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第十九話 テンプレ

クラスメイト達が先人の残した手がかりを探そうと、必死になって自分の部屋を漁っている時、桜は堂々ともみじの部屋を訪れていた。

 一応ノックをして桜だと告げると、もみじから「入っていいわよ」との返事をもらった。

 中にいたのはベッドの上で膝を崩して座っているもみじだけではなく、他にもクラスメイトがいた。

 妻林 千里だ。

 同じクラスになったことは少ないが、小学校の頃からの知り合いである。

 彼女と話す為にこの部屋にやって来たのだ。尤も、それすらも調査と言う名のブラフであるが。


「こ、こんにちは! 織姫君っ! ひ、久しぶりだね。あまり喋ったことないけど私の事は覚えているかな?」


 彼女ももみじと同じようにベッドの上に座っていたが、慌ててベッドから退いて立ち上がって大きく頭を下げた。艶やかな髪が揺れている。


「ああ、覚えているよ。何度か同じクラスになったし、話したこともある」


「そうだね! 私に用があったんでしょ? もみじちゃんから聞いているよ。なんでも話すから遠慮なく質問してね」


 桜は丁寧すぎる彼女の挨拶に疑問を持って、もみじの顔を見てみると微笑みながらスマホに文字を打っていた。


『ちさぽんにも事情を話したの。私たちの協力者よ』


 ちさぽんとは、妻林千里のあだ名である。

 愛嬌があって柔らかい空気を纏っている彼女の事を、親し気にそう呼ぶ女子生徒は少なくない。もみじのその一人だった。


「あ、なるほど」


 桜は納得したように頷いた。

 特に不満はない。ゾラの指輪など桜にとってはどうでもよかった。


「よ、よろしくお願いします!!」


 千里は桜の戸惑った表情に怯えていたのか、顔を青くしてからもう一度大きく頭を下げた。


『桜も知っていると思うけど、私が最も信用している友達よ。素直で、とてもいい子よ。彼女なら信用できるわ』


 もみじは何も言わないが、微かに微笑みながらまたスマホの画面を出していた。


『もみじが信頼しているなら、信じるさ。妻林さんは知らない間柄でもないし』


 桜もスマホの画面に文字を打つ。


『ありがとうございます!』


 千里はばたばたと頭を下げている。

 桜に対して必要以上に下手に出ているもみじは頭を抱えていた。


『だけど、このチームに入るには資格があるんだよ。もみじからは聞いたかい?』


 桜は意地悪な笑みを浮かべていた。


『そんな話、私は聞いていないんだけど』


 もみじがじっとくぎを刺すようにスマホの画面へと打つが、桜ももみじも見ていなかった。


『条件とは何でしょうか?』


 千里は真剣な顔をしていた。


『簡単だよ。亜人の奴隷たちとは仲良くしない事だ。彼らがどれだけイケメンでも、綺麗でも、可愛かったとしても。あいつらとは仲良くしない事、それが条件だ』


『どうしてでしょうか? 彼らの牙や爪が危険だからですか? でも彼らはとてもやさしいですよ』


『そんな簡単な理由じゃない』


『ならどうしてですか? 私は国から酷い扱いを飢受けている彼らを守りたいのですが……』


 千里もどうやら秋山と似たような考えを持っているようだ。

 クラスメイトの中で亜人の奴隷を手に入れた者の反応は大きく二つに分かれる。一つは秋山のように酷い扱いを受けている奴隷を救おうと足掻いている者、もう一つは奴隷は奴隷らしく扱う者だ。

 だが、後者に比べると前者のほうが酷く人格者だと桜は思っている。


『理由は簡単だ。俺は――猫アレルギーなんだ。あいつらと一緒にいる人間といると、くしゃみが止まらない。今だって鼻がむずむずとしそうだ。でもあいつらの事は守ってもいい。支援をするのは勝手だ。でも極力近づかないで欲しいかな』


『……なるほど』


『同じことをもう一人の仲間である東雲君にも言ってあるんだ。同じことを言わないといけない、って思ってね。奴隷については、信頼できるクラスメイトにでも譲渡すればいいよ。俺もそうした』


『分かりました。織姫さんの言う通りにしますよ。アレルギーは大変ですから』 


『助かるよ』


 桜は簡潔にお礼を言った。

 ちなみにだが、もみじは事前に奴隷は受け取っていない。幼いころからの付き合いである桜が猫アレルギーだという事は知っていたため、桜と同じように他の者に渡したのだ。


「ちさぽん、桜、挨拶はそのぐらいでいいから話を移りましょう。今日はね、桜があなたに話があるみたいなの。もちろん昨日の入浴の事よ。あの時の状況を細かく教えてくれるかしら?」


