第二十七話 スーパーヒーロー
あのあと、一階へと戻った桜はもみじと共にベッドの位置を元に戻した。そのまま寮に帰ってきた生徒は気にせずに、二階にある他のクラスメイトの部屋へと入った。その様子をたまたま寮に帰ってきた女子生徒に見られたが、桜は意にも介さずもみじと共にその部屋へと入って行く。中を誤魔化すように探すが、何も見つからなかった。
夕食を終えた後も桜が休めるわけもなく、二冊の本を手にもみじの部屋へと向かっていた。
どうやら千里は英語が読めるようだ。
これは桜の知らなかったことだが、千里は帰国子女であり八歳の頃に日本へと引っ越してきたようだ。幼いころから英語に親しんでいた彼女は、日本に帰ってからも英語を欠かさず勉強していたので日常会話なら読むことが簡単らしい。
桜はもみじの部屋に入ると、いつものように椅子を移動させてベッドの上に座るもみじと千里の真正面に座る。
千里の様子はいつもと変わらないが、もみじの顔色はやはり少し悪いままだった。それもその筈。この寮の地下室には死体があって、同じ屋根の下だ。それを考えれば気分が悪くなるのも当然だろう。
だが、死体が地面の下にあってもあまり同様のない桜は、千里へとすぐに本の解読を頼んだ。
『早速だけど、これを訳してもらってもいいか?』
『はい。もちろんです』
千里も元の世界に帰るためとあらば、断る理由などなく、二つ返事で頷いた。
桜が最初に渡した本は、無造作に机の上に置かれていた本だった。ミイラが途中まで書いていた本ではない。また千里にこれらの本は元の世界に帰るための手がかりだとは伝えているが、ミイラがいる部屋にあったものだとは伝えていなかった。
彼女が動揺するのを避けるためである。
千里はぱらぱらとページを捲った。どうやら意味はすぐに分かったのか、苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。
『文字の量があまりにも多いみたいです!』
『なら、要約して頼む』
桜のお願いに頷いた千里は、ぽつぽつと訳した内容をスマホの画面に書き込み始めた。ベッドに座っている千里の間を挟むように、桜ともみじは画面をのぞき込んだ。
『この本はですね――』
◆◆◆
さて、僕はこの摩訶不思議な体験の事をこの日記に記したいと思う。
元々僕はハイスクールに通う普通の学生で、簡単に言えばナードだったんだよ。しがない学生さ。眼鏡をかけた冴えない容姿で、大きなリュックサックを背負って学校に行くんだ。スポーツなんて当然苦手だし、だからといって勉強が得意なわけでもない。もちろん、仲のいい女の子なんていないさ。
学校に行って、オタク仲間とアニメやコミックの事を話して、学校が終われば家でパソコンの前で電子の世界に潜る日々さ。僕の毎日はそれなりに充実していて、とても楽しかったけれど、やっぱり外からの目はそんなによくはない。同級生にからかわれることも多いのさ。
ははっ。
だけどね、そんな僕の身に信じられないことが起こったんだよ。
信じれらないとは思わないかい?
僕がスクールバスに乗ったらね、他の同級生たちと一緒に別の世界へと行っていたんだよ。
そこで出会った綺麗な人たちが僕に言うわけさ。
僕に“ヒーロー”になれってね。
ヴィランを倒してって言うんだ。
もちろん頷いたさ。
まさかコミックの中と同じようなヒーローと、同じような場面に会うなんて信じられなかったさ。
でも、断ると言う選択肢はないよ。
困っている人がいるんだ。それを助けるのは人として当然だからね。
正義はちゃんと持っているからね
不安もあったけどね。
だけどね、それ以上に僕を包んでいたのは高揚感だよ。誰かの役に立つ。ハイスクールでは日陰者で目立つこともなかった僕が、ここではいちやくスーパーヒーローさ。誰だってスーパーヒーローには憧れるだろう?
僕が彼女たちの提案を受け入れるのは当然なわけさ。
でも、まだ僕はスーパーパワーを得ていなんだ。
どうやらスーパーパワーを得るには多くのトレーニングが必要なわけ。そうだよね。コミックのヒーローだって、多くのプラクティスを積んだから、人を救う事ができたんだ。
それに、ローマは一日で建ったわけではない、ともいうだろう。僕だってそうしなくちゃあね。
――それから、日記の持ち主は数々のトレーニングをこの本に書いていた。
体に塗る香油。怪しげな液体を飲み、発音しずらい言葉を唱える。そのプラクティスに桜たちは見覚えがあり、どれも自分たちが実際に行った儀式だった。
それからまた日にちが変わる。
どうやら日記の書き主は興奮しているようだ。
今日はね、やっと魔術が使える事になった事を報告しようと思う。
多くのトレーニングをこなした僕は、ついにスーパーヒーローならあって当然のスーパーパワーを得る事ができたんだよ。
色々なスーパーパワーがあったけど、やっぱり僕が憧れたヒーローはどんな逆境も自分の体で打ち破るヒーローなんだ。だから単純に力を上げる事にしたよ。どうやら筋トレ以外にも力を上げる方法はあるみたいだからね。
僕と一緒にこの世界に来た皆は様々なスーパーパワーを選んでいたけどね。
同級生のキャシーはサイコキネシスのような力だったし、運動神経抜群のボブはパイロキネシスだったからね。どちらも素晴らしい力で、覚えられるのなら僕も覚えたかったさ。
でも、僕のスーパーパワーはどうやら他の人よりも強力みたいだ。
これを選んでよかったよ。
さあ、ヴィラン!
