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名探偵サクラ ~魔王を倒せと言われたけど、職業が名探偵なので倒すビジョンが思い浮かばない件について~  作者: 乙黒


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第二十八話 二冊目

 さて、私は次にこの本を読む者の為にこの手記を残そうと思う。

私が元の世界に帰るのは無理だ。

 諦めた。

この手記は続きも、言語は世界で最も使用者が英語で書いて行こうと思う。出来る限りスラングなども省いた分かりやすい英語と思うので、これを読んでいるのが誰かは分からないが、片言でもいいから英語が読める事を望む。


 これを読んでいる君たちはきっと何らかの私のサインを見て、数少ない手がかりからこの部屋を見つけたのだと思う。

 安心していい。

 この寮は彼らの手が及ばない場所だ。

 私がそうしたのだ。

 だからゆっくりとこの本を読んで欲しい。これを見つけた者はきっと元の世界に戻る為の手がかりを探していると思うのだから。


 そもそもの経緯を話そう。

 これを読んでいる君たちと違いはない。

 ある日、意識を失って、気が付いたら別の場所にいた。私もそうだ。ある日研究を終えて電車で自宅へと向かっている時の話だ。彼らの魔術に抵抗しようとしたが、とっさのことだったので反応することは叶わず彼らの思い思いのままとなった。


 それからの君たちの事はよく分からないが、きっと彼らは色々な理由をつけて君たちに儀式を行うよう言うだろう。

 隣に置いていたもう一冊の彼のように。

 私も最初はあの儀式を行っていた。

 だが、途中から気づいたのだ。彼らの儀式が彼の言う事とは違うもっと別の何かをもたらすものだと。

 あれらの言う事は信じない方がいい。

 出来る事ならば儀式も行わない方がいいと思う。

 あれは君たちが思っているようなものではなく、もっとおぞましいものなのだ。


 私はあの儀式を何とかやり過ごし、数日の間にこの寮を要塞化した。彼らが決して入ってこられないように。

 それから私は元の世界へと戻る方法を探した。

 おそらく君たちと同じように。


 元の世界に戻る方法はあった。

 彼らは隠していたが、彼らの書斎に忍び込みなんとかその方法を知った。

 どうやら元の世界に戻るためには、門を開く必要がある。その為の鍵はこの世界には一つしかないのだが、どうやらこの国の王女が肌身離さず持っているようだ。私はそれを奪い取ることを考えたが、彼女たちの前では多勢に無勢。多少は魔術の心得があったとしても、彼女たちの魔術には適わない。

 この世界に来た私と同じ者達も、どうやら彼らの言葉を頭から信じたらしい。私はずっと危険だと訴えていたが、受け入れられなかった。それどころか奴らは首輪を私につけてきた。抵抗をしたが、彼らの人数の多さには勝てなかった。


 その首輪と言うのが、私の行動を阻害するものだったのだ。彼らの言う事に従わなければ電流が流れ、逃げ出そうとすれば電流が流れる。私は同郷の者達に助けを求めたが、彼らは困った顔をしてこう言うのだ。


「彼らの言う通りにすればすぐに外してくれるよ」


「君が変な事を言うからいけないんだろう?」


「もっと人の言う事を信用しないと」


 同郷の者達は私を助けてなんてくれなかった。

 そして私は彼らの言う通りに、同郷の者達と一緒に儀式を行うのだ。吐き気を催すほど邪悪な儀式を。

 だが、天は私に見方をしてくれた。

 彼らの目を盗んで首を調べてみると、彼らの持つ鍵が無ければ開けられない仕組みだったが、その仕組みには魔術的に一つの欠陥があった。鍵穴の裏側に魔術の刻印が施されているのだが、それをペンなどで線を書き足して刻印を乱せば簡単に外れる事ができたのだ。


 私はそうやって自由の身になると、この寮へと逃げ帰った。

 既に同胞たちは彼らに取り込まれているから、彼らを助けるのは無理だと諦めた。

 私はこの寮に手を施しているため、彼らは中には入ってこられない。外からあらゆる言葉で私を誘惑するが、私はその言葉に乗ろうとも思わない。水も、食料もないこの寮で朽ちていくだけだ。


 この手記を残したのは戯れだ。

 今後、この世界を訪れるだろう君たちに、少しでも希望が残せればいいと思ったのだ。あるいは絶望か。

 それは分からないが、もしも元の世界に戻ろうと諦めないのならば、彼女が持っている鍵を手に入れるといい。それは金と銀、二つの要素で作られているものだ。我らよりも上位者の一部か、もしくは彼の化身が作り出したもの。どんな経緯でここにあるのかは知らないが、あれはおそらく世界に一つしかないものだろう。

 それほどに特殊で、奇妙なものだ。

 私があれに気付いたのは偶然だ。

 あの鍵と似て非なるものを私は見た事がある。おそらく特性としては同じだが、彼女がもつ鍵のほうが存在は上だろう。あれを手に入れる事ができれば私はより上位の世界へ旅立てるかも知れないが、それが不可能なのだから仕方がない。


 そして、もしもこれを読んでいる君が元の世界に戻ることを諦めるのなら、好きに生きるといい。

 彼らの指示に従ってもいいし、従わなくてもいい。ただ、彼らの目的が達すれば元の世界に帰れる、という言葉だけは信じない事だ。彼らはこの世界から私たちを出す気はない。私たちは重要な贄なのだから。