 もみじは自分の隣に座るように千里を促した。


「う、うん。いいよ」


 千里も先ほどと同じように恐る恐るもみじの横に座り、桜もいつものように椅子を取り出して二人の前へと座った。


『で、どうするの?』


 三人の秘密の会話はもちろんスマホだが、その間にも三人によって会話が展開される。


「で、だ。まずは昨日の状況を……そうだな。妻林さんは何をしていたの?」


「うーんと、最初から追って説明をするね。私はクラスの中でも早めに入浴に入ったの。お風呂が大好きだから」


 妻林はつらつらと昨日の出来事を話し出す。

 彼女の言う事も一応桜は手帳に書き込んでいた。

 妻林の説明をまとめるとこうだ。入浴が好きなのでクラスの中で最も早く浴場に入ったので、一番早く上がったらしい。もちろんゾラが入った事は見ているので知っているが、ゾラが更衣室に来た時には既に妻林は浴場にいたので、まさか服の中に大切な物を置いているとは知らなかったらしい。いつものように服を着て従者と共に妻林は寮へと戻ったようだ。

 事件を知ったのもその後、寮の外から従者に呼ばれて、あの皆が集まった場で初めて知ったようだ。


『どうするって何が?』


 そんな事は別にして、三人の“秘密”の会話は始まった。


『何がって決まっているじゃない。私たちの見つけた紙よ。もちろんこれはちさぽんも見つけている。ちさぽんの紙には“sign”と書かれていたわ』


 もみじは桜に紙を渡した。

 確かにそこにはたった四文字でsignと書かれていた。

 意味は記号や合図、もしくは印などだろうか。他の単語もそうだが意味があまりにも多く、これを書いた者の意図が桜には掴めない。


『で、これを提出するかどうかを悩んでいるのか?』


 桜はこれまでに集めた紙の単語を頭へとぐるぐると回しながら、これに隠されたメッセージを探そうとする。

 sign、action、doubt、think、search。

 どれも英単語以外に共通点が見つからず、隠されたメッセージも何も浮かばなかった。こういうメッセージは他の緒多くの単語を集めてようやく分かるのだ。

 たった五つだけだと何も分からない。


『そうよ。これは私たちにとって手がかりよ。もしもこれが王女たちの手に渡ったら、先人たちが残したメッセージが歪められる可能性もあるわ』


 もみじの言う通り、王女たちは自分たちにいいように情報を歪めるだろう。

 暗号なんて、解釈によってはどのようにでも変換して、自分たちにとって都合のいい答えを作り出すなんてそんなに難しいことではない。それに当てはまるように紙も偽装すればいいのだ。


『だから、王女に渡さずに持っておくと?』


『ええ。言い訳ならいくらでも考えられるわ。例えば探したけどなかった、とかね。もしも他のクラスメイトが探すと言っても、私の部屋以外のどこかに隠せば何も問題はないわ』


 凄まじい勢いでスマホに文字を打ったもみじ。

 付き合いの長い桜だからこそ、無表情に見える眼鏡の奥の瞳が起こっていることが感じられた。

 彼女の言う事も一理あるだろう。王女に隠したまま手がかりを集めて、元の世界へと帰る手助けにする。


『そうかも知れない。だけど、俺はそれを“悪手”だと思う』


 だが、桜はもうその事にあまり固執していなかった。

 そもそも桜は他のクラスメイトの部屋を調べる許可を得ており、紙を手にする機会も多いだろう。そんな桜が紙を渡さずに隠したとしたら王女から疑われるだろう。

 もうその案は頓挫したのだと諦めている。他のクラスメイトの紙を探す気もあまりなかった。


「何ですって――」


 もみじは怒りのあまり、スマホに文字を打つことを忘れて生の声が出てしまった。

 さらに先ほどまで三人は元の世界の事を思い出すように会話を広げていたのだが、もみじの言葉はその流れにも沿わないものだった。


『どうせこの紙には文字しか乗っていないんだ。手がかりだったら覚えておくだけでも十分だ。俺としては渡さないことで王女たちから疑われる事と、クラスメイトから向けられる白い目のほうが怖いな』


「……そうかも知れないけど……」


 もみじは力なく言った。

 桜が思うにきっと彼女は自分が見つけたこの手がかりに、強い自信を持っていた。それがうまく行かなかったのだから、元の世界に戻れないという強いストレスも相まって頭に血が上ったという事もあるかもしれない。


