第三十二話 千里
桜は数秒考えた後に、城内を調べるのに最もな理由を作って千早へと教えた。それをスマホのメモ帳に記した千早は『これで大丈夫です。私の調査に期待していてください』と自信たっぷりに言うが、一抹の不安を覚えた。
だが、城内の調査に最もふさわしいのは彼女であるのは疑いようもなかった。
次に桜は恵へと顔を向けた。
恵は楽しそうだった。
『僕は何を調べればいい? 魔術書でも調べればいいのか? それなら得意だよ。この世界の魔術書は何冊も読んだ。元々本は好きだからね』
『それも重要だが、恵に頼みたいことは違う。もっとぴったりな仕事がある』
『予想と違って残念だね。じゃあ僕に何を?』
おどけた恵。
『恵には――聖剣の使い方を探ってほしい』
桜が異世界への扉を開けると言う不思議な力を持つ指輪の事を考えた時、最初に思い出したのは同じく不思議な力を持つ聖剣の事だった。
『聖剣、ね。確かにその指輪は彼らの持っている国宝であるプライズとよく似ている。不思議な現象を起こすという事もね。でも聖剣だけでいいのかい?』
恵は不思議そうだった。
指輪と同じ条件だと言うのなら、弓や杖、槍なども条件に当てはまる筈だ。わざわざ聖剣だけと特定する理由がないとさえ思っていた。
『ああ』
『何故だい?』
『今のところ、俺は他の三つのプライズが“特別な力”を使っているところを見た事がない。でも、聖剣だけは確かに見た。皆も見ただろう? あの部屋で、あの剣が輝く姿を。あれは剣自体が発光しているとしか思えなかった』
桜の脳裏に神倉の聖剣が蘇る。
彼が聖剣を抜いた瞬間に、空間を満たすように鮮やかな光が漏れた。自然現象ではない。桜はこれまでに何本もの名刀や名剣を見てきたが、人をも包み込むような光を放つ剣を見た事はない。
あれは“普通”じゃない。おそらくだが、彼らの言う魔術だろう。
指輪とは似て非なるものだが、もしかしたら手がかりになるかもしれない。
『そうだね』
『だから一旦は聖剣だけでいい。もしかしたら他の三つには、剣と同じような力がないかもしれないからな』
桜は目の前で起こった事か、誰かから聞いた事しか信じない。
今のところ、他の三つに常識外の何かが起こったと言う情報は聞いていない。
時間がない現状で、無駄な他の三つを調べると言う余裕が桜にはなかった。
『なるほどね。じゃあ、僕は神倉君に近づけばいいってわけだ』
『ああ、恵が適任だと思うんだ』
『なぜ僕なんだ? 文句があるわけじゃないけど、別にその役目はもみじさんや千里さんでもいいはずなのに』
『簡単だ。もみじも千里も……二人とも女だ』
桜はため息交じりに言った。
『ああ、そう言う事ね』
恵は呆れながら頷いた。
神倉の周りには女の影が多い。ゾラを始めとして、同郷の出身者である萩村朱音や雨宮可憐の姿もある。それだけではなく、この世界のメイドや侯爵家の長女、元貴族の女騎士とも仲が深いようだ。
彼の周りは数々の美しい女性たちに囲まれており、神倉に憧れる女性も多いらしいが彼女たちのガードが固く中々近づけないと聞く。
そんな状況でもみじや千里が近づいたらどういう結果になるかは、すぐに予想がついた。
だが、男なら関係がない。
だから男である自分を指名したのだと、恵は納得する。神倉と同じ同性であれば、女性のややこしい関係に巻き込まれることもない。少しは警戒されるだろうが、問題なく近づけるだろう。
しかしあまり神倉と親しくなかった恵なので、今更どんな顔して近づこうかと思うと口からため息が漏れた。
恵が眉間を押さえながら思案していると、もみじがすました顔で言った。
『なら私は魔術書でも調べるわ。必要でしょう?』
『ああ、頼んだ』
『あまり物なのが納得いかないけど』
少しだけもみじは不満そうだった。
『でも、もみじは本が好きだろう? この世界に来る前も本を読んでいた。文芸部でもある。調べるのは得意なはずだ』
『そうね。それで、桜は何の情報が知りたいの? 異世界に行く魔術の事? それとも指輪の事を調べればいいの? 何でもやるわよ』
もみじは眼鏡を上げた。伊達メガネなので度は入っていない。彼女は顎を上げながら足を組んだ。
どうやらやる気らしい。幼いころからの付き合いである桜には、もみじの少しだけ上がった口角から分かった。
考えればもみじはこの世界に来てから、自身が動いたことは殆どない。あるとすれば、名探偵である桜をゾラの指輪の捜索に狩りだしたぐらいだ。それ以外は桜の後ろについて手伝う事しかしていない。
一人で動くことは初めてだった。
だが、桜は心配などしていなかった。
彼女も昔から道場で訓練を受けている。剣や槍だけの訓練だけではなく、それ以外も。一緒に兵法書を読んだ事も懐かしい。そんな彼女なら本を調べることぐらい用意だろう。城への諜報だってできるかも知れない。もちろんそんな危険な事は頼まないが。
