第二十二話 よくある物語
次の時間、桜はもみじと共に魔術の授業には出なかった。
メイド達には名探偵の仕事を果たす、と説明した。彼女たちも最初は魔術の儀式に出るよう強く押してきたが、「一刻も早く王女様の役に立ちたい」と泣き落したのだ。もちろん桜ではなく、もみじがアカデミー賞助演女優並みのウソ泣きで
それから堂々と魔術の授業を休んだ桜ともみじは、もみじの部屋でベッドに横に並んで座りながら秋山から借りたスマホを取り出して、まずは表紙を眺めた。可愛らしいピンク髪の少女が書かれた本だった。
題名は「勇者召喚で不遇な細工師という職業についたけど、実はチートで最強でした」というものだ。
最初の何ページかはカラーであり、現実では考えられない色とりどりの髪をした美少女が描かれてある。中には少女が半裸になったページもあったが、桜はそんなページを見ても顔がニヤケる事はなかった。むしろ少しでも手がかりを探そうと顔が真剣だった。
桜ともみじはカラーページを見てから、最初のプロローグを読み始める。二人の息はぴったりだった。もみじが頷けば桜はページを進める。
桜は、道場の師範つまりもみじの父親から小学生の頃に修行だと無理やり読まされたほぼ原文のままだった「孫子の兵法」や「五輪書」と比べると非常に読みやすい、と思った。その時もこうしてもみじと並んで読んだことを思い出し、懐かしさに浸る。
秋山から借りた本の主人公は高校生の男子で、漫画やライトノベルなどが好きなようだった。またこのような異世界に勇者として呼び出されて、戦う物語を特に好んでいたようだ。最初は教室内で同じクラスの男子にからかわれるところから始まった。どこか境遇が秋山に似ているようにも感じたが、違う部分もあった。
この本の主人公はクラスでも人気の女子と仲がいいらしく、その嫉妬から同級生からからかわれている、という設定だったが、残念ながら秋山にそんな女性の影はなかった。
またクラスは二年二組と書かれており、桜は既視感を覚えた。
小説内の二年二組には多数の人物の描写があったが、その中で最もクラスで人気のある男子の事が丁寧に書かれてあった。その人物は設定が多数あった。容姿がよく、成績も学年上位であり、また運動神経がいいとどことなく同じクラスの神倉に似ているような気がする。
違う点があるとすれば、神倉はサッカー部に入っているが、この本では剣道を行っていると書いてあったことぐらいだろうか。実力があるのはどっちも一緒だが。
あとは数多くの美少女の描写もあった。
美人が勢ぞろいなのはこのクラスの特徴だろうか、と桜は思う。思えば先ほどのカラーページにも基本的には並み以上の人物の容姿しか書かれていなかった。
自分も含めて、二年二組にはじゃがいものような顔が多いのに、と桜はため息を一つ吐いた。クラスには美少女と言える女生徒もいるが、この世界にいるメイド達のほうがとても綺麗である。
またどうやら本の中では、出てくる担任も若く可愛らしいようだ。桜のクラスの担任は大きくてごつい柔道部顧問の中年男性だと言うのに。あと頭も剥げているてっぺん禿げだ。本当に酷い格差である、と桜は重たいため息を吐く。
そして何気ない描写から突如として教室内に魔法陣が浮かび上がり、教室内にいた全ての者が異世界へと召喚された。
異世界に行くと、そこには美しい王女が主人公たちを迎え入れた。動揺するクラスメイトも多い中で、主人公はよくある展開だと異世界召喚に心が躍っている。そのまま場所を移動し、国王との対面となった。
ここまでの物語も、桜の状況とあまり変わりはない。
国王の話によると魔王への対抗手段として主人公たちを呼んだと。だから魔王討伐を手伝ってほしいと国王は言い、またそれと同時に元の世界に帰れない、という非情な現実も国王は主人公たちに叩きつけた。
多くのクラスメイトと共に、可愛らしい担任の先生も国王に、元の世界に帰せ、抗議したが、不可能だと言った。多くのクラスメイトがパニックに陥っている中で、主人公だけは本でよくある展開だと思って冷静であり、周りをよく観察していた。
阿鼻叫喚の中で神倉のような人物が、「この世界の人を救うために戦う。困っている人を放っておくことなど出来ない」と言い始めて、彼の説得により、ほとんどのクラスメイトが戦う事を決意したようだが、主人公だけが戦いに参戦することに積極的ではなかった。
戦いがどういうことか、何かを殺すという事がどういうことか分かっているのか、などと当たり前の事を心中で述べていた。また主人公はこんな状況を作った国王たちの事も危険だ、とこの本の主人公は思ったようだ。
主人公たちはそれから戦う術を学ぶことになり、ステータスを測ることになる。これも桜たちと一緒だった。
主人公はそんな中でステータスも周りより圧倒的に低く、細工師というのは弱い職業についたようだ。また神倉のような登場人物は勇者と言う職業を授かり、周りよりも圧倒的にステータスが高く、異世界の住民やクラスメイトから大いに称えられていた。
それから魔王と戦う力を得るための修業が始まるが、弱い職業である主人公はステータスの上昇率も低く、魔術も殆ど覚える事ができなかった。またここに来る前と変わらず同級生から魔術の試し打ちなど酷い苛めを受けていた。
三か月ほどの時は流れ、主人公たちは魔王と戦うにあたって、前哨戦として魔族を倒しに行くこととなった。そんな中、同じクラスメイトの策略を受けて危険な地域にその身を落とされた主人公は、細工師の本当の使い方を学び、武器などに魔術の刻印を施し事で強力な力を得る事ができたようだ。
危険な地域を突破した主人公の強さは圧巻である。
強者に負けず、悪漢に襲われていた美女を助け、酷い扱いにあっている汚らしい奴隷を助けて怪我まで治療すると実は美人だったり、またギルドと言う場所で美しい女冒険者に出会ったり、と仲間にするのがすべて女性だった。そしてそんな女性たちが全て主人公に惚れていた。
そして最後に主人公は元クラスメイトを襲っていた魔族を圧倒的な力で倒して終わった。元の世界へと帰る方法を探し、魔王はまだ倒しておらず、まだまだ続くかのような物語だった。
桜はこの小説を読んで、思ったことはやはり、自分たちの状況と似ているな、と思った。細部は違う部分が多かったが、平凡な高校生が異世界に招かれ、国王から魔王の討伐を依頼さえ、その為の修業を城内で行う、とほぼ一緒だった。
クラスメイトは訓練の途中から魔族と戦うが、小説では三か月ほどが一行で終わっている。それに比べて桜たちはまだこの世界に来てから一か月も経っていないので、まだ魔族と戦っていないのは妥当と言えるだろう。
桜はもう一度ぱらぱらとページを捲った。
やはり思う事があるとすれば、自分たちの状況と“似すぎている”という事だった。まるでこの物語の中に入ったような錯覚に陥る。
秋山はこのような展開の本は巷に溢れている、と言っていた。
だが、桜は本当に今の状況をテンプレだと簡単に片づけていいのだろうか、と思う。
「本当に私たちが本の中に入ったみたいね」
隣にいる桜だけが聞こえる声で、もみじが呟いた。
確かにもみじが言った通り、本の世界に入ったようなのだ。それほど今の状況が似ている。荒唐無稽な話だが、そもそも異世界に行くという事自体が信じられない話なのだ。本の中に入ったと言われても信じるだろう、と桜は思った。




