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名探偵サクラ ~魔王を倒せと言われたけど、職業が名探偵なので倒すビジョンが思い浮かばない件について~  作者: 乙黒


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第三十四話 もみじ

 千里が城内を探索し、東雲が訓練場を必死に剣を振っていた頃、もみじはすました顔で蔵書室にいた。

 テーブルの上に何冊もの魔術書を広げて、一つ一つを眺めながらも手を進めていく。それは親しい者にしか分からないだろうが、もみじの口元は少しだけ上がっていた。数多くの貴重な本が読める事に喚起していたのだ。前回のように制限時間もなく、数多く読める事に。


 だが、彼女がどれだけこれらの本を読みたくても、まだ異世界の言葉を覚えていないままではよめないので 、彼女の隣には専属の執事がいた。

 名前をディグと言う。浅黒い肌のワイルドな執事だ。僅かに微笑む姿は普通の女性ならはあとため息をつくほどかっこよく、仕草の一つ一つに品があった。彼は甘い囁きで魔術書を読み進めていく。

 この部屋には他には誰もいなかった。一般的なクラスメイトは訓練場にいるからである。


「赤雪様はどうしてこんな事を?」


 執事は目を薄めながら言った。

 まるでもみじの意図を探るような目だ。


「さあ? 詳しいことは桜から聞いて頂戴。で、こっちの本を読んでくれるかしら?」


 もみじはさらりと流しながら本を指差して執事に聞く。

 こちらの内情を話すつもりなどない。その言い訳としては全て桜に擦り付ける事に話がついている。これは四人の中で考えた事だ。桜を引き合いに出すことで三人はぼろを出す可能性も少ない上に、桜はずっと寮に引きこもっているので深く追及される事もない。


「はいはい。分かりました」


 執事はもみじの言葉に従うように、魔術書を読み始めた。

 もみじの指の先には鏡があった。吐き気を催すような鬼、もしくは悪魔に似た何かが鋳込まれた緑色の金属で筑われた枠に嵌められた丸い鏡である。それは写真ではなく、鉛筆のような細い線の絵で描かれている。驚くほどリアルであり、本物かと見間違うような絵だ。

 鏡が描かれた横のページにはもみじには分からない言語が書かれており、その翻訳を頼んだのだ。


 執事曰く、これは異国の邪教徒が用いたとされる鏡であり、恐ろしい暗黒の世界を映し出すと言う。邪教徒たちはこの鏡を処刑道具として使用したらしいが、その使用方法までは乗っていないようだ。

 念のため数学の授業で使用していたノートに書き込むが、詳しいことは分からないため指輪の手掛かりにはならないだろう、と思った。


「じゃあこれは?」


 次にもみじが指さしたのは小刀の絵だ。

 もみじのよく知っている故郷で過去に作られた小太刀によく似ており、鞘、鍔、片刃の刃、ほとんどが故郷の物と同じ物のように見えた。

 だが、唯一故郷の物と違う点が、刃に文字が刻まれていた事だ。それも本に刻まれたもの同じ文字で。


「これは雷を纏った刃ですね。その威力は魔族をも簡単に殺せますよ。この国ではよく使われるプライズですね。一般の兵士にも守り刀として預けられるものです」


「なるほど、ね。使い方は?」


「簡単ですよ。強く握って呪文を叫ぶだけですよ。『アル・アラ・イルリラ』と。それだけで刀は電気を帯び、相手に突き刺すだけで電流が流れます」


「思っていたより簡単ね」


 それがもみじの感想だった。

 他にも複雑な手順があると思っていたが、まさか持って呪文を唱えるだけで済むなんて思っていなかった。


「だって簡単ではないと、一般の兵士まで普及できませんから」


「そのとおりね」


 限られた者のみが使える非常に強力な武器よりも、万人が使えるそこそこ強力な武器の方が好まれる。例えば訓練が必要な弓よりも後の時代に開発された誰でも使えるクロスボウが好まれたように、それからはより強力で誰でも扱える銃がより好まれたように、兵士に与える武器はシンプルがベストだ。


「じゃあ、こっちは?」


「これは自動的に矢が装填されるプライズです。空気中の水分を凍らせて矢にすることで、無限に放つことができるのです」


 それからも沢山のプライズの説明をもみじは受けた。

 数多くのプライズがあった。発動条件もさまざまである。特定のボタンを押すだけで発動できるもの、ボタンを押したうえで呪文を唱えなければならないもの、付ける事それ自体が発動条件になるもの、もしくは鞘にしまうなど動作が必要なもの。珍しいものでは限られた日付に特定の場所で、呪文を発することで初めて発動するプライズもあった。


