第二十一話 偵察
「……無理だったよ。でも、王女様も自分では奴隷に対しては力が働かない。でもね、国王様に掛け合ってくれるって言ってたんだ! すぐには無理だけど、徐々にならそういう方向に持って行くことが出来るかも知れない、って言ってた」
「そうなんだ……」
桜は秋山へと適当な返事をしながら、ゾラの発言を嘘だな、と決めつけた。
ゾラが小声で話していた亜人に対する言葉を聞いていたが、あれは嫌いや蔑んでいる言葉ではない。危険物を扱うような言葉だったのだ。
「でね、他に僕に何ができるか、ってずっと思っていたんだ! でもね、何も思いつかないんだよ。織姫君は知らないかもしれないけど、彼女たちは本当に凄い人なんだよ。自分たちの境遇にもめげず、頑張って毎日を生きているんだ! そんな彼女たちの力になりたいんだ!」
秋山は急に立ち上がって、机を強く叩いた。
テーブルの上の食器が揺れて、水の入ったワイングラスが倒れて割れた。
「わっ」
「あっ、ごめんね。急に立ち上がったりして。あ、僕、ハンカチを持っているんだ。すぐに拭くよ」
秋山はポケットの中から慌てて取り出したハンカチで、濡れたテーブルの上を拭き始めた。
桜もポケットの中からハンカチを取り出して同じようにテーブルを拭きながらぼそりと言う。
「彼女たちは……いつもどんな事を言っているの?」
「え」
「分かりにくかったかな。彼女たちの普段の様子を聞いてもいい?」
「……えっとね。いつも二人とも僕の身の回りの世話とか、寮の中には入れないけどちょっとした荷物運びとか、僕の予定を覚えてくれてたり、といつもとても頑張ってくれるんだ。それだけじゃないんだよ! でね、僕がお礼を言うと、彼女たちは逆に頭を下げるんだよ。私こそありがとうございますって、いつも感謝していますって。その言葉を聞くたびにね、もっと頑張ろうって思うんだよ」
えへへ、と秋山は顔を崩した。
どうやら秋山は亜人たちと良好な関係を気づけているようだ。
桜が以前に見た亜人たちは曇っている目が多かったように思えるが、きっと秋山が引き取った亜人たちは輝いた目に変わった姿が変わっているのだろうと思うのだ。
「じゃあ、大丈夫だよ」
「どういう事?」
「秋山君の彼女たちへの接し方が、これまで酷い扱いを受けていた彼女たちにとっての救いとなっている筈さ」
「……そうかな?」
照れたように笑う
「ああ、そうさ」
「きっと他にも色々と言われたんだろう?」
桜はにやにやとしながら言った。
それから秋山の口が柔らかくなったのか、惚気話が始まった。。
「……実はね、彼女たちってとても積極的なんだよ。僕がお腹が痛くて唸っていたら優しくお腹を撫でてくれたり、真正面から好きです、って言われるんだ! その時の彼女たちの長し目がとても妖艶でね、下から上まで嘗め回すように見るんだ。思わず。襲ってしまいそうになったんだけど、それをなんとか堪えて、僕の事食べる気なの? って冗談で言ったら、それはとてもいいですね、って言うんだよ。もうね、その時思わず抱きしめそうになったけど、僕ってやっぱりチキンみたいなんだ。何もできなかったよ」
「ああ、うん」
桜は生返事をする。
他人の緩んでいる顔程見ていて詰まらないものはない。
それからも秋山の惚気話が続く。身長が小さいほうの亜人は無表情なところが可愛くて一瞬だけ顔が緩む姿がまた愛らしいと。
また背が高い子はいつも笑顔で太陽のように明るいと言う。秋山が頼んだことはいつも一生懸命に取り組んでおり、ボタンの付けなおしを頼んだ時には手に幾つもの傷を作りながら頑張っていたという。
そして一しきり亜人たちについて語り終えると、満足したように秋山は言った。
「今日は聞いてくれてありがとうね。織姫君と話して僕の気持ちは決まったよ」
「気持ちって?」
「僕はね、この世界に来て力を手に入れたんだけど、それを誰かの為に使わなきゃ、ってずっと思っていたんだ。でね、誰に使うか決まったよ。あの子たちだ。僕はあの子たちを奴隷から解放するために頑張るよ」
秋山は決意を現すかのように拳を強く握った。
桜は目の前で意思を固めている秋山へと頷きながら、リビングにいる他のクラスメイトが気になっていた。全部で三人。それぞれが個人でここにいて、ちらちらとこちらを見ているようだ。観察しているように思える。聞き耳を立てているのだろうか。
(俺と秋山の会話を聞いているのか)
ふふん、と桜は嗤いそうになった。
クラスメイトは普通の学生であり、特別な訓練を積んだ者など誰一人としていない。偵察はバレバレだった。
誰に命令されたのかを考えると、容易に想像がついた。