『プライズ、と呼ばれる不思議な道具についての情報が欲しい。他のプライズはどういう条件で発動するのかが知りたいんだ。指輪の事は調べなくていい』
『あら、いいの? この際だから何でも頼んでいいわよ』
『ああ、でも他のプライズの情報だけでいい。指輪の情報はきっとないだろうし、異世界に行く魔術の事ならもう調べた』
『そうなの。分かったわ』
『くれぐれも余計な情報はいらないからな』
『分かっているわよ』
不満そうに唇を歪ませるもみじ。
彼女は有能だが、そんな姿が桜には少しだけ危なく見えた。
◆◆◆
千里はいつもの学校のブレザーを着ながら、数人の執事を引き連れて城内を歩いていた。その胸ポケットには少しだけはみ出たスマホが見えている。内側は誰にも見えないが、城内の映像が撮っている。
そのカメラに写っているのは天井に掲げられた幾つものシャンデリラ、床に広がる赤い絨毯、大理石で出来た壁、壁に飾られた幾つもの大きな絵画などの様々な調度品だ。その中には不気味な置物だってある。両生類のような顔をした置物や訳の分からぬ珊瑚で作られた像。また壷に入った色とりどりの花も飾られていた。それらは等間隔に置かれているが、無造作であり共通点や規則性も千里には分からなかったが、それを考えるのは彼女ではないため気軽に道を進む。
「次の道は右で間違いないですか?」
千里はいつものような笑顔で隣にいる執事に聞く。
「はい。そうですが」
そう答える銀髪をオールバックで固めたクールな燕尾服の執事は疑うようにに言った。
彼は摩那崎礼香の執事である。
わざわざこの日の為に借りたのだ。もちろん他にいる執事も、元々は別のクラスメイトを案内していた執事たちである。
「では、どんどん進みましょう! 今日は大変なんです。全ての道を調べないといけませんからね」
千里は手に手帳とペンをもったまま答える。
手帳には図や文字を書き込んでいた。城内の構造である。スマホで映像も撮っているが、念のため書いているのだ。
「どうして彼女たちのあの夜の道を知りたいんだよ? オレたちには他にも仕事があるんだが」
千里の後ろにいた金髪を立たせたワイルドな執事が不満げに言った。
彼は礼香と同じく、指輪を盗んだ容疑者だったクラスメイトの一人である荒良木栞奈についている執事だ。
「知りません! 私は織姫さんにあの日、王女様が指輪を盗まれた日の夜の女性たちの城内の進む道を調べるように頼まれただけですから。彼に直接聞いて下さい!」
千里はあっけらかんと言った。
勿論執事たちに案内させるのは、城内の道案内だ。
だが、千里が知っている限り、彼らには桜からの連絡が言っている筈である。
――もしかしたら城内のどこかに指輪が隠された可能性がある。だから隠せそうな場所を探して欲しい、と桜は言ったはずだ。
それを彼らが聞いた様子がない。
彼らはとぼけているのだろうか。それとも情報伝達がうまく行っていないだけなのかが彼女には分からない。だが、そんな不安を千里は微塵も出していなかった。
「織姫様がどんな目的で道を調べているんだろうか、少しは理由を聞いたか?」
なめるような目つきで、その執事は言った。まるでこちらを見定めているように千里は感じる。
千里は王女の事を危険視するように言われているが、他の執事やメイド達に関しては何も言われていない。
だが、彼女は思うのだ。
王女であるゾラ達と似たような空気を執事たちからも感じる。もちろんそれは彼らだけではなく、この国の貴族や騎士からも似たような空気を感じるのだ。
これは只の女の勘であるが、千里の本能は彼らも危険だと言っていた。
「さあ? 私がどう言っても想像にしかならないと思います!」
「そうか? だって、俺の聞いた話だったら、あんたも容疑者の一人の筈だ。そんなあなたがどうして調査を?」
「私がどうこう言うよりも、織姫さんに直接聞いた方がいいのでは? 私が何を言うよりも、そちらのほうが信用できると思いますよ?」
千里はあくまで桜からの命と言う姿勢を崩さなかった。
事前に桜から言われた事である。
曖昧な事を口にして、全てを煙に巻くように喋れと。そして何かがあれば、全てを桜のせいに話すように言われたのだ。
「……次の道はこっちです」
執事は疑いの目を止める事はなかったが、それ以上は何も言わなかった。
「ありがとうございます!」
千里も何も言わない。
何も言わずに記録係のみに努める。
指輪を盗んだ容疑者が進んだ四つの道を見て回った。
それが自分に与えられた仕事だからだ。
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