 執事から説明を受けるうちにもみじが気づいたこともある。

 それはプライズと呼ばれる者は大きく分けて二つあるという事だ。


 一つは量産品のプライズだ。騎士や魔術師などに広く普及しており、扱いも非常に簡単なものが多い。例えば簡単な呪文を唱えるだけだったり、剣を抜くなどの簡素な動作だ。あまり複雑な物は少ない。


 だが、特注品、あるいは限られた数しかないもの――例えば神倉の持っている聖剣のような物は、特殊な動作だったり幾つかの工程が必要になる。呪文を唱えて鞘から抜く必要がある剣だったり、特定の時間に呪文を唱える事で発動したりするものだ。

 その最たるものがきっと聖剣なのだろう。あれは人の感情に合わせて力を強く発揮するらしい。


 ふむふむ、と頷きながら興味深く執事の話を聞いていると、もみじの背後から鈴を転がすような声をかけられた。


「――赤雪さん、そんなにプライズの事が気になるのでしょうか?」


 この国の王女であるゾラだ。

 酷く美しい女である。全ての顔のパーツが神様によって作られたかのように、精巧に作られていて、ずっと止まっていれば人形のようである。可愛いとも、美しいとも、幼いとも、妖艶だとも取れるような顔であり、その笑顔が男女問わずあらゆる者を魅了する。彼女の事を不快に思う人などクラスメイトにはおらず、きっと世界中の人間を集めてもいないだろう。

 もしかしたら彼女が元の世界にいたら、アイドル、あるいは新しい宗教の教祖にでもなれるほどの魅力があった。


 だが、だからこそ、もみじには彼女が不気味に見えた。

 人として完璧な容姿を持っているからこそ、全く欠点がないことが怖く思えるのだ。どんな人間でも、一つや二つは欠点が必ずあるものなのに、目の前の人間には一切ないのだから。ゾラの事がまるでマネキンのようにも思えた。

 最も、そんな事を眼鏡のグラスの下にもみじは隠していた。


「王女様、違うわ。プライズに興味を持っているのは私ではないの。桜よ。私の彼氏の――」


「そうなんですね。でも、どうして織姫様はプライズに興味を持ったのでしょうか? 非常に不思議です」


 ゾラは自然にもみじの隣に座りながら美しい笑顔を浮かべている。

執事もそれに合わせてもみじの元から去った。まるで自分の役目は果たしたかのように。


「そうね。そんなに不思議?」


 もみじは微かに笑う。

 彼女が動き出したのは千里、恵と同じころだ。訓練と違う行動をすると王女達から目を付けられるとは思っていたが、まさか自分のところにくるとは思っていなかった。

 もみじは気を引き締めるように口を真一文字に閉じた。


「そうですね。どんな目的でプライズを調べているのか非常に気になりますわ。目的が分かれば、私も協力できると思いますから」


 ゾラはもみじの手を優しく両手で握った。その姿は聖母の様であるが、もみじには別のように感じた。事を話すまで、絶対に話さないと言う蛇のような執念が見えたのだ。


「……どうなのかしら? 私はプライズを探して欲しいと言われただけよ。桜から頼まれたのはそれだけなの」


 事前にもみじはゾラの危険性を聞いている。

 桜から嘘を見破る能力を持っていると。些細な言葉の端から微細な体の動きによってこちらの事が丸わかりだと。

 彼女への対処法は一つだと聞いた。

 ――嘘を、言わない事だ。

 真実のみを話し、だがそれでも重要な事だけを隠すのだ。


「そうなのですか。では、どんなプライズを探しているのかご存じですか? それだけで目的が絞れるかもしれませんから」


「私が言われたのは、全てのプライズを調べて欲しいと言われたのよ。そこに区別なんてなかったわ」


「そうなのですか。不思議ですね」


 どうやらゾラは誤魔化せたようだ。ふむふむと納得していた。


「そうね」


 無駄な事は何も言わない。

 真実だけを述べるのだ。

 もしもここで自分たちの魂胆が見つかって、監禁でもされたらもみじに逃げる手段はほぼないだろう。もしかしたら桜に見捨てられるかもしれない、と思うともみじは笑みがこぼれた。そんな危険な状況に身を置いていると言う事が、彼女にとっては生を感じられた。