桜は自分の目的を果たすために彼らを追いやることにした。
「――ねえ、秋山君、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何かな?」
「俺はこの後、この寮で王女の大切な物を探そうかと思うんだけど、誰が一番怪しいと思う?」
桜はピザをつまみながら気軽に言う。
秋山への質問に深い意味はない。そもそも犯人の候補から男子は外れているのだ。また字女風呂の様子も殆どは知らないからだ。
「うーん、女子の中だと皆が怪しいけど、やっぱり王女様よりも先に上がった人たちが怪しいよね」
「そうだよね。あ、そう言えば! 君たちにも聞きたいんだよ。ねえ――誰が盗んだと思う?」
桜はリビングにいた全てのクラスメイトに振り返るように言った。
話を振られた三人はばつが悪そうな顔をしながらすっとんきょうな声を出した。
「え、あっ、うん……」
彼らは戸惑ったように桜を見ていた。
きっと話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
だが、そんな彼らに桜は招き猫のように微笑みながら、おいでおいで、と手を仰いだ。
「ねえ、こっちに来てよ。ちょっと話が聞きたいんだ。今ね、情報収集をしていてね、出来れば君たちの口からも誰が怪しいかを聞きたいんだよ。小さなことでもいいんだ。参考になるような事があれば教えて欲しい――」
桜はリビングにいるクラスメイト達を集めて、情報収集を行った。彼らは逃げたそうにしていたが、笑顔と押しの強さによって何とか自分たちの机の近くに彼らを呼んだ。
もちろん彼らから聞いた情報は、手帳に書きこんでいく。桜の気分は尋問している刑事だった。乗り気で彼らに質問を重ねる。どうでもいい質問から、聞きたい情報まで。
三人から得た情報と言えば、この国についての事だった。盗難事件については何も進展がなかった。どうやら王女達も全くの想定外だったようだ。
数ある雑多な質問から桜が得た事と言えば二つ。
一つはこの国にも様々な派閥がある事。王侯派、貴族派、魔術師派、騎士派などだ。どうやらこの国は一枚岩ではないらしい。そしてこの三人もそれぞれ違う派閥の者と親しい事が分かった。お互いの派閥は表面上協力しながらも、相反し合っているようだ。だからきっと三人とも協力せずに、広いリビングなのに一人で食事を取っていたのだ。
流石に桜も三人が仲良く話して食事を取っていられると、彼らのことは気にもかけなかっただろう。
「なるほどね。ふむふむ。じゃあさ、君たちが仲良くしている人たちの事についてもう少し教えて欲しいんだけど……」
桜としてはもう少し彼らから情報を絞り出したかった。
元の世界に戻る為の有用な情報は得られない。三人とも元の世界へと帰る道は魔王を倒す事のみしか信じておらず、この国で優位に立ちまわる事を優先しているようだ。その為の協力者がある者は貴族で、ある者は騎士、またある者は商人なのだろう。
だが、この国の情勢について知ることは、そう悪くないと思えた。
「あ、ちょっと次の訓練の準備があるから」
「私ね、さっき話した人から呼ばれているんだ」
「あ、そう言えば僕、友達と約束があったんだった」
しかしながら三人とも桜から逃げるように言い訳をしながら、リビングから足ばやと去って行く。
名探偵という理由を建前に情報を聞いてくる桜に恐怖を感じたのだろう。また彼らは王女に協力している桜の事を、王侯派と思っているらしい。だから余計に桜に情報を話したくはなかったのだ。
三人が話した内容にはきっと話してはいけない事もあったのだろう。桜は三人の表情を細かく観察し、白くなった時に話していたことを中心に覚えていて、そこを的確に抉った結果、得られたのが先ほどの情報だったのだ。
「あらま、振られちゃったみたいだ」
桜は逃げた彼らの後姿を見つめながら、肩をすくめる。
「残念だね、織姫君、でもさっきの姿は本当の名探偵みたいだったよ」
「そう?」
「うん。あんな風に情報を聞き出すことが出来るんだね」
「そう言ってくれると照れるよ。あ、そうだ。秋山君にも聞きたいんだけど、秋山君って、猫耳の彼女たちのほかにこの国で親しい人っているの?」
「うん、いるよ」
秋山は桜に警戒心がないの素直に反してくれた。
「どんな人なの?」
「この国の第四王女様だよ。多分、他のクラスメイトは知らないと思うな。だって僕たちの前に正式に姿を現したことはないからね。でもね、彼女とはよく話すんだけど、色々な事を教えてくれるんだよ。それにとってもいい人なんだ」
