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名探偵サクラ ~魔王を倒せと言われたけど、職業が名探偵なので倒すビジョンが思い浮かばない件について~  作者: 乙黒


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第二十三話 本の世界

 その日の夜、桜はもみじの部屋へと向かった。そこには依然と同じように千里がいて、桜を待っていたようだった。

 本日の話題はもみじと桜のカップルによる恋愛相談である。

 どうやらもみじは嘘のカップル関係については真実を伝えていないため、千里はあわあわと顔を赤くしながらもみじの話を聞いており、アドバイスに関しても「わ、分からないよお」と言っていた。もみじもあまりアドバイスを千里から聞き出すつもりはないようで、焦る千里を見てにやにやとしていた。

 それから三人はいつもと同じ秘密の会話を始めた。


『桜さん、例の本は見つかったのですか?』


『ああ、見つかったよ。これだ』


 桜はわざわざ持ってきた秋山から借りたスマホを取り出した。


『なんですか、これ?』


 千里は桜から受け取ってぱらぱらとめくると、予想以上にきわどいシーンが多かったのか顔を真っ赤にして本を閉じた。

 桜としてはそこまでのシーンはなかったのだが、純粋に育てられた千里にとっては刺激が強かったのだろう。


『これが秋山から借りた本だ。最近巷で流行っているらしい本で、物語の内容としては只の高校生がクラスごと異世界に呼び出されるところから始まる物語だ』


『この本ね、凄く私たちの状況と似ているのよ。』


 既にこの本を一度読んだもみじは、したり顔で言った。


『ああ、秋山が言うにはテンプレと言われる物語で、よくある者らしい。秋山もテンプレだからとあまり気にもしてなかったけど、俺はあまりにもこの本と今の状況が似すぎているんだ』


『確かに、これだけ被っていると思うところがありますね。細かい違いはありますけど、最初の流れは全く一緒です! ステータスプレートという呼び方、敵対する存在の魔族、魔王、私たちのクラスの状況まで似ています!』


千里も感心するように本を読み進める。


『この流れって今の小説だとよくあってテンプレって言うほどありふれたジャンルなんだ』


『なるほどー。だから皆、テンプレって言っていたんですね』


 千里は桜の話に感心していた。


『はい! 質問です! もしも私達の状況が桜の言う通りも本の通りだとして、元の世界に戻る為のどんなヒントが隠されているのですか?』


 千里は手を挙げてからそう言うと、桜ともみじは顔を見合わせてしまった。

 確かに、そうだ。

 ほんと同じ展開。それだけでは元の世界に帰る為のヒントにはならない。

 どういうことなのよ、とジト目でもみじは桜を睨んだ。


 確かに、本と展開が一緒だからと言って、何の手がかりにもならない。そもそもこの本では元のクラスメイト達から離れるが、結局は国が示した魔王討伐と言う道を辿っている。その中で異世界の様々な住人達と交流して、異世界の人たちを救っていくのだ。


 あまり手がかりになる部分はなかった。


 ――いや、と桜は首を振った。

 “何か”がおかしい、と思うのだ。ここまで自分たちの状況と本が一致することがあるのか。本の中でもこの展開はテンプレだと、よくある流れだと疑ってなかったが、その全てを疑え。

 最初から考え直せ。全ての可能性を洗い、一つ一つ消去していくのだ。

 まず、この本の中に入ったと言う可能性はない。そもそも王女は教室に入ってきた。本から現れたわけではない。

 たまたま異世界と本の状況が一致したのか。それこそ可能性は低いだろう細かい状況は似るとしても、敵対勢力の単語、ステータスプレート、職業検査、流れが全く一緒なのだ。ありえない。

 ならばと桜は一つ一つの推論を消していくうちに、一つの可能性に辿りついた。


 例えば――王女たちが秋山の持っている本を参考にしたとすればどうだろうか。


 自分たちがこの世界をたやすく受け入れる為に、わざわざこちらの文化を調べて、最も納得しやすい理由を作ったとしたら、どうだろうか。本も同じ流れでクラスメイトは納得していたので、それを参考にしたのではないか。