「では、桜さんは今何をしているのでしょうか? 確かもみじさんは彼と一緒に行動していると、私は記憶しているのですが」


 更なる追及が、もみじを襲った。

 だが、どうしてかもみじは口元が緩むのだ。


「寮に引きこもっているわ。」


「それで何を?」


「考え事をしているらしいの」


「なるほど。何について考えているのか知っていますか? 想像でもいいのですが」


「きっと王女様の指輪の事よ。凄く悩んでいたから。きっと行き詰っているのよ」


「……ええ、そうですね。わたくしもきっとそうだと願いますわ」


「今日は私の付き添いもいらないと言われたの。今日は探索をせずに考えたいと言っていたわ。その過程で、プライズの事を調べて欲しいと言われたの」


「指輪の調査にプライズの調査が必要だと?」


 ゾラは訝しむように言った。


「ええ。きっと――あらゆる能性を探っていると思うの。全ての不可能を消して行って、最後に残ったのが、どれだけ奇妙な事であってもそれが真実となる。確か桜の一番好きな言葉だったと記憶しているわ」


 もみじの知る限り、桜は幼い頃自分の真似をしてよく本を読んでいた。その中で彼が興味を持ったのが推理小説であり、最も気にいっているのがコナン・ドイルのシャーロックホームズだった。

 今の一文は、ホームズの推理方法を現す言葉だ。

 桜の行動指針でもある。


「なるほど。あらゆる可能性を探っている。具体的にはどんな可能性なのでしょうね?」


 ゾラは遠い目をしているが、その中には明らかに桜に対しての疑惑が浮かんでいた。

 だからもみじは言わなくてもいいのに、自分たちの為に一歩踏み込んだ。


「これは私の予想だから必ずしも桜の思考とは一致するとは限らないけど、もしかしたら桜が探しているのは、物を隠すプライズかも知れないわ。そう言う事を示唆する言葉も聞いたことあるし」


「なるほど。物を隠すプライズですか。確かに指輪を隠した犯人がそういうものを使った可能性もありますが、あれはかなり特殊な物です。指輪を隠す事には向いていませんわ。それにあなた様方にあのプライズが手元に行ったとも考えにくいです」


 きっとゾラは物を隠すプライズがあることも、それが今はどこにあることも知っているのだろう。

 桜に対して、無駄な事を調べて、と言いたげだった。


 だが、これも事前に桜と話し合って決めた事だ。もしも深く王女たちに追及されたら、物を隠すプライズを特に探して欲しい、という事にするのだ。これなら指輪を探している口実になる。そもそもプライズを探すにあたっては、指輪に関しての記述は絶対にないので他のプライズを探すように言われている。

 だが、もしも物を探すプライズがあるのなら、是非とも欲しい、と桜は言っていた。寮から逃げ出すにあたり、自分たちを消すことが出来たら非常に便利だろうと思ったのである。


「でも、桜は何かを隠すプライズに、最も興味を持っていたわ。他のプライズにもだけど。王女様、よろしければ物を隠すプライズについて、また他のプライズについても教えてくれないかしら? もちろん聞いた事は全て桜に報告するわ。きっとそれが彼の為になると思うの」


 もみじは心臓が冷えながらも笑顔で言った。

 きっとこの場で最も正しい選択肢は、王女から離れてプライズを探す事なのだ。「御多忙な王女様の手を煩わせることもいけませんから、執事にプライズ探しの協力を頼むわ」とでもいえばいいだろう。

 だが、もみじはそれをしない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 もみじの好きな言葉だ。

 そして彼女の行動指針でもある。


「いいですわ。桜様の調査の為なら喜んで協力いたしますわ。桜様の調査の経過報告にも興味がありますので、“時間の許す限り”たっぷりと話し合いましょう!」


 ゾラはもみじの提案を受け入れた。

 その笑顔はいつもと温かいが、もみじにはどこか冷たく見える。きっとこちらの動きを丁寧に探っているからだろう。


 こうして、狐と狸の化かし合いが始まった。

 もみじは自分の言う発言と、ゾラから聞かれることに肝を冷やしながら、必死に情報収集に徹する。


 ――ああ、この場で王女の首を絞めて脅すことが出来れば。そうすれば危ない橋を渡りながら訳してもらう事もないのに。


 そんな考えがもみじの頭の中に浮かんだが、すぐにゾラから「今何かやましい事を考えませんでしたか?」と言われたので、もみじは嗤いながら誤魔化した。


「私もこの国の言葉が分かればいいと思ったのよ。こうやって訳してもらうのって大変だから」


 もしかしたらこんな騙し合う会話は自分には向いていないのかも知れない、もみじは少なくともそう思った。


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