 あるいは私のように魂の牢獄である肉体を捨てて、旅立つのもいいかも知れない。

 夢幻で理想的な夢の世界へ。救いなどない現世とは違い、やわらかで温かみのある世界へ。私はその世界へ行くつもりだ。

 一度だけ行ったが、あそこは素晴らしいものだ。

 画一化されたコンクリートジャングルの現代では既に失われた絢爛たる大都市。はっと息を飲むような大自然。地球上ではまず見られない風変わりな生物や奇妙な植物たち。また人に変わる種族も多く、その多様性は地球よりもまさる。

 ある都市では魔術が発展しており、そこで学べる数々の魔術はどんな金塊よりも勝る知識だろう。

 またある都市は空中に浮いており、そこでは機械の人々が暮らすと聞く。科学力も現代以上だ。

 それ以外にも地球上ではまずない様々なものがある。水中都市。人を守る聖なるドラゴン、天にも届く高い山、地下に広がる虹色の世界。

 私にとってはその世界は夢のようであり、夢の世界だ。

 さて、もう書くこともなくなった。

 もしも君があの世界に来ることがあれば歓迎しようと思う。

 お別れだ。

 これを読んでいる君の手助けになればいいと思う。

 ああ、最後に、もしも夢の国に行きたいのなら、次の呪文を唱えればいい。門を開くのだ。


 ――それからの文字を千里は訳すことが出来なかった。

 アルファベットで書かれていたが、彼女の知るそれとはまったく別のもの。母音がなく子音が不規則に並んだ言葉。どう読むのかさえ分からず、子音が終わると千里が見た事のない文字が並んでいた。

 本来なら見た事のない文字は目が滑るものだが、どうしてかこの本に書かれている文字は頭に入った。ずっと眺めていればその文字が読めそうに思えてくる。意味は分からないが、最初の言葉を呟きそうになった。

 桜もそうだった。


「いあい――」


 そこまで言いかけて桜は言葉を止めた。

 これ以上話せばどこか別の場所に行ってしまい、二度と戻ってこられないような気がして。桜は咄嗟に千里の手の上に自分の手をのせて本を閉じた。

 他の二人も同じような言葉を発しそうになった。桜の行動によって途中まで開いていたもみじと千里の口も閉じそうになるが、それだけでは止まらない。先に声をとめた桜が二人の口を手で強引に閉じたので、二人は何も言わなかった。


 三人はそのまま見つめ合って目をぱしぱしと開いたり閉じたりしている。

 この本の事について協議したいことは沢山あったが、この日は何も協議せずに終わった。最後の言葉を言ったらどうなっていたのか、言いようのない好奇心と恐怖が三人を包み込む。

 もみじと千里は最後の本に手を伸ばそうとしていたが、桜が強引に奪って逃げるようにもみじの部屋から去った。二人に預けたら先ほどの言葉を最後まで言ってしまいそうな気がしたのだ。



 ◆◆◆



 その日の桜は東雲には簡単に報告して終わった。

 新しい手がかりを見つけた、と。

 だが、まだ考えがまとまっていないからまとまってから話す、と簡単に言っただけだった。

 桜は自室で一人になると、ベットに寝転がって黒い天井を見上げながら先ほどの二種類の日記の事を考える。


 どちらも信じられないような話だった。

 あれは学術書ではなく、あくまで日記だ。個人の主観が入っているため、どこまで信頼していいか分からなかった。多数の情報が含まれており、どこまでが本当で、どこからが妄想なのかが分からない。


 桜にとって理解したくないことは数多くあった。城下壁の外の光景。日記の持ち主の最後。摩訶不思議な夢の世界。理解が出来ない言葉。

 数多くのことが書かれてあったが、信じたいこともあった。


 それが――元の世界へと戻る鍵の正体だ。

 金と銀の鍵で、王女が肌身離さず持っているもの。日記の持ち主はそれを手に入れる事ができずに諦めた。もしも“まだ”王女がその鍵を身に付けているなら、桜が手に入れるのは不可能に近かっただろう。


 だが、今はきっとその鍵は王女の手元にないだろう。

 金と銀、その特徴が先日の王女が奪われたと言っていた指輪と重なる。確証はない。確実性もない。あれがただの指輪と言う可能性もあるが、桜はあれを鍵ではないかと考えている。

 鍵が、自分たちの思う鍵の形をしているとも思わない。そもそも現代においても鍵は様々な形がある。ホテルなどはカードキーが多いし、ナンバーロック錠も鍵の一つだろう。それならば指輪が鍵の一つだとしてもおかしくはない、と思った。


 だとすれば金と銀の指輪を見つけて、それを王女に渡さずに手に入れれば、鍵を手にいられるんじゃないか、と思った。

 鍵を手に入れても使い方など桜は知らない。

 しかし、今は少しでも前に進まなければと思った。


 それに今までは王女の指輪を盗んだ犯人を捜す気など毛頭なく、出来るだけ誤魔化しながら一日でも多く調査の時間を得ようとしていたが、もう――犯人の検討はついている。

 犯人などどうでもいいが、指輪は手に入れなければならない。

 この日から行動しようとは思わない。騒がれて誰かに気付かれると面倒だからだ。桜は今後の事を深く考えていると、いつの間にか眠りについていた。

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