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第二十話 容疑者

 桜は次の日、大人しく冷静に紙をゾラへと直接渡した。

 ゾラはかすかに微笑んでから紙を受け取った。ゾラの笑みはいつもと同じであったが、桜にはそれが勝ち誇っているように見えた。

 これで――手がかりの一つを失ったのだ。

 桜はゾラと別れる時には自然と歯を食いしばっていた。


それを終えると桜はゾラの家宝の捜索の一環として、妻林千里以外のボディチェックを受けていない三人にも話を聞くことにした。もちろんあまり乗り気のない桜はそれぞれ三人の話を聞くも頭には入っておらず、メモを取るだけだった。

 もみじも隣にはついていたが、神増世もあまりやる気はないようで口をはさむきすらないようだった。どうやら彼女も紙を渡したことはショックだったようだ。

 桜が三人にした質問は単純で、同じ事を聞いた。


「聞きたいことはただ一つ。事件のあの日、更衣室に戻ってから寮に帰るまでの行動を教えてくれ――」


 どうやら三人とも自分が疑われている事には気づいているようで、桜の事をずっと訝し気に睨んでいた。だが、もしもこの質問を答えないとすれば自分が怪しいと言っているのと同じなので、三人は目を吊り上げながら答えてくれた。


「あたしは簡単よ。長風呂ってそんなに好きじゃないのよねー。だから王女様より先に上がってー、それからすぐに服を着て寮に戻ったの。怪しい所なんてなくない? 盗まれた王女様のものは私が外したから覚えているけど、わざわざ盗むわけないでしょ? 常識的に考えて。さ、これで話は終わりでいいでしょ? あたしは暇じゃないの。あんたと違って訓練があるしー」


 と言ったのは摩那崎 礼香だ。

 彼女は左手にピンク色のマニュキュアを塗りながら話していた。

 当然ながら摩那崎は桜にいい感情を抱いておらず、すぐに話を切り替えて他のクラスメイトの元に戻ろうとしていた。

 桜も手帳に先の事は一応書き込んでいたが、あまり興味はないので手で払うように摩那崎にはもう話はない、と言う。


「あの、私は喉が渇いたのでお風呂を上がりました。王女様より早く上がりました。それから執事に頼んで冷たい水を飲んでから寮へと戻りましたけど、私は盗んでいません! そんな度胸もないですし……本当に、本当に盗んでいないんです。確かに私が怪しいのはよく分かりますけど、織姫さんならきっと目を見るだけで分かると思います! 私を……信じてくれますよね?」


 荒良木 栞奈はそう言いながら桜の右手を両手で握り、上目遣いで見上げた。

 彼女はクラスでも美少女で通っている。目立つのは派手な美人である摩那崎だが、荒良木も亜麻色の髪をショートカットに切りそろえたふんわりとした雰囲気の女性である。目元には泣きほくろがあり、大きな瞳は愛くるしかった。一つ一つの仕草が女性らしく、とても魅力的な女性で、桜も一瞬だけくらっと来たがその程度の魅力に落ちるようなら当の昔に異世界人に懸念しているだろう。

 桜はすぐに彼女の手を払って、「そうかも知れないな」とあいまいに言葉を濁してすぐにその場から彼女を追いやった。


「ひっく、えっぐ、きっと私の事を疑っているんでしょ!? あたしは盗んでないのに! あたしは誰もいない更衣室の中一人で服を着てる時間があったけど、盗む時間があったのは他の人と一緒よ。他の人が盗んだの。私じゃないの。凄く綺麗で私も欲しかったけど、私は盗んでいないわ! ねえ、信じてよー」


 大塩山 えな子は最初から目が涙で赤くはれており、話している最中に感情が押さえきれなくなったのか、目から大粒の涙を流して声は嗚咽混じりだった。椅子に座っていた筈なのに膝から地面に崩れ落ちて、対面で椅子に座っている桜へ縋りつくように膝へと抱き着いた。

 いつもは凛とした佇まいの彼女が涙でぐしゃぐしゃになった姿はあまり見たくなかったが、疑われるという事が彼女にとってのかなりの心の負担となっているだろうのだろう。桜の膝に顔を擦りつけるように大きな声で泣いた後に、桜のズボンで鼻を噛んだ。