いつ来てもいいよ。
僕の準備は出来ている。
また日にちが変わる。
僕の選んだスーパーパワーで力を上げるのは、どうやらもう一つ上の段階があるみたいだ。力を上げるだけではなく、体を作り替える事でもっと強い力を得られるみたいだ。
とても危険なものなので彼女からは進められなかったけど、僕は希望したさ。肉体改造はヒーローの基本だからね。コミックの中のヒーローも、体を様々に変えているものなので抵抗もなかったよ。
まだヴィランとは戦っていないけど、この国の人たちの話ではとても強い存在らしい。僕ぐらいの力だとこの国の騎士でも持っているから、より強い力を望まないとね。
太陽を奪われたこの世界の人たちを救うために。
だから僕はどんな辛い日々でもこの国の為に頑張るさ!
また日にちが変わる。
どのページもそうだが、日付は書かれていなかった。
だからいつの出来事か分からなかったが、筆跡の荒れ具合から前回からかなりの日にちが経っていることが分かる。
確かに危険だったけど、僕のスーパーパワーは以前よりも強力になったよ。
騎士たちの剣は僕の肌には通用しないし、この建物ぐらいなら簡単に飛び越せるぐらいの力もある。今ならトラックだって止められそうだ。本当に凄いよ。
以前は眼鏡をかけていたけど、視力も回復したんだ。少し目が乾いているような気もするけど、裸眼というのはとても素晴らしいよ。
また日にちが変わる。
ヴィランはまだ来ないのかな。
スーパーパワーを得たのはいいけど、未だに僕は凶悪なヴィランたちとは戦っていなかった。外では無実の人たちが襲われているらしいから助けに行きたいんだけど、許可をくれないんだ。
まだ力が足りない、もっと強くならないと、って僕に様々なトレーニングを押し付けるんだ。早くヴィランと戦って、皆を助けたいよ。
ああ、そう言えば、スーパーパワーの影響だと思うけど、体が少し緑色になったよ。皆は影響はないというけど病気みたいで少し気になるな―。
あと、指の間も痒い気がする。
また日にちが変わる。
最近は夜も眠れないことが多くなった。
また一緒にここに来た皆とは会っていない。
どうやら彼らは秘密のトレーニングをしているみたいだ。
僕と同じようにね。
でも、僕はいつになったらヴィランと戦えるんだろうか。
戦う事もなくずっとトレーニングばかりしていると、この世界にはヴィランなんていないんじゃないか、って思えてしまうんだ。
早くこの力を何かにぶつけないと。
――その次のページがぐしゃぐしゃになっていた。
ああ、力加減を間違えてしまったよ。
最近多いんだよ。こうやって力を制御できない事が。
でもスーパーパワーに悩むって、凄いヒーローらしいね。なんだかコミックの主人公になったみたいでとても嬉しいよ。
そう言えば、パパとママはどうしているのかな。
たまにこうやって日記をつけていると、二人がどうしているのかが気になる。もうこの世界に来てから随分と経ったからね。二人は僕の事をとても愛してくれたから、心配していると思うな。
早くヴィランを倒してこの世界に平和をもたらして、元の世界に帰らないとね。
でも、姿が少しだけ変わった僕を見ると、パパとママは少し驚くかもしれないけどすぐに受け入れてくれると思う。僕もパパとママを愛しているからね。
またページが変わる。
何枚もの紙がぐしゃぐしゃとなっており、ボールペンが突き刺されたような小さな穴も開いていた。
嘘だった!
奴らの言っていることは嘘だったんだ!
困っている人がいる。苦しんでいる人がいる。それを助ける為に僕は頑張ってきたのに! だから彼女たちの目を盗んで、僕は壁を越えたんだ。今の僕ならなんだってできるからね。手や足も壁によく張り付いたよ。
僕は城下街を出たんだけど、外にはヴィランしかいなかったんだ!
町が広がっていると、農場や港が広がっていると聞いていたのに、そんなものはない。小さな家がぽつぽつと広がるだけさ!
それだけじゃない!
外には化け物のような人しかいないじゃないか。緑色で、目が大きな化け物たちしか。彼らが平和に暮らしていたんだ。誰かに襲われている様子もない。彼らがヴィランなのか? それにしてはもう彼らはこのすぐ近くまで侵攻しているじゃないか! この城下街以外のすべてがヴィランに支配されているなんて。
本当に分からない。
意味が分からない。
僕は何の為にこの力を手に入れたんだ?
もしかして彼らから国を取り戻すためにこの力を手に入れたんだろうか。
でも、彼らはすぐ近くまで来ている。
これは慎重に行動しないと!
僕は誰にも見つからないように自分の部屋へと戻ったんだ。
また日付が変わる。
今日は彼女たちに外の現状を伝えたんだけど、どうやら彼女たちもそれは把握していたようだ。
そして僕を悲しませないために、ヴィランたちに変えられた彼らの事を黙っていただけだったらしい。
彼らを助ける為にも、僕はもっと頑張らないといけない、と強く思った。
僕のこの力は、きっと彼らを助ける為にあるんだ。
くそっ!
窓の外にもヴィランがいる。
僕は全力で窓ガラスを殴った。
外を覗いてみると、もう誰もいなかったヴィランは逃げたようだ。
もう城のすぐ近くまで奴らに侵略されているなんて
頑張って、一行も早く助けないと――
それで、この日記は終わっているようだった。
続きはない。
千里が一冊目の日記を翻訳したとき、三人は顔を見合わせた。
桜の感想としては、何だこれ、という感想しか浮かばなかった。
言いたいことは沢山あったし、考えたいことも数多くあった。またここに書かれていることがすべて真実だとも思いたくはなかった。
だが、それらをぐっと堪えて、千里に頼む。
『次はもう一冊の翻訳を』
千里は頷いて、二冊目の本を開いた。
中はブロック体で、読みやすいアルファベットで書かれていた。
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