『それにこの紙が本当に手がかりかどうかも怪しいものだ。俺としてはこんな不確定な物に頼るよりも、別の道を探した方がいいと思う』


『そうです。それに手がかりはきっとこれだけではない筈です。それに王女たちが私たちの世界に来たのなら、その方法を絶対にどこかに残している筈です』


 千里もスマホの画面を見せつけてから、もみじを強く抱きしめた。


「そうね……」


 もみじも人の温かさを知ることでようやく落ち着いたようで、すぐに桜へと振り返ってスマホをぽちぽちと打ち始めた。


『私の案にここまでけちをつけるんだから、もちろん別の道に心当たりはあるんでしょうね?』


 立ち直ったもみじは目が若干赤くなっていたが、もう立ち直ったようだ。

 気丈にも目を拭う彼女は、桜のよく知るもみじだった。そんなに心が強いわけではないのに、と思わず桜は口に出しそうになったが何も言わなかった。


『……ない』


『本気? そんな状態で唯一の手掛かりを捨てるわけ?』


 もみじは責めるように桜の前に立って、胸倉をつかみ上げた。

 千里もあわあわとしていて止めそうな気配はない。

 桜は抵抗すらしなかった。そんな状況の中で、もみじを真っすぐ見つめようとしない。桜が見つめているのはもっと先だった。どうしてももみじの言葉が引っかかるのだ。


(本当にあの紙以外に手がかりはないのか?)


 桜の中でふと浮かんだ疑問。

それは彼の中でだんだんと大きくなる。

何かを見落としている気がする。

そう、桜は思うのだ。


(俺は何を見逃している?)


 桜は自分の底に沈むように深く考えだす。


「あんた、馬鹿じゃないの? これから先、どうするのよ?」


 そんな桜を知らずに、もみじは攻めるように言った。的確に桜の襟を掴み、腕を交差させて強く締め上げる。桜の通っている道場の愛娘であるもみじも当然のように武術を修めており、その腕前も確かである。

 空気が薄くなる。

 流石の桜もその攻撃を受ける事はできず、両手でもみじの手首を強く掴んで強引に引っぺがした。もみじも鍛えているが、同じく鍛えている桜と比べると筋力性ある。簡単にもみじの手をどかした。

 桜は荒い呼吸を繰り返しながらつぶやくように言った。


「……ないが、あるかもしれない」


 桜は椅子に座りなおして意識をもう一度深く落とした。

 何を見落としているかもしれない?

 そればかりが桜の頭の中に浮かぶ。


「どういう意味よ?」


「ちょっと待て。考えるから」


 それからまた暫くの間、桜は考えだした。

 三人の間に静寂が流れる。

 桜は木の椅子へと足を組んで座り、右手で顎をさすりながら考える。それから桜は異世界に来てからこれまでの事を全て振り返った。王女たちに異世界に運ばれ、元の世界に戻れなくなり、魔王と戦う事になったそれから魔術の特訓、剣の稽古など様々な事を経て今に至る。

 そこまで思い出して、桜は気になったことが分かった。


(ああ、そうだ。あいつだ。“東雲の言葉”だ)


 桜は思い出した事が分かった。

――今の状況を受け入れているという人が多いのが不思議なんだ。

と、東雲は言っていた。

桜はあの時、テンプレだから、小説によくある展開だからと言って東雲を納得させたが、もしかしたらこのテンプレ自体が今の状況を打破するきっかけになるかもしれない。

桜はすぐにスマホへと文字を打って、二人に見せた。


『これは東雲の言葉だが、あまりにも“テンプレ”すぎるとは思わないか?』


『どういうこと?』


 もみじは首を捻った。

 桜はもみじと千里に分かりやすく説明した。

 要するに今の状況は、テンプレと小説と同じ流れなのだ。とすれば、元の世界に戻るためのヒントもテンプレと呼ばれる小説の中にあるかもしれない。

 その説明を聞くともみじと千里は納得したように頷いた。


『でも、テンプレがヒントになるとして、それを確かめる方法があるのですか?』


 千里は手を挙げてスマホの画面を見せる。

 桜はその文字を見てからにやりと笑う。


『ああ。本を持っていそうな人には心当たりがあるんだ。一度借りて読んでみる。今後、どうするかはそれを見てからでも遅くはないと思う』


『……今のところそれしかないわね。分かったわ。桜の言う通り、紙についての処置は分かったけど、私は納得してないからそこだけ覚えておいてね』


 どうやらもみじはまだ桜の判断を怨めしそうに攻めた。

 だが、桜は言葉を改める気はない。

 部屋に置いてある紙の手がかりは、既にゾラに潰されたのだ。

 賭け事やスポーツでもそうだが、一度負けた時には場を改めないといけない。下手に気張って一つの事にこだわると、それが裏目に出る事も多い。だから桜は簡単にこの策を捨てたのである。

 もみじとしては自分が見つけた事なので、執着があったのだろうが、桜にはなかっただけだ。

 桜はそんなもみじにため息を一つ吐いてから、思い出したように千早へとスマホの画面を見せた。


『そう言えば、妻林さんはどこにゾラの家宝を隠したの?』


『知りません!』


 場を和ませる為に桜が打った言葉であるが、何度言っても疑う事を辞めない桜に千早はスマホの画面に怒りのマークも打っていた。

 嘘か真か桜には分からなかったが、どうやら千早の言い分ではゾラの家宝は盗んでないようである。

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