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第三十話 交渉

 もみじが落ち着くハーブティーを飲ませたおかげもあってか、礼香はベッドの上で着のコップを持ちながら小さく背中を丸めて恐る恐る桜に上目遣いで視線を送る。


「建設的な話、って何よ? ……ひっ!」


 かつての自信を取り戻すように礼香は口調を厳しく言うが、桜に一睨みされると怯えたように体を飛び跳ねさせた。それから涙目で桜を睨んだ。

 そんな様子を見たもみじが呆れたように桜へと注意する。


「こら、怯えさせないの!」


 桜はもみじの言葉にはいはいと頷きながら、指輪を親指で上へと弾いた。


「いいわよ。聞くわよ」


「別にそう難しい話じゃねえよ。俺の話を受け入れてくれれば、あんたが犯人だとは言わない。この指輪はこの寮のリビングで拾った、という事にしてやる。王女様にも、犯人は分からなかったって言ってやるよ」


「上から目線ね」


「別にいいだろう? 今の俺はあんたを生かすも殺すも自由自在なんだから」


「……そうね。で、その条件は何なの?」


礼香は素直だった。

 きっと彼女も盗みが国にばれれば、どうなるのかが分かっているのだろう。

 礼香は王女であるゾラの大切な物を盗んだ。彼女が言うのには、それは国法であり、国で最も大切な宝の一つだと言う。城内にいた焦っている人たちの様子も見ている。それは王族だけではなく、貴族や執事なども一緒だ。

 きっと神倉がかばってくれるとはいえ、無罪とは言い難い。

 油断すれば、礼香は歯ががちがちと震えそうになっていた。


「俺がお願いしたいことは一つ。これから暫くの間――この寮に引きこもってもらいたい。理由は……風邪と言う事にしようか。慣れない環境で」


「寮に?」


 礼香は不思議そうな顔をしていた。


「ああ。俺はこの指輪を“少しだけ”気に入ったんだ。王女様に帰す暫くの間だけ手元に置いておきたい。その為の協力をあんたにしてほしいんだ」


「どうしてあんたが指輪を預かることが、あたしが寮に引きこもることに繋がるのよ?」


「……理由は話せない」


 桜は冷たく礼香を突き放した。

 言えるわけがなかった。

 王女は人の些細な反応から思考を読むのが上手い。桜の予想では、きっと王女は犯人が礼香だと気づいていて、指輪を寮に隠された事も知っている、と。だがゾラは寮には入れない。だからもしも自分が調査に立候補しなければ、例えば神倉のような人物に指輪の捜索依頼を頼むのかも知れない。

 犯人と隠されている場所付きで。


 しかしながら、ゾラが神倉などを使う様子を今のところなく、まだ自分がゾラに信じられている。

 その僅かな時間のみが、元の世界に帰るためのチャンスだ。

 礼香のような分かりやすい人間が彼女の前に立てば、きっとゾラは指輪が見つかったことを知るだろう。そして、きっと桜を疑い、指輪を奪われるだろう。

 そうなってはまずいため、礼香を寮から出すわけにはいけない。また事情を話すには、彼女の事は信用できなかった。


「なにそれ」


 礼香は拗ねたように言う。


「でも、あんたに断る理由なんてあるのか? 数日の間、この寮で引きこもるだけであんたは無罪だ。この指輪に関してこれから先、びくびくと怯えて暮らすことはない。あんたを怪しむ人がいても、証拠がないからな」


「……あたしはここでどう過ごせばいいのよ?」


 まるで駄々をこねる子供のように礼香は不満そうだった。


「本なら貸してやる。友人の電子書籍だけど、ないよりはましだ。退屈はしのげるだろう」


「食事は?」


「俺達が届けてやる。メニューは少しばかり味気がないものばかりになると思うけど、我慢してくれ」


「あんたの提案を断る理由は……ないけど、あたしは分からないことだらけ。何一つあんたの言葉に納得できないわ」


「信頼できないと?」


「そうね。あんたがいつあたしを裏切って、王女様に告げ口するかが分からない。そうなったらあたしはおしまいよ。だってあんたが約束を守る保証がないじゃない」


 礼香は体を震わせていた。

 きっと自分の事を考えると先の未来が怖くなったのだ。

 よしよし、ともみじが礼香の頭を撫でるが、それは彼女にとって慰めにはならない。礼香にとってもみじは味方ではなく、桜の仲間であり信頼できない契約者だ。


「摩那崎さんの言う事も一理あるわね」


 もみじは桜の絶対的な味方ではなく、礼香には優しい目つきであったが、桜の事は非難するような目で見ていた。


「じゃあ、俺が約束を守る、という事を安心できれば、あんたはこの案を飲んでくれるんだな?」


 桜は片目だけを開きながら言う。

 その声は渋々との様子だったが、どこかいたずらめいた笑みを浮かべていた。


「ついでに、あたしにはしゃべれない理由も教えて欲しいわ」


 礼香は力のなく微笑む。


「いいぜ。教えてやるよ」


「ほんと!?」


 礼香の目が輝いた。


「ああ、だが条件がある」


「あんたって条件ばかりね」


 礼香の軽口には反応せず、桜は淡々と言った。


「理由は数日後に言ってやる」


「なにそれ、結局言わないのと同じじゃない」


「だけど、その間に王女に告げ口されないかが不安なんだろう?」


「そうよ!」


「その不安も解決してやるよ。俺が――四六時中隣にいれば解決するだろう?」


「はあ?」


 礼香は間抜けそうに口を開けた。


「だから、あんたは約束が果たされるかどうかが心配だ。でも、俺がずっと傍にいれば安心だろう? 何をするか、どんな事を喋るのか、あんたには筒抜けだ」


「それはそうかも知れないけど……」


「よし。決まりだな。今日から数日間の間、あんたと俺はずっと一緒に過ごす、というわけだ。あんたが嫌じゃなきゃ、シャワーやトイレにまで着いて行ってもいいぞ」


「はあ、なにそれ!? 信じらんない!!」


 礼香の大きな声が小さな部屋に響き渡った。

 冗談じゃないわ、と顔を真っ赤にしながら激しく抗議する礼香を嗤って桜は受け流す。目を点にしながら彼女は口々に一緒に過ごす事への様々な問題点を挙げたが、桜は聞く耳を持たなかった。


 どんな手を使っても、桜は礼香にこの提案を受け入れさせるつもりなのだ。

 そして一緒にいるということは、彼女を監視するのに最も適した状態だ。桜にとってこの提案はメリットしかなかった。

 十数分の後、礼香は息を切らしながらまだ桜に反論しようとするが、舌戦でしたたかな桜に勝てるわけもなく、礼香は受け入れるしかなかった。

 もみじは結局のところ桜の提案を受け入れた礼香へと、深いため息をついた。


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