 そう思うと、幾つかの疑問が晴れる。

 自分たちは魔族なんて会っていない。城内にいるが、そんな噂は一度として聞いた事もない。誰かが被害にあったという事も聞いた事がない。

 剣術の訓練が甘いのも、魔族がいなくて倒す必要がないとすればどうだろうか。説明はつく。


 ステータスプレートや職業も、秋山の本の流れに沿わすために作ったのだとすればどうだ。考えれば自分たちは様々な職業になったが、それに合った訓練を受けていない。戦士だろうが、聖騎士だろうが、賢者だろうが、忍者だろうが、鍛冶屋であっても、習うのは画一的な剣だ。彼らは剣が最も基本な武器だと言っていたが、少なくとも城内にいる騎士は剣だけではなく、槍や弓などの鍛錬も積んでいる。

 あの職業に意味がないとすれば訓練を差別化しないのにも説明はつく。


 王女が本を欲したのも、証拠を消すためだとすればどうだろうか。

 そう思えば、と桜は思い出した。鞄の中には教科書などが入っているのだ。文庫本も桜は持っている。それらを王女たちが欲しているとは聞いた事がない。彼らが欲したのは、あくまで秋山の本だけなのだ。


 まだ多くの謎は残されているが、王女たちが秋山の本を参考にしたら、と考えれば自然に説明できることが多い。

 確定ではないが、可能性の一つとして考えるのが妥当だろう、桜は思った。


 そうなれば、そこに元の世界に戻る手掛かりが隠されているかもしれない、とさえ桜は思うのだ。


『これは可能性の一つだけど、この本を参考にして王女たちが演技をしているとする』


 桜はそうスマホに打ってから、先ほどまで考えていたことを画面へと出した。


『で、それが何のヒントになるのよ?』


 もみじは不機嫌そうに唇を尖らせながらスマホへと打つが、待っていたとばかりに桜はにやりと笑った。


『いいか? この本の通りに王女たちが動いているとしても、どうしても本の通りにいかない部分がある』


『それはそうよ。だって現実は現実で、全くそのまま本の通りとはいかないわ』


『そうだ。だからきっと本とは違う展開に手がかりがある筈なんだ。例を挙げるとするとすれば、王女が教室に入った事だ。本と齟齬が生じている。あれのおかげで俺たちは元の世界に帰る方法があることを知った。だからこの本こそが俺達の手掛かりという可能性だ』


 ああなるほど、ともみじと千里の二人は頷いた。

 だが、それ以上見つけたものはあまりなかった。桜はぱらっと本を見たが、今の状況と本の何が違うかは分からなかった。

 まだこの世界に来て一か月も経っていないのだ。本ではそれぐらいの期間がすぐに立ったため、差異を求めるのはまだまだ厳しいのが現状だった。


『でしたら、私に一ついい案があります』


 これまで桜ともみじの話に感心するだけだった千里が、手をぽんと叩いてから思いついたようにスマホを握った。


『この本との違いを見つけるんですよね? なら簡単です。私はずっと不思議に思っていたことがあるんです。私たちはどうしてこの寮に泊まっているのでしょうか?』


 千里の言葉に思わず桜は感心したようにうんうんと頷いた。


『この本には城に用意された一流ホテルのような部屋に泊まると書かれていたんです。それに比べて私たちが止まっているのは、最初に掃除が必要なほど汚い部屋でした。食事や服などの待遇はとてもいいのに、部屋の汚さだけが私には理解が出来なかったのです。私たちの付き人はとても気が利きます。彼らがこの寮に入って掃除しないのなんて信じられません』


 考えてみると、彼女の言う通り自分たちの状況は不思議である。


『確かにそうだな。城に部屋を用意するのが手間とは思えない』


『クラスメイトの中には城に部屋を持つ人もいると聞いたわ。夜な夜なメイドを連れ込んでいるらしいけど。頼めば彼のようにいい部屋を用意してくれるらしいわね。おかげで寮で寝泊まりする人が日に日に減っているわ』


 そう言うのはもみじだ。

 似たような話を桜も聞いた事がある。

 獣人達と親しい秋山は新しく用意してもらった屋敷に、彼女たちと一緒に暮らしているようだ。


『だから、きっとこの寮には秘密があると思うんです。使用人がこの寮に入れない理由も、この寮から見つかった英単語の書かれた紙がある理由もです。皆を泊める理由の目的が、何かは分かりませんが、調べて無駄という事はないはずです』


 千里の言葉に桜ともみじは目を合わした。

 いい機会だ、と思うのだ。

 自分たちは都合のいい身分を得たのだから。


『これは名探偵の出番ね』


 もみじが表情を崩した。


『ああ、そうみたいだな』


 桜も顎を摩りながら笑顔で言った。

 彼の頭の中には既にどこから探すか、ということだけを考えていた。

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