 桜はため息を吐きながら「確かにそうかもしれない」と、一刻も早くこの場から脱げだしたかったのか優しく無言で彼女の背中を撫でてからメイドへと引き渡した。


 桜は三人との対話を終えるとほっと一息をついた。

 ぐしょぐしょになったズボンを早く書き換えたく、このまま寮へと戻りたかった。だが、そんな桜へもみじは意地悪な質問をする。


「で、誰が犯人だと思ったの?」


 城内で、さらに執事やメイドの目がある中での会話だ。

 ――誰に聞かれているか分からないので、うかつな事が言えない中でどうしてもみじはわざわざリスクを冒すのだろうか、と桜は攻めたい気持ちになった。


「さあね。以前にも言ったと思うけど、さっきの三人は怪しいだけで犯人じゃない。それに容疑者はクラスメイトの女子全員だ。まだ誰とは決めるには情報が足りないな」


「そう。残念ね」


「ああ、そう言えば、もみじも容疑者の一人だぞ。どうだ? 盗んだのか?」


「ねえ、桜に聞きたいんだけど王女様よりも早く入浴場に入って、後から上がった私が犯人だと疑うの? 探偵として立派な志ね。どんなトリックを披露してくれるのかしら?」


「そうだな。もしもみじが犯人だとしたら、推理小説のようなトリックが必要だな」


「その通りよ。しかも完全犯罪。でも、安心してよ。私にそんなトリックは思いつかないから」


「……そうだな」


 桜はもみじならそんな完全犯罪をしそうだが、と思ったのだが口に出すのは止めた。そもそもいらない事を言って、ゾラ達に疑われるのは避けたかった。

 この会話はそもそもゾラ達へのパフォーマンスなのだ。

 それ以外に意味などない。

 桜は三人との会話が終わると、もみじと一緒にクラスメイト達が剣の訓練を行っている広場へ行き、剣の訓練を行った。クラスメイトの中でも特に男子の多くが、数日前と比べると体力がつき剣の振りが鋭くなっている事に気づいた桜。どうやら彼らの多くは真面目に訓練を頑張っているようだ。

 桜もそんな彼らに合わせるように少しだけ剣の振りを鋭くする。もともともみじの道場で剣を習っていた彼にとって、このぐらいの芸当は簡単だった。



 ◆◆◆



 剣の訓練が終わった桜は、地面に体を投げ出すように座っている秋山に話しかけた。玉のような汗をかいていることから、先ほどの剣の訓練を頑張っていることが分かる。桜もちらっと秋山の事を見たが、何かに取り付かれたように必死に剣を振っていた。


「ねえ、秋山君、最近はあの子たちとどうなの?」


 桜の聞いた事と言えば、猫耳が生えた奴隷の子たちについてだった。

 もちろん本心は違うが、彼に自然に話かける話題として桜が思いついたのがこれだったのだ。


「ああ、うん。仲良くなっているよ――」


 だが、そういう秋山の顔が少し暗いことに桜は気づいた。


「何かあったの?」


 桜は直接的に秋山に聞く。


「……あの子たちについて、ちょっと困ったことがあってね。相談してもいいかな?」


「いいよ。聞くよ。ここじゃ言いにくかったら寮でもいいよ」


 できれば他人の悩みなど聞きたくない桜で一瞬だけ秋山に見られないように嫌な顔をしたが、頼みたいことがあるのでむげにするわけにもいかない。

 二つ返事で頷いた。


「ありがとう。確かにここでは話しづらいから、寮でもいいかな?」


「いいよ」


 桜は二つ返事で言葉を返し、そのまま二人は寮へと向かった。

 昼食だった事もあり、自分たちのメイドに昼食を頼んで、寮のリビングで食べる事となった。この日の昼食はピザのようなものとサラダだった。特にピザに似た料理は上にチーズのようなものが大量にかかっており、味が濃厚で良く伸び、とても美味しかった。


 ただ桜が気になったのは、リビングに何人かのクラスメイトがいた事だった。男が二人に、女が一人。彼らはそれぞれ一人ずつリビングで、たった一人でピザを食べていた。

 珍しい光景だった。

 この世界に来てから一人でご飯を食べる事は稀だ。

 まず城にある食堂に行けばいつも誰かがおり、一人によっては貴族や王族から食事に誘われる事も多い。中には自分に付いているメイドや執事と食事を取る者もいる。あるいは亜人か。

 もちろん仲のいいクラスメイトと食事を取る者もいるが、やはりそれらは寮ではなく城が多い。わざわざ城よりも質が劣る寮で食事を取る者が少ないのだ。城の食事は毎日メニューが違い、フルコースのような料理である。それを楽しみにしているクラスメイトも多いのだ。


 桜は城が窮屈なのと三食全てフルコースだと重たいので、寮で用事のある時はメイドにわざわざ寮まで食事を持ってきてもらう事が多かった。

 だが、その時は寮で食事を取るのは一人が多く、たまにもみじがいるぐらいだった。

 だから今の状況が不自然に思った。

 まるで――自分たちを監視しているかのようにも思えた。


「織姫君、ありがとう。こんな僕の為に相談に乗ってくれるなんて、本当にうれしいよ」


 自分を卑下するように言う秋山。

 もしかしたら彼は自己肯定感が少ないのかも知れない。


「で、相談ってなんなの?」


「実はね、亜人の彼女たちの事なんだよ」


「ああ、彼女たちね」


 桜は秋山へと押し付けた奴隷の事を思い出した。

 彼女たちはとても魅力的であったが、猫の特徴を有した亜人なので一緒に過ごそうとは微塵も思わなかった。だが、どうやら秋山は彼女たちを大切に思っているようだ。

 だとしたらあれも善行になったのだろう、と満足したように桜は頷く。


「うん。彼女たちが“奴隷”なのは知っているだろう?」


「そうだね」


「僕たちのクラスメイトの中でも一部だけど、奴隷だからって酷い扱いの人もいるらしいんだ」


「へえ」


「でね、僕は抗議したんだよ。王女様に」


「何を?」


「彼女たちの首輪を外す事だよ。奴隷から普通の人の身分へ。どうやらあの首輪は魔術的な力があって、とある杖をかざすと電流? のようなものが流れるらしいんだ。だから彼女たちは逆らえない。僕はね、その状況を何とかしたい。彼女たちを自由にしたいんだよ――」


 秋山の目には強い意思が籠っていた。

 並々ならぬ決意が感じられる。


「で、結果はどうだったの?」


桜はピザを食べながら言う。

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