらげらと笑っているのが桐山だ。
彼は気の弱そうな眼鏡をかけた男性のステータスプレートを取り上げていた。そしてそれを見ながらゲラゲラと笑っている。
その様子を見て、桐山を不快そうに見る者が多い。
「うんうん。これもよくあるね。小説だと彼のような落ちこぼれが主人公な事が多いんだよ。そんな彼が追い出されたり、独りぼっちになったりして初めて能力が覚醒するんだ。いいよね、そういうのって」
席に戻った桜は、何故か楽しそうにしている秋山を怪訝に思った。
秋山は桜の視線に気づかずに、小声で話を続ける。
「ああいう人がね、実はスキルに勇者よりも強力だったり、凄く強い力を手に入れたりするんだ。羨ましいよね」
桜は秋山の話をうんうんと頷きながら聞き流していると、神倉が眼鏡の少年のために動いた。
「桐山君、何をしているんだい? 人のステータスを見て笑う事はよくない事だよ――」
その神倉の言葉に同意しているクラスメイトが多く、桐山も分が悪くなったのか「ちっ」と舌打ちしてから眼鏡をかけたクラスメイトのステータスプレートを投げて返した。
かなり剣呑な雰囲気に包まれていたが、桜は隣にいる秋山を呆れたような目で見ていた。
「うわー、ちょっと僕の思う展開と違うけど、よくよく考えてみると僕が読んできた展開と同じようにも思えるね。うわー、やっぱりテンプレだ!」
桜は呑気な秋山に深いため息を吐いた。