「ふーん、ありがとう。教えてくれて」
「全然いいよ。あ、でも、ここだけの話、どうやら王女様たちの姉妹仲はよくなくてね、織姫君ってゾラ様の派閥でしょ? 親しくしてるとあまりいい顔をしないんだけど……」
秋山は困ったように頭をかいた。
「でも、友達だから仕方ないよね」
「だよね! だからね、これからも周りの事を気にせず僕と話して欲しいなー、なんちゃって」
「いいよ、全然。魔術や剣の訓練の事で秋山君に相談するかも知れないからね。特に訓練は遅れ気味になりそうだから」
桜はこの後も寮の中を探す予定なんだ、と困ったように笑う。本当は訓練に参加し、一刻も早く魔王を倒したいと言いたげな様子で。
「あ、そうだね。織姫君も大変だもんね」
「そうなんだよ。あーでも、ついでに魔術についての相談に乗ってもらおうかな」
「いいよ!」
困ったような顔を桜に、秋山はやる気満々の顔で言った。
「ここの国の魔術書を読んでみたんだけど、本当に色々な魔術があるんだ。でも強力な魔術は代償が大きい。で、さあ、知りたいんだけど、弱い魔術だけど使い方によっては強い魔術になる、なんて、都合のいい魔術ってないの?」
桜は夢物語のような事を言う。
本人はそんな事があるなんて思っていない。冗談の一つであった。
「ないけど、あるかも知れないよ」
だが、秋山はにやりと笑った。
「あるんだ」
桜も思わず顔がニヤケた。
「うん。僕の読んでいる小説でもね、最弱と呼ばれたスキルや職業、なんかを持った主人公が、実はその能力がとても強くて活躍するんだよね。今の小説だと、それもテンプレなんだね!」
「へえー、そのテンプレって言うのが、非常に気になるなー。そう言えば、秋宮君ってここに来る前に本を読んでいたよね?」
「うん、読んでいたよ」
少し顔が暗くなった秋山。
きっと教室で呼んでいた本についてからかわれていたことを思い出したのだろう。桐山たちにからかわれた事は、彼にとっては苦い記憶なのだろう。
「あの小説もさ、もしかして今回のような話?」
「そうだよ! もしかして織姫君も興味を持ったの? いやー、面白いんだよ! 異世界トリップの話って、今流行っててさあ! ネットで素人が書いた作品が人気だからって世の中に出て、いっぱい売れているんだ。どこの本屋にだって売っているよ。もう推理小説や時代小説のように一般的だよね!」
「ああ、そうだね。で、その異世界トリップの本を持っているの?」
「うん! 持っているよ。僕の持っている奴もとても売れたのでね、よくある異世界トリップなんだけど、他のとは一風変わってさあ、まず主人公のスキルがオリジナルで、ヒロインも沢山いるんだけど、その中にいるケモミミの子がさ、とても可愛いんだよね! あ、分かった! 織姫君も読みたいだね?」
「ああ、うん」
まくしたてるように早口で言う秋宮に、桜は相槌を打つことしか出来なかった。
「いいよ。貸すよ! 僕はね、好きすぎてもうその小説を何度も読んだんだ。今じゃあさ、十巻ほど出ているんだけど、もう何度も読んだんだよね。あ、大丈夫。僕の持っている本は一巻だから。最初の部分だから、初めて読んでも全く問題はないよ。あーでも、そうだった。王女様に一巻を貸したんだった……」
がっくしと肩を落とす秋山。
「そうなんだ。是非ともその本を読みたかったんだけどね」
桜も残念そうに肩を落とすが、すぐに閃いたように秋山は手を叩いた
「あ! 思い出した! 確か僕、スマホを持ってきているんだけど、中に電子書籍として入っているからそれを読めばいいよ!」
「えっと、ありがとう」
「でも、充電器がないんだよねえ。ごめんね、続きが読みたくなったらすぐに読むことが出来ないみたいだ」
「それなら手回しの充電器を持っているから、それを使えるんじゃない?」
それで今までスマホを充電し、もみじと会話をしていたのだ。
彼女は備えがいいのか、たまたま鞄の中に手回しでスマホの充電もできる懐中電灯を持っているのだ。
「ああ、そうだね! よかった! これで問題なく読めるね。じゃあ、食べ終わったら僕の部屋にスマホを取りに行こうか。読んだらまた感想を教えてね」
「う、うん。分かったよ」
桜は勢いのました秋山に少しだけ引きながら言う。
だが、これで良かった。
目的の本は手に入れた。
秋山からスマホを受け取って、本の表紙を見てみると美少女が書かれている本だった。あまり読んだことのない種類の本である。
この世界の事を知る為に、少しでも参考になればいいな、と思った。
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